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世界の為に死んでくれ  作者: ソラ子
第三章 スティグマ
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悔しくて

「そのペンダント、アイルのお姉さんに貰ったんだよな?」


行く宛もない夜の散歩。そんな中、シノが呟いた。


彼女の視線の先に有るのは……赤い輝きを放つ、アイラに預かったペンダント。


………売っても良いとまで言われたので、貰ったと言う方が正しいのだろうか。


「うん、アイルの双子の姉………アイラに貰ったんだ」


ペンダントを握り、本来の持ち主のことを思い出す。


美しい金髪の髪、整った顔立ち、……『確かな意思』の込められた双眸。


もう一度……彼女に会いたい。



「サクラは………」


シノが立ち止まり、こちらをみる。そして……意を決した様に。


「サクラはその人の事が好きなのか!?」


頬を染めながら、割と大きな声で叫んだ。声量を上げたのは照れ隠しだろうか。


「…………は?」


そしてごめんなさいシノさん。貴方は必死に言葉を紡いだようなのに、僕は間抜けな声を出しました。だって、唐突だったではありませんか。


「『は?』じゃない。ちゃんと答えろ」


ぷいっと、シノはそっぽを向いてしまう。


「女の子としてって事だよな?」


確認を取ると、彼女は小さく頷いた。


なぜシノはそんな事を気にするのか分からないが、正直に答えよう。


「うーん、分かんね」


「ちゃ・ん・と・答・え・ろ!」


「ちゃんと答えてるって、人としては好きだけど、それ以上はわからない。………誰かを好きになった事なんてないからさ」


「そうなのか?」


シノの問いかけに、コクリと首肯する。


「女の子として好きなのかはわかんないけどさ。とても大切な人だってのは確かだ」


彼女は、俺がこの世界で初めて出会った優しさだから。


「アイラが困っていたら今度は俺が助けてやりたい。恩返しとかじゃなく、ただ単に彼女の力になりたいと思う」


「サクラにとって特別な人……なんだな」


「うん。………このペンダントもさ、本当は売っていいって言われたんだ。だけど、どうしても手放せなくてさ」


知らない世界にひとりぼっちの孤独を、何度も彼女のペンダントに救われた。  


「大切なものなら、無くしちゃだめだぞ」


シノは振り返り、『あぁ』という俺の返事を聞いてから、再び宛もなくさまよい始めた。


そんな彼女の隣に並ぶと……


「そっか……好きじゃないのか」


そう言いながら胸の前で小さくガッツポーズをするシノが見えた。


……………結局彼女は、何がしたかったのだろうか。


異性の心が完璧に理解できたのなら、きっとノーベル賞が貰えるのだろう。


『あの子は我慢しすぎるから……』 


シビラの声が頭に反響する。


平気?シノにそう問いかけるべきだろうか。………いや、やめておこう。友人を失ったシノが平気なわけがないから。


今は、彼女の隣を黙って歩こう。もしも辛くなったのならきっと彼女から話してくれるはずだ。


明かりの消えた夜の街、見上げれば瞬く星々。世界で二人きりになったみたいだ。


…………さっきは言えなかったけど…アイラだけじゃない。シノやアイルだって、俺の大切な人だよ。……髪をなびかせながら歩くシノの横顔に、心の中で呟いた。


「……………」


そこで、急にシノが歩みを止めた。


「………?」

 

俺も彼女につられて足を止める。


横顔を眺めていたのがバレたのだろうか。一瞬そう思ったが、違う。


シノは何かを見ている。その視線の先にあるのは………ニーナと遊んだ広場だ。


適当に歩いていたつもりが、知らず知らずの内に見知った道を選んでしまっていたのだ。


シノの表情に、悲しみの色が浮かぶ。


「サクラ」


その表情を隠せないままに、シノは俺の名前を呼んだ。


「サクラとアイルがお店を出たあと、えらそーな男が出てきて、ボクと第四勇者(フィーア)に言ったんだ。…………『もう、この店には来ないでくれ』って」


シノは歯を食いしばり、拳を握る。悲しみではない。これは怒り……いや、悔しさか?


「仕方ないさ、あれだけの騒ぎを起こしたんだ。………お皿とかもいっぱい割っちゃったし」


まあ、当然と言えば当然だろう。店側からしたら、俺達の印象は最悪だ。


「違うんだ」


シノはそう言って首を振る。


「違う?」


何が……違うというのか。それ以外に、出禁になるようなことをした覚えはない。


「騒ぎを起こしたのは大丈夫だって言われたんだ。あの男たちにはお店の人たちも困ってたって」


確かに、普段から問題を起こしていそうなふたり組だった。悪い飲み方しそうな。


だが……


「じゃあ……なんで……」


恐る恐るシノに問いかける。


するとシノはとても言いにくそうに視線を外しながら答えた。


「『ベーゼの味方をしたから』………だって」


「……………」

 

聞きたくなかった。


その場に居れば怒ったのかもしれないが、怒りすら湧いてこなかった。


ここはそういう街だ。………いや、そういう『世界』なのだ。


「ボクは何も………っ!言えなかったんだ!!!」


夜の街に泣き声のような叫び声が響き渡る。


「アイルはニーナの為に怒ったのに……それが悪いことだって言われたのに……ボクは何もッ!」


一筋の雫が、シノの頬を濡らした。


何も言えなかったのは、仕方のないことだ。シノは男性恐怖症で、知らない男の人に立ち向かえるわけがないのだから。


だけど、シノはそんな理由で納得できない。理不尽には怒る、『正義の人』だから。


第四勇者(フィーア)がボクの前に立って……『わかった』、『すまなかった』って答えて………何も悪いことなんて……してないのに」


恐怖に勝てなかったのは仕方のないことで、その事についてシノを攻められる人間はいない。………ただ一人、シノ本人を除いて。


「…………」


震えるシノに、どんな言葉をかけるべきだろうか。


彼女はどんな言葉をかけてほしいのか、全くわからない。


「………ありがとう」


だから俺は、自分の素直な気持ちを口にした。


「え?」


当然の『ありがとう』に、シノは驚く。


「話してくれて……ありがとう」


シビラはシノの事を『我慢しすぎる』と言った。


だがシノは………今日の出来事を、自分が抱いた悔しさを……俺に話してくれた。………それがとても嬉しかった。


「たまたま俺が目の前に居ただけかもしれない。黙ってシノの話しを聞いてくれるのなら、それこそ壁でもカカシでも良かったのかもしれない。だけど……俺にその悔しさを打ち明けてくれたのが……すごく嬉しい」


シノは泣き顔ですら美しい。こんなことを考えるのは不謹慎なのだろうか。


「違う、誰でも良かったわけじゃない。()()()()()()話したんだ」


左右に振った首の動きにあわせ、シノの美しい髪が揺れる。月明かりを反射させ、幻想的な雰囲気を醸し出していた。


「この"悔しさ"も……!サクラと『はんぶんこ』なら大丈夫だって思ったから……だから………!」


シノは自らの胸に両手を当てる。


その姿がひどく……弱々しく見えた。


「なぁシノ」


彼女は、俺の命を文字通り救ってくれた『強い人』。


だけどやっぱり………「幼い女の子」


「良く……頑張ったな」


「サク……ラ?」


唐突な労いの言葉に、シノは僅かに困惑する。


彼女は……この言葉を覚えているだろうか。


「俺とシノが初めてあった日。この世界に来てからの俺の全部を話したら、シノは『よく頑張ったな』って言ってくれたんだ」


シノの両目が見開かれる。思い出してくれたのだろうか。


「『よく頑張ったな』………。シノはさ、疑うことも聞き返すこともせずにそう言ってくれたんだ。"男性"である俺に対してさ」


そうだ。その言葉で俺は救われた。


「あの日、あの言葉でシノは貰ってくれたんだよ。俺の『辛さ』を、半分。」


『だから』……そう言ってシノに手を伸ばす。


「今度は俺がシノの"悔しさ"を半分もらう。……そりゃあもう喜んで」


「う………っ、ボクは………ボクは………ッ!」


両目から大粒の涙を流しながら、シノが俺の胸に飛び込んでくる。


「うぅ…………っ、うぐっ………!」


声にならない鳴き声を聞きながら、シノの体を優しく抱きしめる。壊れないように、優しく。


シノが落ち着くまでずっとこのままでいよう。


そして明日になったら笑いあおう。アイルと三人で。


明日になればこの街とも………お別れなのだから。

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