悲しませないでね
俺に話があるというシビラに従い宿を出ると……夜の冷たい風が俺達を出迎えた。
「ん………、外は結構寒いね」
シビラは、風にそよぐ髪を押さえる。
気温の低下……それは、世界が破滅へと向かっている影響だと言われている。
目的も定かではない。いや、存在すら確認されていない魔女の仕業だと。
だが、重要なのはそこでは無い。
実際に魔女の仕業なのかではなく……皆が魔女の仕業だと信じていることが重要なのだ。
そして、その『皆』は願っている。輝かしい勇者が、魔女を打ち滅ぼことを……。
……まぁ、勇者になれなかった俺にはあんまり関係の無いことか。
「やっぱりこの体じゃ世界は…………」
「シビラ……?何か言った?」
シビラが重々しい表情で何かを呟いたが、夜風に攫われて消えてしまう。
「ううん、何でもない」
シビラはこちらに振り返り、お淑やかに微笑んで見せる。
シノからは想像できない表情に、体は同じでも、やはり別人なんだと理解する。
「そっか」
謎に包まれた彼女が夜風に何を思ったのか……気にならないといえば嘘になる。だが、もう一度聞き返すことはしなかった。
「それでさ、なんだよ話って」
沈黙に耐えきれず、シビラを急かす。そんな俺の様子にも、シビラは嫌な顔一つしなかった。
「とても………悲しい事があったんだね。あの子も悲しんでる」
「あの子………シノか?」
「うん」
シビラは風になびく髪を押さえながら小さく頷く。
「あの子が起きているとき、私は眠っているような状態。あの子が見ている景色、聞いている音がぼんやりとしか伝わってこないの」
『でもね……』と、彼女は続ける。
「『嬉しい』とか『悲しい』とか……強すぎる感情は伝わってくるんだ」
シノが最近抱いた『強すぎる悲しみ』……考えるまでもない。
「あの子は今、とても悲しんでいる。壊れてしまいそうな程に。………だから君がその涙を拭ってあげて」
「俺が?」
「そう。………君じゃないと………駄目……みたいだから………」
シビラの言葉が途切れ途切れになり、一瞬、彼女の体がグラついた。
「おい、具合でも悪いのかよ」
急いで駆け寄り、肩をつかむ。
「大丈夫……だよ」
正面からシビラの顔を見る。呼吸が荒いということもなく、熱があるようにも見えなかった。
「あの子は……我慢しすぎる……から……君が話しを聞いてあげて。あん……まり、あの子を………悲しませないでね。もう十分……苦しんだはずだから」
「それはわかったけど………」
「よ……ろしい。………それじゃあ……あとはよろ……しくね」
その言葉を最後に、シビラは完全に意識を失ってしまう。
糸の切れた人形のように、力の抜けた体は、俺の胸に寄りかかってくる。
軽いな……なんてことを思いながら、彼女の体を支えた。
「おい、大丈夫なのかよこれ」
何故急に意識を失ったのかわけがわからない。
規則正しい呼吸の音は聞こえてくる。胸の音は……やめよう、触って確かめたりなんかしたら、あとが怖そうだ。
「とりあえず、ベッドまで運ぶか」
そう決意したとき
「ん………?」
腕の中のシビラが目を覚ます。
「おはよう、貧血かなんかか?」
シビラは、まるで寝起きのような顔で俺を見上げる。
そして………
「サク……ラ?」
俺の名前を呼んだ。
そこで理解する。シビラは俺の事を『君』としか呼ばない。………というか、名前を教えた記憶が無い。
つまり彼女は?
「シノ?」
「ん」
シノは短く返事をする。そして………
「………?………ッ!」
彼女はみるみる頬を赤くし……急に俺を突き放した。
「ななな…!何してるんだ!?」
シノから見たら、先程までの俺はシノを抱きしめていたように見えたのだろうか。
「何してるんだって……急に倒れたから」
「倒れた?ボクが?………というか、なんでサクラと二人で外に」
シノは状況が飲み込めず、辺りをキョロキョロと見回した。
「シビラの時の記憶は無いんだな…………」
顎に手を当て、シノに聞こえない声でつぶやく。
『君が話しを聞いてあげて』『あの子は我慢しすぎるから』…………たしかシビラはそう言っていたはずだ。
思い返せば、ニーナの一件のあと、アイルとばかりで、シノと二人っきりで話す機会は殆ど無かったな。
「シノ」
「なんだ?」
今だ記憶を探っていたシノに声をかける。
シビラはもともと、この状況を作り、俺とシノとの二人の時間を作りたかったのでは無いだろうか。
「散歩がてら、二人で話さないか?」
にこやかスマイルで右手を差し出す。
刮目せよ世界。俺はこの笑顔で数々の女性を落とした。たぶん。
「………こんな時間に?バカなのか?」
冷静なツッコミありがとうございます。
「少しで良いから付き合ってくれよ、目が覚めちゃったんだ」
「…………わかった。少しだけだぞ」
あら、この子意外と押しに弱いですわね。優しいからかしら
不機嫌そうな口調とは裏腹に、シノの足取りは軽いように見えた。




