悔しくて
「そのペンダント、アイルのお姉さんに貰ったんだよな?」
行く宛もない夜の散歩。そんな中、シノが呟いた。
彼女の視線の先に有るのは……赤い輝きを放つ、アイラに預かったペンダント。
………売っても良いとまで言われたので、貰ったと言う方が正しいのだろうか。
「うん、アイルの双子の姉………アイラに貰ったんだ」
ペンダントを握り、本来の持ち主のことを思い出す。
美しい金髪の髪、整った顔立ち、……『確かな意思』の込められた双眸。
もう一度……彼女に会いたい。
「サクラは………」
シノが立ち止まり、こちらをみる。そして……意を決した様に。
「サクラはその人の事が好きなのか!?」
頬を染めながら、割と大きな声で叫んだ。声量を上げたのは照れ隠しだろうか。
「…………は?」
そしてごめんなさいシノさん。貴方は必死に言葉を紡いだようなのに、僕は間抜けな声を出しました。だって、唐突だったではありませんか。
「『は?』じゃない。ちゃんと答えろ」
ぷいっと、シノはそっぽを向いてしまう。
「女の子としてって事だよな?」
確認を取ると、彼女は小さく頷いた。
なぜシノはそんな事を気にするのか分からないが、正直に答えよう。
「うーん、分かんね」
「ちゃ・ん・と・答・え・ろ!」
「ちゃんと答えてるって、人としては好きだけど、それ以上はわからない。………誰かを好きになった事なんてないからさ」
「そうなのか?」
シノの問いかけに、コクリと首肯する。
「女の子として好きなのかはわかんないけどさ。とても大切な人だってのは確かだ」
彼女は、俺がこの世界で初めて出会った優しさだから。
「アイラが困っていたら今度は俺が助けてやりたい。恩返しとかじゃなく、ただ単に彼女の力になりたいと思う」
「サクラにとって特別な人……なんだな」
「うん。………このペンダントもさ、本当は売っていいって言われたんだ。だけど、どうしても手放せなくてさ」
知らない世界にひとりぼっちの孤独を、何度も彼女のペンダントに救われた。
「大切なものなら、無くしちゃだめだぞ」
シノは振り返り、『あぁ』という俺の返事を聞いてから、再び宛もなくさまよい始めた。
そんな彼女の隣に並ぶと……
「そっか……好きじゃないのか」
そう言いながら胸の前で小さくガッツポーズをするシノが見えた。
……………結局彼女は、何がしたかったのだろうか。
異性の心が完璧に理解できたのなら、きっとノーベル賞が貰えるのだろう。
『あの子は我慢しすぎるから……』
シビラの声が頭に反響する。
平気?シノにそう問いかけるべきだろうか。………いや、やめておこう。友人を失ったシノが平気なわけがないから。
今は、彼女の隣を黙って歩こう。もしも辛くなったのならきっと彼女から話してくれるはずだ。
明かりの消えた夜の街、見上げれば瞬く星々。世界で二人きりになったみたいだ。
…………さっきは言えなかったけど…アイラだけじゃない。シノやアイルだって、俺の大切な人だよ。……髪をなびかせながら歩くシノの横顔に、心の中で呟いた。
「……………」
そこで、急にシノが歩みを止めた。
「………?」
俺も彼女につられて足を止める。
横顔を眺めていたのがバレたのだろうか。一瞬そう思ったが、違う。
シノは何かを見ている。その視線の先にあるのは………ニーナと遊んだ広場だ。
適当に歩いていたつもりが、知らず知らずの内に見知った道を選んでしまっていたのだ。
シノの表情に、悲しみの色が浮かぶ。
「サクラ」
その表情を隠せないままに、シノは俺の名前を呼んだ。
「サクラとアイルがお店を出たあと、えらそーな男が出てきて、ボクと第四勇者に言ったんだ。…………『もう、この店には来ないでくれ』って」
シノは歯を食いしばり、拳を握る。悲しみではない。これは怒り……いや、悔しさか?
「仕方ないさ、あれだけの騒ぎを起こしたんだ。………お皿とかもいっぱい割っちゃったし」
まあ、当然と言えば当然だろう。店側からしたら、俺達の印象は最悪だ。
「違うんだ」
シノはそう言って首を振る。
「違う?」
何が……違うというのか。それ以外に、出禁になるようなことをした覚えはない。
「騒ぎを起こしたのは大丈夫だって言われたんだ。あの男たちにはお店の人たちも困ってたって」
確かに、普段から問題を起こしていそうなふたり組だった。悪い飲み方しそうな。
だが……
「じゃあ……なんで……」
恐る恐るシノに問いかける。
するとシノはとても言いにくそうに視線を外しながら答えた。
「『ベーゼの味方をしたから』………だって」
「……………」
聞きたくなかった。
その場に居れば怒ったのかもしれないが、怒りすら湧いてこなかった。
ここはそういう街だ。………いや、そういう『世界』なのだ。
「ボクは何も………っ!言えなかったんだ!!!」
夜の街に泣き声のような叫び声が響き渡る。
「アイルはニーナの為に怒ったのに……それが悪いことだって言われたのに……ボクは何もッ!」
一筋の雫が、シノの頬を濡らした。
何も言えなかったのは、仕方のないことだ。シノは男性恐怖症で、知らない男の人に立ち向かえるわけがないのだから。
だけど、シノはそんな理由で納得できない。理不尽には怒る、『正義の人』だから。
「第四勇者がボクの前に立って……『わかった』、『すまなかった』って答えて………何も悪いことなんて……してないのに」
恐怖に勝てなかったのは仕方のないことで、その事についてシノを攻められる人間はいない。………ただ一人、シノ本人を除いて。
「…………」
震えるシノに、どんな言葉をかけるべきだろうか。
彼女はどんな言葉をかけてほしいのか、全くわからない。
「………ありがとう」
だから俺は、自分の素直な気持ちを口にした。
「え?」
当然の『ありがとう』に、シノは驚く。
「話してくれて……ありがとう」
シビラはシノの事を『我慢しすぎる』と言った。
だがシノは………今日の出来事を、自分が抱いた悔しさを……俺に話してくれた。………それがとても嬉しかった。
「たまたま俺が目の前に居ただけかもしれない。黙ってシノの話しを聞いてくれるのなら、それこそ壁でもカカシでも良かったのかもしれない。だけど……俺にその悔しさを打ち明けてくれたのが……すごく嬉しい」
シノは泣き顔ですら美しい。こんなことを考えるのは不謹慎なのだろうか。
「違う、誰でも良かったわけじゃない。サクラだから話したんだ」
左右に振った首の動きにあわせ、シノの美しい髪が揺れる。月明かりを反射させ、幻想的な雰囲気を醸し出していた。
「この"悔しさ"も……!サクラと『はんぶんこ』なら大丈夫だって思ったから……だから………!」
シノは自らの胸に両手を当てる。
その姿がひどく……弱々しく見えた。
「なぁシノ」
彼女は、俺の命を文字通り救ってくれた『強い人』。
だけどやっぱり………「幼い女の子」
「良く……頑張ったな」
「サク……ラ?」
唐突な労いの言葉に、シノは僅かに困惑する。
彼女は……この言葉を覚えているだろうか。
「俺とシノが初めてあった日。この世界に来てからの俺の全部を話したら、シノは『よく頑張ったな』って言ってくれたんだ」
シノの両目が見開かれる。思い出してくれたのだろうか。
「『よく頑張ったな』………。シノはさ、疑うことも聞き返すこともせずにそう言ってくれたんだ。"男性"である俺に対してさ」
そうだ。その言葉で俺は救われた。
「あの日、あの言葉でシノは貰ってくれたんだよ。俺の『辛さ』を、半分。」
『だから』……そう言ってシノに手を伸ばす。
「今度は俺がシノの"悔しさ"を半分もらう。……そりゃあもう喜んで」
「う………っ、ボクは………ボクは………ッ!」
両目から大粒の涙を流しながら、シノが俺の胸に飛び込んでくる。
「うぅ…………っ、うぐっ………!」
声にならない鳴き声を聞きながら、シノの体を優しく抱きしめる。壊れないように、優しく。
シノが落ち着くまでずっとこのままでいよう。
そして明日になったら笑いあおう。アイルと三人で。
明日になればこの街とも………お別れなのだから。




