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世界の為に死んでくれ  作者: ソラ子
第三章 スティグマ
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私は強くなんてない

大通りから少しだけ外れた道。そこにある階段の段差に、アイルは顔を埋めるようにして腰掛けていた。  

 

「お嬢さん、一人でいると危ないですよ」


「…………」


アイルは顔を上げない。無反応。


「はぁ……」


俺は小さくため息をつき、彼女の隣に並んだ。


「珍しいな、あんなに怒るの」


「…………許せなかったんです」

 

アイルは、やはり俯いたままだ。


「何にも知らないくせに、好き勝手言って。『良かった』だとか『マシだった』とか。………許せなかったんです」


アイルは自らの裾を握りしめる。


「俺も許せなかったさ。めちゃくちゃムカついたし、ぶん殴ってやりたいと思ったさ」


『怒るな』……という方が無理なのだ。


「だけどさ……それは意味の無い事だって、アイルとシノが教えてくれたんだ。だから、我慢できた。何よりさ、野蛮なのはニーナが望まないって思った」


きっと俺は恵まれてる。


勇者になることもできず、無能と呼ばれたが……それでも、大切な人たちに出会えたのだから。


「俺は強くないし、きっと嫌な事があれば、またすぐに腹を立てる。だけど、アイルとシノがいてくれるのなら……」


「……逆なんです」  


アイルが俺の言葉を遮り、初めて目を合わせてくる。


「逆……?」


反芻した俺の言葉に、彼女は頷いた。


「サクラくんは、私が『強い』って言いましたよね?」


「……あぁ、俺がニーナの父親に怒鳴った時だって俺を冷静にさせてくれて……」


「違うんです。………やっぱり逆なんですよ」


アイルはゆっくりと、だが確かに首を振った。


「私がサクラくんを……じゃないんです。サクラくんが私を落ち着かせてくれたんです」


「落ち着かせたって……俺は何も……」


「いいえ。先に……()()()()()()()()()()()()()


「え………?」


アイルの言葉の意味がうまく飲み込めず、間抜けな声がでる。


「サクラくんが先に怒ってくれたから、言いたいことを全部言ってくれたから、私は冷静でいられたんです」


「そんなつもりは……」


「知ってます。サクラくんは、そんなに器用な人じゃありませんから」


アイルは僅かに微笑む。


「サクラくんはサクラくんの心のままに行動しただけです。ですがその行動で私は………いいえ、()()は救われたんです」


私達。それはきっと、アイルとシノのことを指しているのだろう。


俺が二人を救った。彼女がそんなふうに思っていたのは素直に嬉しい。だが………やっぱり救われたのは俺だ。 

 

空っぽだった俺を照らしてくれた光。世界のために死んでもいいとさえ思った俺がここまで来た理由。それが彼女たちなのだ。


「私は強くなんてありません。ただ卑怯なだけなんです」


アイルの顔に、再び陰りが落ちる。


「昔はお姉様、今はサクラくん。誰かの背中に隠れて、一歩引いたところで物事を見て、冷静なフリをしている卑怯な子………それが私なんです」

 

アイルの声からは気力が感じられない。


なんとか元気付ける言葉を探すが………悲しきな、何も思い浮かばなかった。


「だけど、自分が関わった事件のことになると……大切な人を馬鹿にされると……誰かの後に隠れていても、冷静でなんていられないんですね。……駄目だな私。ちゃんと我慢しないと………」


今のアイルはとても弱々しくて……今にも泣きだしてしまいそうで。


「我慢するとさ。我慢した方が辛いんだ」


気が付いたら、俺は言葉を紡いでいた。言いたいことも上手くまとまっていないというのに。


「おかしいって思うよな。…………だけどそういうもんなんだ」


"彼女の泣き顔を見たくない"……その一心で、俺は言葉を紡ぐ。


「我慢するのは偉いことでさ、そうしなきゃいけない状況は絶対に来る。だけど………」


彼女であれば、きっと泣き顔ですら美しいのだろう。


「今日みたいな日には……どうしても辛いときは、我慢しなくても良いんじゃないか?」


だけど、やっぱり彼女には笑顔でいて欲しい。


「心のままに喚けばいい。思っていることを吐き出して、楽になれば良いんだ。それでも足りないのなら、あとからいくらでも愚痴を聞いてやる」


「でも………」


アイルは僅かに顔を俯かせる。


そうだ、俺が言ってる事はきっと間違っている。そんなに簡単な話じゃないのだ。


アイルが先程、騒ぎを起こしたせいで、俺達はだいぶ注目を浴びた。


それはつまり……国から追われている俺達にとって危険な事だ。


アイルは悔やんでいるのだ。短気を起こしてしまった事ではなく、俺達を危険にさらした事を。


「でもじゃない。言ったろ、我慢した方が辛いって」


そもそもだ。俺達を危険に晒す行為だったとしても、友の為の怒りを否定しちゃいけないんだ。


………もっとも、俺はもう少し自制した方がいいと思うが。


「それにさ、もし今度アイルが暴走しても、俺が絶対止めてやるから。…………自信ないけど」


そんな俺の言葉を聞いて、アイルは小さく笑った。


「ふふっ。やっぱりサクラくんは、かっこつかないですね」


「うるせ。本気で暴れたアイルを止めれるやつの方が少ないね」


そう言って自嘲気味に笑う。アイルも先程より大きく笑った。


やっぱり、笑顔が一番だ


「だからさ、もし俺が暴走したり、間違った時はアイルが止めてくれよな?………極力手加減して」


「…………?」


アイルは一瞬キョトンとしたあとに、首を振った。


……え?駄目なの?俺が間違ったら全力で潰すの?


と、一瞬思ったがそうではなかった。


「大丈夫ですよ。サクラくんは絶対に間違えませんから」


アイルの確信めいた声。その言葉には、真っ直ぐな芯が通っている。


「随分と信用されたな……」


俺の一体どこにそんな要素があるのか。


そもそも、アイルは俺のどこが好きになったと言うのだろうか。


これまでの人生で誰かに好意を寄せられたことなんて……


いや、ある。


あれは……そうだ。この世界に来る直前のことだ。彼女は……元気にしているのだろうか。


「サクラくん?どうかしましたか?」


呆けた顔をしてしまったのだろうか、アイルが顔をのぞき込んでくる。


「んにゃ、なんでもない。てかさ、そろそろ戻ろうか。あんまりシノと第四勇者(フィーア)を二人っきりにするとあとが怖そうだ」


二人はもう宿に付いている時間だろうか。


……そんな事を考えながら立ち上がる。


だが、アイルは立ち上がらない。


どうしたのだろうか。その理由を訪ねようとしたとき……


「……………」


アイルは無言で、俺の袖を引いた。


「おっ……と」


その力に抗えず、俺は再びアイルの隣に腰掛ける。


「どうした?」


「………………………もう少し、二人でいたいです」


アイルは頬を赤らめながら消え入りそうな声で呟いた。


✦✦✦✦✦✦✦✦✦✦✦


「……………きて」


ぼんやりとした意識の中、誰かの声が聞こえる。


とても聞き覚えのある女の子の声。


「ねぇ、起きてってば」


それは、シノの声だ。


ゆっくりと瞳を開け、声の主を確認する。


「……………ん?、誰だ?」


シノの声だと認識したはずなのに、俺は『誰だ』と聞いた。


それは寝ぼけているからなのか。部屋の電気がついておらず、姿がはっきり見えなかったからなのか。


はたまた……彼女の纏う雰囲気が、シノとは全く違っていたからなのか。


「さ、誰でしょう?」


女性は明るい声で聞き返して来る。


そしてこの頃には俺の意識もハッキリし始めていて、一つの答えにたどり着く。


「シビ……ラ…、か?」


「うむ、よろしい」


シビラ。シノと体を共有する少女。


DIDであるシノのもう一つの人格だ。


「どうしたんだよ、こんな時間に」


上体を起こし、同じ部屋で眠るアイルを起こさないよう、声をひそめて問いかける。


昼間の騒ぎのあと、アイルと共に宿に戻り、俺達はすぐに眠りについたのだ。


「君と話がしたいなぁーって思って」


シビラはお淑やかに笑った。シノとは違い、上品なイメージを覚える。


あんまり表に出ないと言っていたシビラが、俺に話………?


「とりあえず外に出ようよ、あの子に悪いし」


シビラは、アイルの方をチラリと見る。


「そうだな……」


ベッドから降り、俺もアイル方を見た。


そこには……当然ながらアイルの寝顔。安心しきった安らかな寝顔だ。


彼女に好きだと言われたことで、今まで意識していなかったことを意識してしまう。


女の子(×2)と同じ部屋で眠る。何と言うラブコメ展開だろうか。 


いつ、某ToLOVEるのような展開になってもおかしくはなく、その場合俺に罪はないでしょう。うん、きっとない。


ボンっ!俺の頭から湯気が出る。


違うよ、別にアイルとシノの着替えを覗くシュチュエーションを想像したわけじゃないですよ?…………アイルは白っぽいな………シノは意外と動物とか入ってそう。


「ぐへっ」


「…………変な笑い方。それに変態さんの目してる」


シビラにジト目で睨まれ、猛省する。


「すみませんシビラさん。外に出ましょう」


「うむ、よろしい」


そして俺達は……部屋の扉をくぐった。





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