私は強くなんてない
大通りから少しだけ外れた道。そこにある階段の段差に、アイルは顔を埋めるようにして腰掛けていた。
「お嬢さん、一人でいると危ないですよ」
「…………」
アイルは顔を上げない。無反応。
「はぁ……」
俺は小さくため息をつき、彼女の隣に並んだ。
「珍しいな、あんなに怒るの」
「…………許せなかったんです」
アイルは、やはり俯いたままだ。
「何にも知らないくせに、好き勝手言って。『良かった』だとか『マシだった』とか。………許せなかったんです」
アイルは自らの裾を握りしめる。
「俺も許せなかったさ。めちゃくちゃムカついたし、ぶん殴ってやりたいと思ったさ」
『怒るな』……という方が無理なのだ。
「だけどさ……それは意味の無い事だって、アイルとシノが教えてくれたんだ。だから、我慢できた。何よりさ、野蛮なのはニーナが望まないって思った」
きっと俺は恵まれてる。
勇者になることもできず、無能と呼ばれたが……それでも、大切な人たちに出会えたのだから。
「俺は強くないし、きっと嫌な事があれば、またすぐに腹を立てる。だけど、アイルとシノがいてくれるのなら……」
「……逆なんです」
アイルが俺の言葉を遮り、初めて目を合わせてくる。
「逆……?」
反芻した俺の言葉に、彼女は頷いた。
「サクラくんは、私が『強い』って言いましたよね?」
「……あぁ、俺がニーナの父親に怒鳴った時だって俺を冷静にさせてくれて……」
「違うんです。………やっぱり逆なんですよ」
アイルはゆっくりと、だが確かに首を振った。
「私がサクラくんを……じゃないんです。サクラくんが私を落ち着かせてくれたんです」
「落ち着かせたって……俺は何も……」
「いいえ。先に……怒ってくれたじゃないですか」
「え………?」
アイルの言葉の意味がうまく飲み込めず、間抜けな声がでる。
「サクラくんが先に怒ってくれたから、言いたいことを全部言ってくれたから、私は冷静でいられたんです」
「そんなつもりは……」
「知ってます。サクラくんは、そんなに器用な人じゃありませんから」
アイルは僅かに微笑む。
「サクラくんはサクラくんの心のままに行動しただけです。ですがその行動で私は………いいえ、私達は救われたんです」
私達。それはきっと、アイルとシノのことを指しているのだろう。
俺が二人を救った。彼女がそんなふうに思っていたのは素直に嬉しい。だが………やっぱり救われたのは俺だ。
空っぽだった俺を照らしてくれた光。世界のために死んでもいいとさえ思った俺がここまで来た理由。それが彼女たちなのだ。
「私は強くなんてありません。ただ卑怯なだけなんです」
アイルの顔に、再び陰りが落ちる。
「昔はお姉様、今はサクラくん。誰かの背中に隠れて、一歩引いたところで物事を見て、冷静なフリをしている卑怯な子………それが私なんです」
アイルの声からは気力が感じられない。
なんとか元気付ける言葉を探すが………悲しきな、何も思い浮かばなかった。
「だけど、自分が関わった事件のことになると……大切な人を馬鹿にされると……誰かの後に隠れていても、冷静でなんていられないんですね。……駄目だな私。ちゃんと我慢しないと………」
今のアイルはとても弱々しくて……今にも泣きだしてしまいそうで。
「我慢するとさ。我慢した方が辛いんだ」
気が付いたら、俺は言葉を紡いでいた。言いたいことも上手くまとまっていないというのに。
「おかしいって思うよな。…………だけどそういうもんなんだ」
"彼女の泣き顔を見たくない"……その一心で、俺は言葉を紡ぐ。
「我慢するのは偉いことでさ、そうしなきゃいけない状況は絶対に来る。だけど………」
彼女であれば、きっと泣き顔ですら美しいのだろう。
「今日みたいな日には……どうしても辛いときは、我慢しなくても良いんじゃないか?」
だけど、やっぱり彼女には笑顔でいて欲しい。
「心のままに喚けばいい。思っていることを吐き出して、楽になれば良いんだ。それでも足りないのなら、あとからいくらでも愚痴を聞いてやる」
「でも………」
アイルは僅かに顔を俯かせる。
そうだ、俺が言ってる事はきっと間違っている。そんなに簡単な話じゃないのだ。
アイルが先程、騒ぎを起こしたせいで、俺達はだいぶ注目を浴びた。
それはつまり……国から追われている俺達にとって危険な事だ。
アイルは悔やんでいるのだ。短気を起こしてしまった事ではなく、俺達を危険にさらした事を。
「でもじゃない。言ったろ、我慢した方が辛いって」
そもそもだ。俺達を危険に晒す行為だったとしても、友の為の怒りを否定しちゃいけないんだ。
………もっとも、俺はもう少し自制した方がいいと思うが。
「それにさ、もし今度アイルが暴走しても、俺が絶対止めてやるから。…………自信ないけど」
そんな俺の言葉を聞いて、アイルは小さく笑った。
「ふふっ。やっぱりサクラくんは、かっこつかないですね」
「うるせ。本気で暴れたアイルを止めれるやつの方が少ないね」
そう言って自嘲気味に笑う。アイルも先程より大きく笑った。
やっぱり、笑顔が一番だ
「だからさ、もし俺が暴走したり、間違った時はアイルが止めてくれよな?………極力手加減して」
「…………?」
アイルは一瞬キョトンとしたあとに、首を振った。
……え?駄目なの?俺が間違ったら全力で潰すの?
と、一瞬思ったがそうではなかった。
「大丈夫ですよ。サクラくんは絶対に間違えませんから」
アイルの確信めいた声。その言葉には、真っ直ぐな芯が通っている。
「随分と信用されたな……」
俺の一体どこにそんな要素があるのか。
そもそも、アイルは俺のどこが好きになったと言うのだろうか。
これまでの人生で誰かに好意を寄せられたことなんて……
いや、ある。
あれは……そうだ。この世界に来る直前のことだ。彼女は……元気にしているのだろうか。
「サクラくん?どうかしましたか?」
呆けた顔をしてしまったのだろうか、アイルが顔をのぞき込んでくる。
「んにゃ、なんでもない。てかさ、そろそろ戻ろうか。あんまりシノと第四勇者を二人っきりにするとあとが怖そうだ」
二人はもう宿に付いている時間だろうか。
……そんな事を考えながら立ち上がる。
だが、アイルは立ち上がらない。
どうしたのだろうか。その理由を訪ねようとしたとき……
「……………」
アイルは無言で、俺の袖を引いた。
「おっ……と」
その力に抗えず、俺は再びアイルの隣に腰掛ける。
「どうした?」
「………………………もう少し、二人でいたいです」
アイルは頬を赤らめながら消え入りそうな声で呟いた。
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「……………きて」
ぼんやりとした意識の中、誰かの声が聞こえる。
とても聞き覚えのある女の子の声。
「ねぇ、起きてってば」
それは、シノの声だ。
ゆっくりと瞳を開け、声の主を確認する。
「……………ん?、誰だ?」
シノの声だと認識したはずなのに、俺は『誰だ』と聞いた。
それは寝ぼけているからなのか。部屋の電気がついておらず、姿がはっきり見えなかったからなのか。
はたまた……彼女の纏う雰囲気が、シノとは全く違っていたからなのか。
「さ、誰でしょう?」
女性は明るい声で聞き返して来る。
そしてこの頃には俺の意識もハッキリし始めていて、一つの答えにたどり着く。
「シビ……ラ…、か?」
「うむ、よろしい」
シビラ。シノと体を共有する少女。
DIDであるシノのもう一つの人格だ。
「どうしたんだよ、こんな時間に」
上体を起こし、同じ部屋で眠るアイルを起こさないよう、声をひそめて問いかける。
昼間の騒ぎのあと、アイルと共に宿に戻り、俺達はすぐに眠りについたのだ。
「君と話がしたいなぁーって思って」
シビラはお淑やかに笑った。シノとは違い、上品なイメージを覚える。
あんまり表に出ないと言っていたシビラが、俺に話………?
「とりあえず外に出ようよ、あの子に悪いし」
シビラは、アイルの方をチラリと見る。
「そうだな……」
ベッドから降り、俺もアイル方を見た。
そこには……当然ながらアイルの寝顔。安心しきった安らかな寝顔だ。
彼女に好きだと言われたことで、今まで意識していなかったことを意識してしまう。
女の子(×2)と同じ部屋で眠る。何と言うラブコメ展開だろうか。
いつ、某ToLOVEるのような展開になってもおかしくはなく、その場合俺に罪はないでしょう。うん、きっとない。
ボンっ!俺の頭から湯気が出る。
違うよ、別にアイルとシノの着替えを覗くシュチュエーションを想像したわけじゃないですよ?…………アイルは白っぽいな………シノは意外と動物とか入ってそう。
「ぐへっ」
「…………変な笑い方。それに変態さんの目してる」
シビラにジト目で睨まれ、猛省する。
「すみませんシビラさん。外に出ましょう」
「うむ、よろしい」
そして俺達は……部屋の扉をくぐった。




