第十二章 あの子ならやってくれる
天啓祭・剣術大会決勝
剣術大会出場者・控え室
決勝に残ったのはユウ・ナギノとエリオ・ソフィーだ。
「ユウ……」
ベッドの上のユウは、準決勝で倒れてから意識が戻らず、エリオがつきっきりで介抱している。
室内にはシマデ・ミカもいる。
エリオの父、ヘクターもユウの様子を見にやって来た。
「ユウはもうこれ以上戦えまい。エリオよ。勝ち名乗りをあげるのだ」
ヘクターは、ユウを気づかうふりをして、娘に大会二連覇をうながした。
ヘクター・フォン・ソードスワード市国長は思った。
(天啓の剣を賭けた戦いはもう終わりなのだ。
天啓の剣は教団の手に渡るのだから。
これまで続けてきた伝統の行事も、娘の勝利で終わるなら、ソードスワード家の人間として不服はない)
「ユウが、キンスロットに手向かうなど十年早かったのだよ」
「バカオヤジ! ユウは勝ったじゃないか!」
「親に向かってなんて汚い言葉を」
怒鳴るエリオ・ソフィーの声でユウは目覚めた。
「ユウ!」
エリオ・ソフィーはすぐに寄り添い手を握る。
「俺は気絶していたのか。確かあいつの剣を弾いた感触が残っている。勝ったのは俺だよな?」
ユウの問いにエリオは、うんうんと肯く。
「そうか……、さあ、決勝戦だな。悔いなくいこうぜ」
「もう、ユウが優勝でいいよー」
「おいおい、決勝戦で会おうって約束しただろ」
「そんな約束だったけ? 剣を手にしなさいって言った気がするけど……」
エリオの瞳に涙があふれていた。
「エリオ」
「何?」
「三つ編みで留めた髪の毛がほつれてる。直したほうがいいよ」
「あ、ありがとう」
「勝手にやってなさい」
ヘクターは、あきれながら部屋を出ていった。
ユウ・ナギノとエリオ・ソフィーの二人は闘技場に立った。
ユウが手にするのは、ごく普通のロングソードだ。
危険なドラゴンシリーズを装備する必要はもうない。
「さあ、こい。練習でやっていた時よりも思いっきりこい」
ブルーの瞳を光らせて、プラチナ髪のユウは剣を構える。
「うん」
二人は剣を交えた。
心地よい金属音が会場に響く。
いままでの命をかけた戦いから解き放たれた時空。
二人は目を合わせ、一撃、一撃、お互いに剣の手ごたえを感じあった。
エリオ・ソフィーは恍惚の絶頂にあった。
(このままずっと……、ユウと剣を交わしていたい……)
二人の戦い、いや、剣の舞は美しく、客席から歓声があがる。
幼い頃から剣の稽古を二人でやってきた。
二人で、剣の腕を磨いてきた。
(ユウ、これからも私の右腕になりなさい。私もあなたの右腕になるからね……)
「そろそろだな」
「…………、うん」
エリオ・ソフィーは名残惜しくも、相手の合図を受け取った。
ユウは、エリオののど元を捉えて剣先を止めた。
剣術大会の優勝者は、ユウ・ナギノに決まった。
・・・・・・・・・・
同日 シエナ王国 シエナステラ修道院
空が黒く厚い雲に覆われ、大粒の雨が降りしきる中、藍色の服を着るトライアード教団の人間たちがシエナステラ修道院を囲んだ。
「遅くにすみませんが開けてもらえませんか」
ロウソクの燭台を手にして、修道院長のネヴュエラはそっと扉を開けた。
目の下に厚ぼったいくまのある、二重あごで尖った耳をした体の大きな男が立っている。
「すみませーん。ここは男子禁制なのでーす。おひきとりくださーい」
昔はたいそう可愛いらしい修道女であったと思わせる、ネヴュエラは若作りした声を出す。
「私が誰だか分っているのかね」
男の低い声が館内に響いた。
藍色の帽子をかぶっているが、雨のなか傘を差す余裕もなく急いで移動してきたのか、服が濡れている。
男は堅牢な扉に身体を入れて、閉められないようにした。
「トライアード関係の方と思いますが、ダメなんです。ここは乙女しか入ってはいけないのでーす。モチロン、心が乙女ってのはダメですよお。ついている人はダメなんでーす」
ネヴュエラのおとぼけに取り合わずに、男は身分証を取り出した。
【トライアード教皇庁監察官、アルベルト・ドニーニ】
「監察官さんですか?」
「そうだ。立ち入り願いたい」
「何を調べるのですか」
「とぼけるな。ここから天啓のサークレットが外に持ち出されたのだ。調べさせろ」
「……」
ネヴュエラは黙ったままだ。
ただ、彼女の胸の鼓動がそとに聴こえるくらいに高鳴っていた。
ドニーニが右腕を上げると、一斉に部下が修道院玄関に集合した。
「きゃあー、この一線を越えてはだめええ」
ネヴュエラは両手を広げてとうせんぼうをするも、ドニーニに押し切られた。
「修道院長。アタシです」
寄宿舎に続く廊下からレマリィが玄関前に走ってきた。
「レマリィ、どうしたの?」
レマリィはひざまずき、かすれ気味の大きな声で叫んだ。
「アタシが街の教会で告解しました。天啓のサークレットが持ち出されたって」
「うむ。正直なシスターがいて助かった。その件は教団のなかで瞬く間に広まり、教皇庁にも届いたのだ」
「サークレットは入れ替えられています……」
レマリィは恐ろしさのあまり、ありのままを告白する。
「そうだ。泥棒が盗みに入ったのとわけが違う。院長。ここの修道女が持ち出した可能性が高い。その修道女は誰だ? どこに行った? まずここの修道女たちの尋問を開始し、手掛かりを探ろうか。神器を持ち出した女を我々で必ず見つけ出す」
ドニーニ監察官は、シエナステラを蹂躙できる理由を見つけて上機嫌になっている。
「レマリィ。告解するならまず私に話をしてくれれば……いいじゃない」
「そうでした。すみません。院長」
ネヴュエラは、自分のふだんのすっとぼけた行動から、いつのまにか修道女たちの信用をなくし、レマリィはシエナの街の教会で告解してしまったのだと、すこし悔やんだ。
「お前は黙れ」
ドニーニはネヴュエラをムチで軽く撃った。
「きゃああああ」
ネヴュエラは床に倒れ、叫び声が館内に響いた。
すこし大げさだった。
その様子を見たレマリィはすっかり怯えて口を開いた。
「監察官。その修道女は、ソ、ソードスワードに行きました」
「なんだって? 私はソードスワードから山脈を越えてやってきたのだぞ。行き違いになっているじゃないか。とんだ道化だ!」
ドニーニはトランプのジョーカーのそっくりの表情で床を踏みつけた。
「で、誰だ。誰なのだ」
ネヴュエラは苦痛で顔を歪ませながら立ち上がった。おそらくかなり演技が入っている。
「もうじきわかるわ……。その娘は天啓のサークレットを被れるもの」
「神器である冠を被れる者など、この世にいない。この世にいないように我々は秩序を守ってきた」
「えっ?」
ネヴュエラは聞き返す。
「今の発言は忘れろ。ではまず、天啓のサークレットの女神像を調べさせてもらおうか」
「これ以上、入ったらダメ―」
「邪魔するなって」
ドニーニは立ちはだかるネヴュエラをムチで撃つふりをした。
「ああっ」
ネヴュエラはなぜか痛そうにする。
「院長!」
レマリィが叫んだ。
「ネヴュエラ修道院長。あなたは教団内で相当の役目を任せられているのだ。三種の神器の管理者だぞ。シスターの監督不行き届きで取り調べだ。そして、お嬢さんも来てもらおう。修道女の名前を聞き出すからな」
ドニーニの部下たちはネヴュエラとレマリィを後ろ手に拘束する。
「ああ、こんなことになるなんて」
レマリィは後悔で泣き始めた。
レマリィが教会で告解したのは、修道院を出て行ったソラナを、ほんのすこし羨ましく思っただけだった。
「レマリィ。あなたは本当のことを言ったのだから悪くありません。もうすぐよ。もうすぐだから、ソラナが助けてくれるから」
ネヴュエラは縄で両手をきつく縛られながらも、表情に余裕があった。
ドニーニは鋭く聞き耳を立てていた。
「名前はソラナというのか。サークレットを身につけられるとなると……、イグニスと関係がありそうだな」
「そうよ。勇者イグニスの娘よ! 天啓の神器を扱う娘よ。はやく教皇から【勇者出現の府令】を出させなさいよ」
勇者出現の府令。
それは、天啓の神器を扱う勇者が出現すれば、ただちに教皇が発令する。
すべてのトライアード教徒に勇者の誕生を知らせるものだ。
ただし、いまだ発令されたことはない。
「府令が出たら、監察官のあなたの任務はいったんストップになるわ」
「ふっ。イグニスの子だと……、私の目で、勇者を確認するまではだめだ。お前たちを拘束する」
ドニーニは冷淡に言い放った。
「ああ、ソラナ早く。府令を出して……」
縛られながらレマリィは下を向いた。
「レマリィ。もうすぐよ。もうすぐだから。ソラナが、あの子ならやってくれるから」
いつになくネヴュエラの瞳がきりりとしていた。




