第十三章 君みたいな子がいたなんて
決勝戦が終わったと同時に、観客たちは次々と闘技場に飛び降りてユウ・ナギノをとり囲んだ。
優勝おめでとう。
ユウは大勢の人たちから握手を求められ、女性たちに抱きしめられる。
おめでとう。地元の誇りだ。
すぐにエリオ・ソフィーがやってきて、人集りを追い払う。
「はいはい、みんな散った、散った。ユウは疲れて、休憩が必要だから」
「女性から抱擁の祝福を受けるのが、究極の疲労回復なのだが」
のぼせるユウの額をエリオはピシッと指で弾いた。
「いたっ」
「まだまだ大会は終わっていないわ。表彰式があるでしょ。そのあとは……、あのイベントを控えているのを知っているでしょ。まだ気を抜いちゃダメ」
エリオはユウの手を引っ張る。
「試合中と試合後もユウを独占するなんてずるい」
ファンがエリオに抗議する。
「ふんっ」
「まだまだお前は元気だな」
闘技場は、いまだに観客たちの熱気でみなぎっていた。
これから、もっと驚くことが起こりそうな気配がしてならなかったからだ。
・・・・・
表彰式はまだ始まらない。
第三位のレーゲン・キンスロットが姿を現さない。
シエナステラの修道服に身を包むソラナは、同じく藍色の法衣を着るアルトと闘技場を回っていた。
「ユウ選手。勝ちましたね。でも、決勝は不思議な感じがしました」
アルトは、ソラナと一緒に決勝を観戦した。決勝は、戦いというよりも、艶かしい交歓だった。
「ええ。ユウはやってくれたわ」
ソラナは結果に安心せず焦っていた。
一刻も早く、勇者を誕生させ、ネヴュエラの身を安全にしたい。
監察官がシエナステラに向かったという情報を得た。自分がネヴュエラを危険に晒してしまった。
「キンスロット騎士団長はどこ?」
「わかりません。教皇のもとに行ったかも。彼ら仲がいいですからね」
教団に属するアルトはさすがにその辺の事情に詳しい。
「ごめんね。私ひとりで探してくるから、またあとで会いましょうね」
ソラナは駆け出した。
・・・・・
「キンスロットさんはどこですか?」
ソラナは係員にたずねる。
「キンスロットならあそこにいるのだが……」
係員が指を差す先には、観客席のすみっこで、剣を抱えて座り込む青年がいた。
レーゲン・キンスロットだ。
顔面が真っ青で、彼自慢の銀髪ロンゲは、老人のように白くなって生気がない。
手元にあるカリバーンから発生する瘴気に冒されて、彼は亡霊のようだった。
騎士団の部下も、ファンの女性も、大会の係員も、みな恐ろしがって近づけないでいる。
「俺は……、おしまいだ」
キンスロットはぶつぶつ独り言をつぶやいている。
ソラナはすこしずつそばに寄った。
彼の身から禍々しい瘴気が漂ってくる。
「あの……、キンスロットさんでいらっしゃいますか」
澄んだ声の呼びかけに、青年はオモテを上げた。彼はソラナの藤色の瞳に、身も心もすっと吸い込まれそうになった。
「どこか具合でも悪いの?」
ソラナは眉をすこしひそめる。
心配よりも、彼に警戒しているのだ。
「俺は何も手に入れられなかった。勝利も、天啓の剣も、エリオという女の子も。あいつに全部を持っていかれた」
キンスロットはつぶやいた。
「天啓の剣が欲しかったのね……」
ソラナは【剣】のワードに反応した。
「ああ。欲しかったさ。天啓の剣をね。俺には天啓の剣を引き抜く自信があった。負けてとても悔しい。俺にはもう、何もない。シスターはあの決勝戦を見たか? あの女剣士エリオは、なんという表情をしていただろう。ユウに惚れているな、絶対」
「わたしはユウ選手の方ばかり見ていたし」
「まあ、そうだろうな。まあいい。ファンの子たちは俺を慰めに来てくれない。けど、綺麗なシスターの君がそばに来てくれた」
キンスロットは本当に、天啓の剣が欲しかったのか。
エリオという少女が本当に好きだったのか。
本気だったら、そう軽々しく口にしたりはしない。
「立ち上がってください。表彰式があります」
「どうでもいい。もう俺は終わりだ。ユウ・ナギノに負けたから何もかもおしまいなんだ」
「どうしてそこまで思いつめるの?」
「俺は、精霊の期待に答えられなかった。精霊は俺を見放すだろう」
「精霊……、精霊があなたの身近にいるなんて、興味ありますね」
ソラナの藤色の瞳がきらっと輝いた。
キンスロットは考えた。
(精霊の声は、『ユウを倒せ』だった。それをこの娘に打ち明けることはできない)
「いや、精霊など、誰かが言ったように、俺の妄想なのかもしれん」
「おおいに結構よ。わたしは天啓を信じている。でも、わたしが勝手に天啓を感じて動いているだけかもしれない。天啓の導きなんてないって思わされる時も来るかなって思ってる。だけど、悔いだけは残さないようにしてる。誰かに勝ったとか負けたとかじゃない。本当に大切なのは、自分自身を強く持つこと。あなたは、教皇と並ぶくらいに結構すごいんでしょ? 本物の輝きを持つ者は、どんな汚辱を受けても、決して穢されることはないわ」
キンスロットの身の回りを覆っていた瘴気が、雲間が晴れて、まばゆい太陽に照らされた霧のように消えていった。
「あの、君の名前を聞かせてくれるかな」
「ソラナ。ソラナ・シエナステラです。だから、お願い。立ち上がって」
「なんだろう、力が沸いてきた。君みたいな子が俺のファンにいたなんて。堂々の三位だからな。誇りにするよ」
キンスロットは、投げキスをソラナに送り、表彰式に出るために闘技場へ向かっていった。




