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104 目覚めよイフリート


「赤鳥が食べられたのじゃ……」


「お終いだ……全てが終わった」


ダンバールは感涙から、悔涙に変わり、その場に崩れ落ちた。長老たちは手を合わせたまま、理解が追いつかず呆然と立ち尽くしている。


天を仰いでいたイフリートは、ゼンジの鼻っ柱まで顔を寄せた。


「くっ」


ゼンジはイフリートの威圧感に気圧され、身動きひとつ取れなかった。


「ゼンジ!」


ポーラは指輪を胸の前で握りしめた。


「ポム!ゼンジを助けて!」


「ガッハッハ。足掻いてみるか」


ロックジョーは立ち上がろうとするが、足に力が入らず倒れてしまった。


「ガッハッハ。血が足りん。ここまでか……」


『グヴヴヴ……』


その時、イフリートに変化が起きた。


イフリートは動きを止めて低く唸り声をあげる。そして徐々に体の色が赤く戻り始めた。


『こ、小僧!まだ生きていたか!』


「元に戻ったのか!」


『イフリート!赤鳥がアビスから救ってくれたんだね!』


「そうか!赤鳥が呪いを解いてくれたのか!」


「やったのじゃ!イフリートが元に戻ったのじゃ」


「おぉ……これも定めか……」


「命をかけて我らを……奇跡だ……」


「がっはっは。なんとかなったな」


「はぁ。結果論です」


その場にいた全員が歓喜の声を上げた。

しかしそれとは対照的に、イフリートは苦悶の表情で低く唸り始めた。


『グヌウゥ……これが最後だ。俺を殺せ』


「もう大丈夫なんじゃないのか?」


『ダメだ!何かが俺の中で抑えてはいるが、そいつも間もなくアビスに飲まれる。早くしろ!最後の好機を逃すな!』


『そんな……イフリート』


『グヴヴヴ』


再び、イフリートの目に黒い炎が揺めき始めた。


それを見た全員が下を向き、行き場のない怒りと悲しみを噛み締めた。


「ゼンジ!指輪じゃ!」


その時、沈黙を破りポーラが叫んだ。

ゼンジが振り向くと、希望に満ちた顔のポーラは、拳を突き出し指輪を見せている。


「指輪?」


「そうじゃ!王の指輪じゃ!」


ゼンジは、メロンがマンティコアのバインドボイスが効かない理由を思い出した。


〜〜〜


『この指輪は王の証だ。状態異常は効かないんだ』


〜〜〜


「そうか!王の指輪ならきっと、アビスの呪いを吹き飛ばす!」


『なるほど!ゼンジ!炎王の指輪をイフリートにはめてあげて!』


『グォォォオオオ!』


イフリートの鱗が黒く変色し始めた。


「急ぐのじゃ!赤鳥がイフリートを抑えている間に指輪をはめるのじゃ!」


ゼンジはイフリートの左手に駆け寄り、衣のうを地面に寝かすと、そこから炎王の指輪を取り出した。

巨大な指輪は、衣のうから出た勢いで、イフリートの指にすっぽりとはまった。


「頼む!イフリート!目を覚ましてくれ!」


『グワァァァァァァ!!』


黒い炎に包まれたイフリートは、天に向かって、断末魔の叫びに似た苦しげな声を上げた。

その時、新たに内側から吹き出したオレンジ色の炎により、黒い炎は押し出され、空に放出された。


そして宿主を失った黒い炎は、憎悪の念に満ちた顔になる。


『キャァァァァァァァァ!!!』


それはおぞましい叫び声を上げて、何度も形を変えた後、跡形も無く消え去った。


ーパッパッパッパカパ〜ンー


そして、ゼンジのレベルが上がった。


「今のがアビスとか言う奴か……氷のナイフを、心臓に当てられてるような声だった……」


視線を空から地上へと戻すと、アビスから解き放たれたイフリートの鱗の色が、徐々に赤に戻り始めていた。それと同時に体が小さく萎み始めた。


「え?縮んでるぞ!まさか……ぬいぐるみになるのか!」


ゼンジの心配を他所に、どんどん体が萎んで行く。

そして、とうとうゼンジの目線まで萎むと、鱗がオレンジに輝いた。


「赤鳥様と同じ色だ!」


ダンバールは身を乗り出した。


そして体中がオレンジの光に包まれると、人間の輪郭が浮かび上がった。


「は?なんで?」


ゼンジは首だけ回して、メロンに聞いた。


『こっちが聞きたいわ!』


光が収まると、そこには女性が裸で立っていた。


「おいいい!め、迷彩戦闘服!こ、これを着てくれ!」


スキルを使い、現れた海自の戦闘服を裸の女性に差し出した。


「な、なんで?だいたい、あの喋り方からして男だろ」


ゼンジはそっぽを向いて目を閉じた。


「……」


人間の女性となったイフリートは、驚いた表情のまま動こうとも喋ろうともしなかった。


「おいおい!イフリート!とりあえず、ふ、服を着てくれよ!」


スタイルの良い女性は、自分の体とゼンジの差し出す戦闘服を順に見ると、無言でそれを装備し始めた。

左の首元には、弱点であるはずの逆さまのハートが、存在感をアピールしている。


『良かった!イフリート!無事みたいだね!』


「マスタードラゴン様……」


戦闘服を装備したイフリートは、呆然としたまま、メロンに手を差し出した。そしてメロンもまた手を伸ばした。


しかしイフリートは、メロンの手をスルーして、首根っこを鷲掴みにして引き寄せると、ぬいぐるみのメロンの腹をグリグリし始めた。


「何処が無事に見えるんだ!あ?何て事をしてくれたんだ!これで俺はもう、ドラゴンの姿を捨てたって事だよな!どうなんだ!?」


『イ、イフリート?痛いんだけど……』


「ステラで指輪をはめるって事は、ドラゴンの姿を封印されたって事だろ!抜けないぞ!」


イフリートは指輪を外そうとするが、それはビクともしなかった。


「俺は呪われた!このままじゃ、半分の力も出せないんだぞ!」


今度はメロンの頭を両拳で挟み、グリグリし始めた。


「やめるんだ!イフリート。でいいんだよな?」


ゼンジは目の前の女性が、あのイフリートで間違い無いのか不安になり、語尾と片眉を上げた。


「はい。勿論です御主人様」


イフリートは手を後ろで組み、笑顔を作った。解放されたメロンはその場に落下し、ピッと可愛い音を鳴らして着地した。


「はいぃぃ?」


「ご、御主人様ぁぁぁ?」


「それとも旦那様の方が良いか?」


『ま、まさか……ゼンジ!指輪はどの指にはめたんだ』


「どの指って、夢中だったから……」


イフリートは左手を目の前に上げて、ゼンジに指輪を見せた。


「左手の薬指だな……ちょ、ちょっと、メロン、聞いても良いか?まさか、あの指に指輪をはめる事に、何か特別な意味があったり……しないよな?」


嫌な予感しかしないゼンジは、しどろもどろになりつつも、期待を込めて聞いてみた。


『しょ・・・・・にする』


「は?何?聞こえないぞ」


『しょ・・・を・もにする』


「大事な時はいつも小声だな!腹から声を出せ!」


『生涯を共にする!!』


イフリートは手を後ろで組み、ゼンジを見てニコニコと微笑んでいる。


「嘘……キャンセルは?」


『無理だよ。ドラゴンのメスは、自分が認めたオスにしか人化の姿は見せないんだ。弱い部分は、例え我にも見せないんだ。だから全てを晒すという、その意味は大きいんだよ』


「雌……ですか……自分は女性しか愛せないのですが……とどのつまり?」


『つまり指輪をはめる行為は、つがいの印だよ』


「そ、それは、け、結婚!?」


「旦那様。俺は、ひと目見た時から運命を感じていた」


はにかむイフリートはオレンジの髪をかき上げて、ゼンジの腕にくっついた。


「ちょっと、イフリートさん……何か当たってますよ……」


「ゼンジ!鼻の下が伸びておるのじゃ!お主もくっつくな!早う離れるのじゃ!」


「な、何を言ってるんだよポーラ!誤解だ!そうだ誤解だよイフリート!この指輪には、そんな深い意味はないんだから」


「旦那様……この小娘が原因なのか?見たところ、人間ではなくエルフのようだが。まさかライバル!」


「何がライバルじゃ!男女の戯言じゃ!」


「ちょっと待ってくれよ!」


「俺は旦那様の声を聞き目を覚ました。今度は俺が、旦那様の目を覚まさせる番だ」


ポーラとイフリートは睨み合い始めた。


「確かに目を覚ましてくれとは言ったけど……」


「ガッハッハ!良いもん見せてもらった!まさかイフリートと結婚するとはな!さすが俺の見込んだ男だ!」


「ちが……」


「そうだろ!俺の旦那様は最高だよ!アンタ悪かったな、傷つけちまって!」


「ゼンジはお主の旦那ではないのじゃ!」


「そ、そうだな。旦那様はやめてくれよ」


「はい。ご主人様」


「ん〜〜!何じゃ!お主は!」


2人は睨み合いを再開した。


「ガッハッハ!気にするな。こんな傷、酒を飲めば治るからな。あ!」


「はぁ。今の言葉でやっと思い出しましたね。ガノンが待ってますよ」


「そ、そうでした。自分たちも行きます」


ポーラとイフリートが睨み合う中、ゼンジは逃げるように話を変えた。


「はぁ。急いで戻りましょう」


一行は、ドボル・ロウ・ファビリオンに向け走り始めた。


『イフリート!』


メロンの声に、全員が立ち止まり振り向いた。


イフリートはうつ向き、その場に留まっている。


「どうしたんだよイフリート。行くぞ!」


ゼンジの言葉を聞き、無理矢理笑顔を作った。しかし、ゆっくりと首を振った。


「俺は……行けない。行く資格がない」


『どうして!済んだ事だよ!』


「そう思うか?俺はあんたらに迷惑をかけた。そして……赤鳥を殺した」


「うっ……それは……」


ゼンジには、掛ける言葉が見つからなかった。

長老やダンバールたちも、うつ向き歯を食い縛っている。


「何を言っておるのじゃ!そんな事を気にする奴は、ここにはおらん!今のお主を見れば分かる。赤鳥も、お主の中で生きておる。お主は誰も殺してないのじゃ!それに、と、友達に資格などいらんのじゃ」


「小娘……」


「イフリート!小娘ではない!ポーラじゃ!」


「ポーラ……ありがとう」


イフリートは、はにかみ駆け寄った。目元が光った事は、誰も口には出さなかった。


「はぁ。私の探知もまだまだですね。見誤ってました。貴女が一番強かったのですね」


「そ、そんな事はないのじゃ。妾は弱いのじゃ」


「はぁ。私は貴女を気に入りましたよ」


リズベスが初めて微笑んだ。


「さあポーラ!一緒に行こう!」


オレンジ色の髪を輝かせ、海上自衛隊の青い迷彩服を着たイフリートは、太陽のような笑顔を振りまいた。


しかしポーラは、迷彩服を押し上げるイフリートの胸元を、恨めしそうに見つめていた。


「妾よりも大きいのじゃ……爆発しろ……」


決して、アビスに染まってはいない。きっと……



と、ここで終わっていれば良かった。

終わり良ければ……とはならなかった。


「どうした?ご主人様?」


イフリートの声に皆が振り向いたのは、先頭を歩くロックジョーが、階段に足をかけようとしたところだった。


皆が振り向く先で、今度はゼンジがイフリートと同じように動きを止めていた。


「ガッハッハ。何だ?目立ちたいのか?」


「はぁ。ロックジョーさんとは違いますよ」


しかしゼンジは動かず、顔を引き攣らせる。


「ゼンジ……義務じゃな?」


「ああ。品位を保つ義務を忘れていた……」


ボロボロの戦闘服は、血や泥で汚れている。


「ご主人様!さあ。行こう」


理由を知らないイフリートは、笑顔でゼンジの背中を押した。


「うぐっ!いてててて、やめてくれイフリート!潰れるから!」


義務が発動しているため、前には進めずイフリートの怪力により、ゼンジは潰されている。


「ん?動かない!さすがご主人様。俺より力が強いんだな。でも、みんなが待ってるぞ。それ!」


イフリートは腰を落とすと、ゼンジの背中に力を込めて、思い切り体当たりをした。


「ぐばはっ!し、死ぬ……」


「離れるのじゃイフリート!」


ポーラの鬼気迫る説得で、イフリートはゼンジから離れた。


その後ゼンジは、奇声を発しながら川に飛び込み、スッキリとした顔で上がってきた。

そして新しい海自の戦闘服に身を包んだゼンジは、誰とも目を合わせる事なく、遠い目をしていた。



(女神様、こちら自衛官、

めでたしめでたし。で、終われば良かったんだ!義務のくだりは、要らないですよね!どうぞ)

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