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世界の為に死んでくれ  作者: ソラ子
第三章 スティグマ
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変わらない街

「最後の被害者………()()()だったらしいぜ」


隣のテーブルから聞こえてきた言葉は……鋭利なナイフとなり、俺達の胸に突き刺さった。


「まじかよ」 


「……確かな情報だぜ」


………なんだよ。最後の被害者がベーゼだったら、お前たちに関係あるのかよ。


「そうか、ベーゼだったのか。そいつは…………()()()()()


………は?良かっ……た?


男性の会話が信じられず、自分の耳がおかしくなってしまったのではないかと疑う。


「あぁ、まだ()()だったな」


良かった?マシ?こいつらは一体何を言っているんだ。


被害者がベーゼだからどうしたと言うんだ。たった一つの命が失われたことに変わりはないのに。


「むしろさ、ベーゼが死んだ分、この街もキレイになったんじゃねーの?」


「ガハハ!そいつは言えてるぜ!」


何も……変わらないというのか、ニーナが死んだっていうのに、まだ。


わからないと言うのか、ベーゼだって……幸せを望みながら普通に生きているということが。


多くの人はベーゼを人間だと思っていないと言う。だが……誰かの死を悲しめないこいつらは……人間なのか?


人間じゃないのは一体……


「本当に良かったぜ。これで最後の被害者まで罪のない女の子だったら、目も当てられねぇ」 


「だな」


二人組の男性は、豪快に酒を煽った。


罪もない女の子だったら?………ニーナに何か罪があったのかよ。 


変わらないんだ、この街は。無垢な少女の死さえ悲しめない。その……少女が、ベーゼだったという理由だけで。


もう……我慢の限界だった。拳を握り、砕けてしまいそうな程に奥歯を噛みしめる。


一発、ぶん殴らなきゃ気がすまない。


………そう思い、僅かに腰を浮かせた時。


「………っ!」


微かに震えるシノの姿が見えた。


耐えているのだ。テーブルの下………膝の上で拳を握り。


友への侮辱を、世界の理不尽を。シノが堪えているのなら……俺は……


「…………」


落ち着くために短く息を吐いてから、再び椅子に腰掛ける。


ここで俺が怒りに任せ、奴らを殴ってどうなる?


それではあの時と、ニーナの父親に怒鳴った時と同じではないか。それではシノを怯えさせるだけだ。


せっかく、男性恐怖症であるシノが、俺にだけは恐怖をおぼえないでいてくれるのに。


治る予兆があるというのに。


だから……我慢するんだ。耐えろ、耐えろ耐えろ耐えろ。


「いっそのことさ、世界中のベーゼをぶっ殺してほしいよな」


「そりゃあ言えてるわ」


二人組の男性の笑い声が店内に響き渡る。


俺達の気持ちなんてよそに、くそったれな会話は続けられる。


「…………」


俺は、震えるシノの手を握りしめた。


シノは一瞬驚いた顔でこちらを見たが、すぐに受け入れてくれる。………手の震えも、治まっていた。


耐えられる。一人では無理でも……二人なら。


『ガハハハハ!』…………隣から聞こえてくる笑い声は消えない。


憎きベーゼがこの街からいなくなったのが、そんなに嬉しいのか。自分たちがニーナに何かされたわけではないのに。


この不快な笑い声が、早く止まれと心から願う。


止まれ……止まれ……。心の中で呟きながら、シノの柔らかな手から力を貰う。


…………ガタッ


不意に、左側からそんな音が聞こえた。


俺とシノは音がした方をみる。すると、飲みかけの水が入ったグラスを持ち、立ち上がるアイルの姿。


その顔は……陰りが出来ていてよく見えなかった。


「アイ……ル?」


彼女の名前を小声で呼ぶ。だが……反応は無い。


一体、どうしたというのだろうか。唐突に立ち上がったアイルを、シノも不思議そうな顔で見ていた。


「…………」


アイルは無言のまま、下品な笑いをやめない二人組の前まで移動する。


「ガハハ!…………ん、どうした嬢ちゃん、俺らと一緒に飲みたいのかい?」


アイルの接近に気がついたスキンヘッドの男が、いやらしい視線を送る。


「可愛い顔してるじゃねーか」 


髭面の男も同じだ。アイルの全身をなめ回すように見る。


「……………」


そんな二人の様子を完全に無視し、アイルは………


持っていたグラスの中身を、スキンヘッドの男にぶちまけた。


「…………おいガキ、何してんだよ」


男は低い声で凄み、それを見ていた他の客は息を呑む。明らかに……店の雰囲気が変わった。様々なテーブルから聞こえていた話し声が、今は聞こえない。

 

「あはは!水も滴るいい男じゃねーか!」


腹を抱えて笑う髭面の男。

 

「笑い事じゃねーだろが!」


スキンヘッドの男は完全に切れている。


「いいじゃねーか、いきのいいガキは嫌いじゃ……」


そう言いかけた髭面の男の顔にも……勢い良く水がかけられた。


アイルが俺のグラスを奪い、同じようにぶちまけたのだ。


「………ちょっと勉強が必要かもなぁ」


髭面の男が、濡れた髪をかきあげながら立ち上がる。


そして………


「ふんっ!」 


アイルに向かって渾身の右ストレートを放つ。


拳の高さは、ちょうどアイルの顔。女の顔を、躊躇いなく殴ろうと言うのだ。


アイルと髭面を見ていた店員が悲鳴を上げる。アイルの顔に拳が命中し、血を流しながら倒れるとでも思ったのだろうか。だが………


アイルはその拳をいとも容易く、右手で受け止めてみせる。力むことも、呼吸を整えるこそすらせずに、ただ………『当たり前』に。


遅い……遅すぎる。あんな遅い攻撃が、あんな無駄の多い動きが、アイルに当たるわけが無い。


「………………」


アイルが髭面の拳を握った手に力を込める。すると、ミシミシと嫌な音が聞こえてきた。………やりすぎだ。


「うっ……ぐぁ!離せっ!」


髭面は痛みに悲鳴を上げる。


「おい、どうしちゃったんだよ!」


いつもと様子の違うアイルに声をかける………。が、彼女は反応を見せてはくれない。


「この……このッ!」


アイルから逃れそうと、髭面は自らの腕を引っ張る。


すると、アイルはその力に合わせるように……不意に握っていた拳を離す。


「うおっ!?」


ガッシャーン!!!


急に手を離された髭面は、後ろに大きくよろけ……そのままテーブルにぶつかり、上に乗っていた食器が散乱する。


「…………何が」


尻もちをついた髭面を見下ろしながら、アイルが低い声を出した。まるで……地を這う虫を見下すような視線。


「何が『良かった』んですか………?」


あぁ、そうか。どうしちまったんだよじゃない。


「何が『マシ』なんですか………?」


アイルは………()()()()()()


「人が………殺されたっていうのに!!!」


アイルが二人組に向かって怒鳴る。冷静な彼女には珍しい。ただ単純な怒り。


だが、それも仕方のない事だ。


俺やシノだって、内心腸が煮えくり返っている。だが、耐えた。


「あなた達みたいな人がいるから………だからニーナちゃんは………!」


ここであいつらに怒りをぶつけてもどうにもならない事は、アイルにだって分かっているはずだ。事実、ニーナの父親と話したときも、アイルは怒りを堪え、冷静でいた。


なのに今回はなぜ?………わからない。


アイルがブチ切れた理由なんてどうだっていい。とにかく今は、アイルを落ち着かせ、怒りを抑えて貰わなければ行けない。


「あなた達みたいな人が……あなた達みたいな人がぁぁぁぁぁぁ!」


「おい、ちょっと待て!」


「落ち着け!」


今にも殴りかかってしまいそうな勢いのアイルを、俺とシノで抑える。俺が右腕、シノが左腕。


第四勇者(フィーア)は……『やれやれ』といった様子でこちらを見ていた。バカ、手伝え。


「離してください!」


「離したら殴るだろうが!」


なんて……力だ。当然アイルはまだ本気ではない。その程度の理性は残っている。


だが……それにしても、シノと二人がかりで抑えるのがやっと。


兎にも角にも、早くアイルを落ち着かせないとやばい。本格的な殴り合いになったら、大怪我をおってしまう。…………あちらのほうが。


「一旦落ち着けって!」


「落ち着く……?この人達は、ニーナちゃんの死を愚弄したんですよ!?彼女の想いも……彼女の願いも知らないでっ!」


「わかってる!わかってるけどさ、今は……!」


髭面がアイルに殴りかかってから、すでに何人かの客が店を出ていた。その何人かが、もしも騎士に連絡すれば………。


だが、アイルは俺の静止も聞かず、ジタバタと動き続ける。正直言って、抑えるのも限界がある。


「お前らしくないぞ、バカ!」


シノも頑張ってくれてはいるのだが……力の差がすんごい。ほとんど振り回されている。


まずい。第四勇者(フィーア)が居るとはいえ、俺達は所詮お尋ね者。この騒ぎはまずい。


「嫌っ!離してっ!」


……アイルはもう駄目だ。冷静さを欠いている。


ならば。


「おい、あんた達!」


髭面とスキンヘッドを交互に見る。

 

「さっきの見たろ!こいつはゴリラオブゴリラだ!怪我したくなかったらとっとと逃げろ!」


本来であれば会話もしたくない。だが……今はやむを得ない。この騒ぎを収めるのが最優先。


だけど……


「逃げるだぁ?ガキになめられたままでいられるかよっ!」


髭面は懐に手を入れ、何かを取り出す。


それは……ナイフだった。


「お前もバカかよ……」


アイルを押さえながら、小声で呟く。


そんなものでアイルに勝てるとは思えないが……こんな喧嘩程度で刃物を出すなんて、アホすぎる。


「きゃぁぁぁぁ!」


ナイフを見た店員が叫んだ。


やばい。刃物まで出てきたら、ただの喧嘩では済まされない。確実に騎士団……良くてもギルドが呼ばれる。


「おい第四勇者(フィーア)!いつまで優雅に水飲んでんだ!お前も手伝え!」 


席から立つこともなく、エレガントを決め込んでいた第四勇者(フィーア)を睨みつける。


すると彼は……


「手を貸す?この僕が?」


わざとらしく、大きな声を出し始めた。髭面たちにも聞こえるように。


ほんと、いい性格してやがる


()()()()()この僕に、あんな下郎の相手をしろと言うのかい?」


勇者。その言葉を聞いた瞬間、店内に衝撃が走る。


「そうだよ!手伝えって言ってんだ!」

 

「ふぅ……、仕方ないな。君の頼みなら聞いてあげようか」


第四勇者(フィーア)はゆっくりと、あくまでエレガントに席を立った。


「勇者だと………?ふんっ、ハッタリだ!!」


髭面の男が、持っているナイフを第四勇者(フィーア)に向ける。


「……無知は罪ではない。知を与えないのが罪なんだ。だから──()()()()()()()()。勇者の実力を持ってね」


第四勇者(フィーア)は腰にある剣を握り………


「ふっ……」


一度だけ短く息を吐き……その身に宿る莫大な魔力を、髭面の男に向かって噴出させた。


それは、何かしらの攻撃ではない。ただ単純な『威嚇』。


そしてその『威嚇』の効果は絶大だった。


「なっ………っ!」


髭面の男は情けない声を上げ、尻もちをついた。


魔力が視えるとか視えないとか、感じれるかどうかなんて関係ない。あれだけの魔力が、個人に向けられたとすれば………魔力に対して鈍感なやつであろうと、それを『殺意』という形で受け取ることが出来る。


「どうした。そのナイフで僕の命を刈り取るんじゃないのかい?」


第四勇者(フィーア)が不敵に微笑む。その笑みを向けられた髭はまさに、蛇に睨まれたカエルだ。


「ひぇ……」


髭面は持っていたナイフを落とす。彼にとって、アイルですら敵わない相手だ。それが第四勇者(フィーア)ともなれば……


「おい、逃げるぞ!あいつ本物の勇者だぜ!」


スキンヘッドの男が髭面を抱き起こす。スキンヘッドは第四勇者(フィーア)の制服を見ていた。俺が知らないだけど、騎士団の制服には、隊長にだけ特別な目印があったりするのかもしれない。


「あぁ……」


髭面の男は立ち上がると、おぼつかない足取りで店を出てしまう。………当然、第四勇者(フィーア)はおわない。


アイルはその後ろ姿を睨みつけ、シノは『ベー』っと舌を出していた。


「お騒がせしました」


第四勇者(フィーア)はあたりを見回すと、一礼し……


「破損した器物、今いるお客様の食事代は全て僕が支払います」


店員と何やら会話を始める。


「落ち着いたか?」


「………………はい」


アイルは頷いた。その四肢には、すでに力が入っていない。


一度だけシノと目を合わせてから、彼女の両腕を開放する。


「どうしたんだよ、アイルにしてはめずらし……」


「少し、外の空気を吸ってきます」


俺が言い終わる前に、アイルは出ていってしまう。


その背中には『一人にさせてくれ』と、そう書いてあるような気がした。


「…………」


なぜアイルはあんなにも激怒したのだろうか。怒るのが当たり前だったとはいえ、こんな人目のある場所で…………彼女らしく無い。


彼女はいつも落ち着いていて、強くて、俺なんかよりよっぽど我慢強い。


なのに今回はなぜ我慢できなかったのか、なにか理由があるような気がする。


彼女の後を追い、その理由を聞きたい。そして叶うのなら、彼女の力になりたい。だが……


『少し、外の空気を吸ってきます』


最後に聞こえたアイルの声が、追い掛けるのを躊躇わせる。


……などと、しばらく物思いにふけっていると……


「シノ?」


シノが、少しムッとした表情でこちらを睨み上げていた。


「バカサクラ。バカのくせに考えるな」


そう言ってシノは、俺の背中を押した。


「アイルと話したいんだろ?なら迷っちゃ駄目だ」


「………わかった。行ってくる」


やっぱりシノは、とてもキレイだ。


真っ直ぐで、折れなくて。自分の正義を持っている。


この子がいたから、俺は怒りを抑えることが出来たんだ。


第四勇者(フィーア)、俺もう帰ってこないから、シノを宿まで送っといてくれ」


「行ってらっしゃい」


ニッコリと笑い、手を振る第四勇者(フィーア)とは裏腹に、シノは『げっ……』とあからさまにいやそうな顔をする。


………まあ、良いでしょう。第四勇者(フィーア)の隣は、俺の隣なんかよりよっぽど安全だ。


「じゃ、あとで」


「ん」


シノに向かって右手を上げ、アイルの後を追うために、俺は店を出た。

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