100 白い赤鳥
マグマに浮かぶ白い鳥は、燃えることもなく優雅に漂っている。
「セキチョウってあれですか!マグマに浮かんでる!」
「白いのじゃ。可愛いのじゃ!」
『ピュル〜』
赤鳥は声を上げ、マグマに潜った。
「沈んだ!いや、潜ったのか?」
次の瞬間、煮えたぎるマグマの中から赤鳥が飛び出した。そして小さい体には似つかわしくない、長い尾をなびかせて、円形のフロアに降り立った。
ゼンジたちも丁度そのフロアにたどり着いた。
そこには3人のドワーフと、1人の人間が座っていた。
「これも定めか……遅かったなロックジョーよ。既に産まれてしもうたよ」
白髪のドワーフが力無く立ち上がった。
「長老!もうやめましょう」
ダンバールが叫ぶが、長老は首を振った。
「見よ」
長老は目の前の盛り上がった土を指差した。
その上にはダチョウの卵よりも、一回り大きい卵が乗っていた。右上部が割れている。
「双子って言ってませんでしたか?」
「卵が1つしかないのじゃ」
「ロックジョーよ。此奴らは何者だ?神聖なるこの地に、何故連れてきた」
長老と呼ばれた白髪のドワーフは、不機嫌そうにゼンジ達を睨みつけた。
「失礼しました。自分は……」
ゼンジは慌てて名乗ろうとしたが、そこにロックジョーが割り込んだ。
「ガッハッハ。ただの荷物持ちだ。そんな事より、見事に割れてるな。そこから産まれたのが、その赤鳥だな」
「そんな事って……」
「うむ。しかし、中にはまだ生命が宿っておる」
「え?割れた卵の中に?」
ゼンジたちは割れた卵を覗き込んだ。
「壁がある!中央から2つに分かれてる!」
卵の中には、縦にパーテーションのような仕切りがあり、割れていない反対側から生命力を感じる。
「このような事は、過去の記録にも残っておらぬ」
「1つの卵から双子が生まれるとしても、同時に出て来るのが普通でしょ!自分はこんな卵、今まで見た事ありません!」
以前地球で卵を割った時、黄身が2つ出た事があった。その時は何か良い事があるかもと、心を弾ませた事を思い出した。
「勿論ワシらもそうだ。しかしまだ産まれてはおらんのが現実だ。実際には、そこの者が産まれぬようにしておるのだがな」
「ガッハッハ。ガノン生きとったか」
「……なんとか」
ガノンと呼ばれた人間は、あぐらの上に両手で印を結んでいる。
それは反叉合掌と言われるもので、手の平ではなく、手の甲を合わせ、右手の平が上、左手の平が下になるように組むものである。
「MPは問題ないか?」
「エーテルを飲み続けてるので腹がタプンタプンですよ。それよりも体力の心配をしてください。三日三晩動きもせず、この体勢ですから」
魔導士の格好をしたガノンは、目の下が黒く、頬も痩けている。
「ガッハッハ。飯は食っとるか?」
「はぁ。その辺にしてください。ガノンが時を遅らせている間に、神酒を捧げなくては、全てが終わります」
「そうだったな。ゼンジ!樽を1つ出してくれ!ガッハッハ。間違うなよ。1つだぞ」
「それはフリですか?」
ゼンジは衣のうを出して、黄金のマタタビールの樽を1樽取り出した。その途端、揺れが少し強くなった。
「どうだ?」
長老の問い掛けに、ロックジョーは答えず樽を拳骨で粉々に砕いた。
「何をするのじゃ!」
ポーラが驚き叫んだ。しかし砕けた樽の中からは、酒は一滴も溢れ出なかった。
「空っぽだったのか?いや、そんなはずはない。自分が触れた時には、液体が動く感触があった!」
「ガッハッハ。やはり何者かに横取りされているな」
「横取り?蓋も開けてないのにですか?」
「ガッハッハ。そいつのせいでドボルは滅びるぞ」
「どういう事ですか!掻い摘んでじゃ無くちゃんと説明してください!」
ゼンジはリズベスを見たが、リズベスはやれやれと首を振った。
「はぁ。赤鳥は、この地を護る神獣です。赤鳥が現れる以前のファビリオン火山は、到底生物が住める場所では無かったと聞きます。はぁ。今も、荒れ狂うマグマの怒りを、かろうじて抑えているのです」
「かろうじて?卵だからですか?」
「はぁ。元々は2体いました。今は一体しかいません。もう一体は、忽然と姿を消したそうです」
「つがいですね」
「はぁ。違います。その生態は特殊で、定期的に卵に戻ります。その間も、ファビリオン火山の怒りを抑えるために、交互に卵に戻っていました。今は一体しかいないので、卵に戻っている間に、火山の怒りを抑えることが難しくなっているようです」
「卵を産むんじゃないんですか?」
「はぁ。自ら卵になるのです。それは不死ゆえの代償でしょう」
「不死?死なぬのか?」
「はぁ。不死とはそういうものでしょう。斬っても焼いても凍らせても、赤鳥には無意味です。しかし力を使い果たした赤鳥は、卵に戻り英気を養います。そして卵から孵る際、必要なのが神酒です」
「黄金のマタタビールがですか?」
「はぁ。エールでも構いません。しかしその種類に応じて、卵に戻る間隔も能力も変わります。神酒の力を借りずに産まれてしまった白い赤鳥は、直ぐに卵に戻るでしょう。そして再び長い眠りにつきます」
「ドボルには酒はないんですか?」
「はぁ。時間が無いので、これ以上の質問はやめてください。ドボルにも、ドワーフが好む豪炎酒がありました。はぁ。しかし今見たように、この場所に持ち運ぶと忽然と消えて無くなるのです」
「無くなる?どうして無くなるのじゃ?はっ」
リズベスに睨まれたポーラは、メロンを口元に当てた。
「はぁ。ドボルの豪炎酒は全てここに運び、全て無くなったそうです。そこで私たちのギルドに依頼が来ました。どんな種類でも構わないから、お酒を持ってきてくれと。私たちは気にも留めませんでしたが、お酒が好きなロックジョーさんは飛びつきました」
「ガッハッハ。リズ、それは違うぞ。俺はとてつもない危機を感じたんだ」
「はぁ。はぁ。ドボルに来ると、街が消えるかどうかの瀬戸際でした。持ち込んだエールも全て消えてしまいました」
「絶対自分で飲むつもりだったよな」
「間違い無いのじゃ」
2人はヒソヒソと、ロックジョーを中傷した。
「はぁ。私もそう思います」
(聞こえてた!)
「エールが無くなったのを良い事に、ロックジョーさんは、極上のお酒なら消えはしないと、根拠も無い話をし始め、取りに行くと譲りませんでした。ラムドールの村に居たのはその為です。はぁ。しかし、やはりと言って良いでしょう。結果は目に見えてましたから」
「どうすれば良いのだ。ワシらにはもう打つ手は無い」
「ガッハッハ。確かに。水やエーテルは消えんのに、俺の酒だけは消える。どうしたものか……」
「俺のって……横取りされると言ってたのは、何故ですか?」
「俺の勘だ。ガッハッハ。そいつは酒好きなんだろう」
『やっぱりおかしい……』
「メロンちゃんどうしたのじゃ?」
『この気配は間違いない……あいつだ』
「あいつって、赤鳥の事か?」
ゼンジの問いかけに、メロンは首を振った。
「はぁ。そのぬいぐるみは本当にぬいぐるみですか?私の探知では、力強い大きな生命が宿ってるように感じますが」
『リズベスとやら、我の偉大なる力に気付くとは、なかなかやるね。特別に良い事を教えてあげる。この近くにイフリートがいるよ』
「そんな馬鹿な!!イフリートだと!ゴホゴホッ」
「長老!無理をなさらずに」
長老を2人のドワーフが横から支えた。
「ガッハッハ。イフリートか……有り得ん話では無いな」
「しかしイフリートとは、スフィアにある、いや、魔界にある伝説の存在ではないか?」
ダンバールは訝しげにポーラに問いかけた。メロンはポーラが操っているものと思っている。
「はぁ。私の探知には、そのような存在は感じませんが」
『我には分かる。ここに来た時から、あいつの気配が大きくなったからね。それは樽を出した後だよ。あいつは無類の酒好きだからね』
「だったら酒はもう出さない方が良いだろ?そいつが現れたら厄介だ」
ゼンジの言葉にヒントを得たのか、ロックジョーが満面の笑みでゼンジの肩を叩いた。
「ガッハッハ。俺の酒が盗まれるのは癪に触るが、後3樽出してみろ。イフリートが姿を現すかもしれん」
「冗談でしょ!伝説の存在が現れでもしたら、自分たちに勝ち目はないでしょう!」
「ガッハッハ。このままでもいずれ、ここら一帯はマグマが吹き出し、地上は溶岩で溢れかえる。イフリートを誘き出して、ツケを払わせた方が気分が良い」
「気分の問題じゃないでしょ!」
『何か変だ!』
「メロンちゃん。どこが変なのじゃ?」
『イフリートの気配が変わったんだ!怒り……いや、憎悪に飲み込まれて行く!!まさか、そんな』
直後、フロア全体が大きく揺れた。
「地震じゃ!逃げるのじゃ!」
わたわたと慌てるポーラとは裏腹に、いつもふざけているメロンには、似合わない真面目な顔をしている。
揺れが弱まると、メロンが上を見て叫んだ。
『上だ!』
メロンの声で、ガノンを除く全員が天井を見上げた。
「ど、どこだ!何もいないぞ!」
「はぁ。この気配は、本当にイフリートがいるみたいですね」
ゼンジはそこら中を隈なく見回すが、それらしき物は何も見当たらなかった。
『ごめん。これはきっと地上だと思う』
「はぁ。そのようですね。行くべきではありません。私たちでは敵わないでしょう」
「ガッハッハ。長老。地上に向かうぞ」
「これも定めか……分かった、ワシに捕まれ」
「ガッハッハ。ガノン。もうしばらく耐えてくれ」
「期待してますよ」
ガノンは背中を向けたまま、力強く応えた。
「はぁ。やはりそうなりますよね」
「ちょっと待ってください!危険すぎます!」
「そうじゃ!大地を揺らすほどの化け物じゃ!」
『ゼンジ!ポーラ!このままだと、きっとイフリートがステラを滅ぼすよ』
「それなら尚更行くべきじゃないだろ!」
『大丈夫だよ。我に任せて』
「メロンちゃん……ゼンジ!メロンちゃんに賭けてみましょう」
ゼンジは、ポーラとメロンを交互に見て微笑んだ。
「分かったよ。行こう。イフリートの元へ」
ゼンジたちは、それぞれ長老に触れた。
長老は懐から桃色の玉を取り出し、全員に目配せをした。
「ドボル・ロウ・ファビリオン」
長老の言葉と共に視界が切り替わり、地上にある神殿の入り口が目の前に現れた。
(女神様、こちら自衛官、
マグマを泳ぐ白い鳥。なかなか幻想的ですね。もっと、のんびり見ていたかったんですが。どうぞ)




