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第十四章 勇者誕生

 キンスロットが闘技場に現れたので、剣術大会の表彰式が始まった。

 

『優勝者は、地元出身、ユウ・ナギノ選手! 前回はベスト4でしたが、今回、念願の初優勝を果たされました』

 大会の司会者がユウを闘技場の舞台に導いた。


 ユウは歓声に答えて手を振りながら、一人の少女を探していた。

 それはソラナだ。

 あの子は自分が戦っているところを観てくれただろうか。

 ソラナは実に不思議な少女だ。もしかしたら、この世界の存在でないのかもしれない。

 戦いの疲労と、優勝の陶酔のなかで、ユウはそんなことを思った。

 

 自分は、これから天啓の剣を引き抜いて、勇者となる資格を得た。

「ソラナ……、あの子は俺を勇者にするために現れた、神か何かの使いだったのかな。天啓と言っていたっけな。もう会えないのかな。俺はひとりで、どんなことをやるかわからないけど勇者の使命をまっとうしなきゃいけないのだな」

 ユウは両手を振り、歓声に答えながらつぶやいた。

 

『準優勝は、ソードスワード市国長の娘、エリオ・ソフィー・フォン・ソードスワードさんです。第三位は、レーゲン・キンスロット教皇騎士団長であります。まず、騎士団長から表彰します』


 キンスロットはゆっくりとした足取りで、舞台上に設けられた表彰台にあがり、美女から銅メダルを首に受け取る。

 キンスロットは、血色がよく、いつもどおりの端整な顔立ちに戻っている。

 戦いによってほころんだ彼の藍色の詰襟服は、本物の戦いを行った証だ。

 ファンの声援が飛び交っている。

 霊剣カリバーンの瘴気に呑まれ、先程さきほどまで近づきがたい雰囲気をかもしだしていたキンスロットと同じ人物とは思えない。

 

「会場のみなさん。ごきげんよう。教皇騎士団長レーゲン・キンスロットだ。このたびは死力を尽くして戦ったが、第三位に終わった。今回の大会はハイレベルだったと思う。注目は、予選から頭角を現したなぞの女剣士が、騎士団の人間を次々と打ち倒していったことだ。あの選手が本戦に来たので、俺も覚悟を決めていた」

 観客席から笑いが起こった。

『大丈夫ですよ。キンスロット騎士団長の剣術の腕は天下一ですから』

 インタビュアーの司会者がお世辞を言う。


「天下一? なんでだよっ。優勝したの俺でしょ」

 ユウがつっこんだ。

 

「さすがにキンスロット騎士団長も、あの女剣士には敵わないかもな。しっかし、なんであの女はいなくなったのだろうなあ」

 表彰式の場にいるシマデ・ミカが不思議そうな顔をした。


 キンスロットは調子よくスピーチを続ける。

「ソードスワード市国において、俺の上をいく若き剣士が現れたことを祝いたい。教皇陛下にご報告し、ソードスワード市国とトライアード教のさらなる繁栄のために……」


「長くなりそう。早くして」

 表彰式を見つめるソラナがつぶやいた。

「ソラナさん、さっきから、そわそわしていませんか」

 となりのアルトが心配そうに声をかける。

「君、トイレか? ユウ・ナギノの表彰までまだ時間がかかるぞ」

 シマデ・ミカがソラナに声をかけた。

「ええ……、もう……、待てないわ」

 ソラナは意を決した。


「……では、以上だ」

 キンスロットの弁が終わった。


「次はエリオ・ソフィーさん。壇上へどうぞ。銀メダルを授与します」

「イエーイ、みんな応援ありがとう!」

 機嫌よくエリオ・ソフィーが表彰台にあがる。


「ちょっとごめんください!」

 藤色の髪の少女が、闘技場の舞台にあがり、ユウ・ナギノのところに駆け寄った。

「ソラナ!」

 ユウは叫んだ。

 自分が洗った修道院服に身をつつむ少女。

 その服の下には、あたたかい生気に満ちたふくよかな肉体があるのだ。いま、目の前にソラナがしっかり居るのだ。


「洞窟へ急ぎましょう。もう、これ以上待てません。一刻もはやく、天啓の剣を!」

 ソラナはユウの手を取った。

 エリオ・ソフィーは表彰台から降りてユウのもう片方の腕をとった。

「ちょっと、待ちなさいよ。表彰式の最中に抜け出せるわけがないでしょ。物事には順序ってものがあるのよ。いったい、なんであんたが天啓の剣に興味を持っているわけ? 教団のまわし者?」

 ライトブラウンの髪をほつれなくまとめたエリオ・ソフィーのアイシャドウを塗ったまなこが、藤色の髪の少女を険しく刺す。

「あのう、ただちに洞窟へ向いたいのです……」

「悪い。急ぐ」

 ユウ・ナギノは、エリオ・ソフィーの腕を振り払い、ソラナと一緒に観客をかき分けて、天啓の剣がある洞窟を目指して走った。

 彼らのあとをぞろぞろと群衆が続いた。

 

「ユウ、ひどいよ」

 エリオは力なくつぶやいたあと、すぐにユウを追った。


 ・・・・・・・


 ユウ・ナギノはソラナ・シエナシテラの手を引いて走った。

 柔らかくて、しっとりした手触り。

 そして、ぽかぽかと温かい。

 ユウはソラナの存在を確かめるように、強く彼女の手を握った。


 先頭のユウは、天啓の剣が突き刺さる岩場についた。

 大勢の観客があとをついてきて、洞窟は満員になった。

 

「ソラナ、天啓のサークレットを持っているか? ソラナが先に勇者として名乗りでても良かったんじゃないのか」

 ソラナは首を横に振った。

「いいえ、わたしが勇者だと宣言しても、すぐ教団につかまるだけ。勇者には『力』が必要よ。そして、ユウは力を十分に示すことができる。ユウが、剣を引いて、先に勇者になってください」

 群衆のざわめきが洞窟にこだまする。

 まだ勇者になる心の準備ができていない。

 

「お願い」

 ソラナ・シエナステラは、朝露に濡れた花のように潤う藤色の瞳をつむり、両手の指をからませて祈るポーズをとった。

「じゃ……、いくぞ」

 ユウは岩の上の剣の柄に手をかけた。

「あっ、れ?」

 剣はビクともしない。

「……」

 あたりは静まり返った。

「ユウ、リラックス。リラックス」


「コツがあったよーな。ええと、久しぶりだからな」

 ユウは剣の柄を握り直し、力を入れると、少しずつ剣が動いていく。

 洞窟内で大勢の人間の歓声が響いた。


 ユウは天啓の剣を抜き、頭上に掲げた。

 ロングソードよりも厚く、鋼鉄よりも光る輝きをもつ両刃の剣。

 鞘には、天啓のサークレット、指輪をあらわすシンボルが模様として刻まれている。

 長い間、誰も手にできなかった天啓の剣を、一人の少年が引き抜いた。


 ユウの頭に、赤ん坊を抱く黒髪の母親の姿が現れた。

(誰だろう。この黒髪の女性は見たことがある。なんて、やさしい表情だろう……)

 

 ユウは天啓のヴィジョンを見た。

 ソラナが天啓のサークレットを被ったとき、会ったこともない自分の姿を見たものと同じ現象だろう。

 ユウは、勇者はひとりじゃないと直感した。


「それでは、わたしも」

 ソラナは天啓の輪冠サークレットを懐から取り出して身につけた。

 彼女の額には菱形の青い宝石が輝いている。

 天啓の神器の存在を知る観衆は仰天した。


 あの天啓の剣を引き抜いたぞ!

 

 あれは、天啓のサークレットだわ!


 勇者だ!


 天啓の勇者が現れたー!


「皆さん驚かれていますね。この冠がわかるようですね。わたしは、シエナステラ修道院のソラナ・シエナステラと申します」

 人々を前に彼女は頭を下げた。

「私は偶然、天啓の神器を身につけることができました。けれども、わたしは天啓の剣は扱えたでしょうか? たぶん無理です。そのときわたしは、天啓の剣を引き抜けるであろう人物のヴィジョンを見ました。それが、今大会の優勝者ユウ・ナギノなのです」


「あらかじめ、ユウは優勝して、天啓の剣を引き抜けると見通していたの?」

 離れたところからエリオ・ソフィーは、ユウとソラナを見つめる。

(それが、天啓だというの?)


 つづいて、ユウ・ナギノがトライアード教団に抱いていた気持ちをぶちまけた。

「これで天啓の門が開かれる可能性が出たわけだ。みんな感じているだろうが、トライアード教団は腐っている。教団は天啓の代弁者じゃない! 俺は約束する。みんなのために、あたらしい千年紀を到来させる。勇者は、俺ひとりじゃない。勇者が一丸となって、天啓の門を開くんだ。でも、それはどうやら教団には都合の悪い話のようだぜ。石工まで手配して天啓の剣を自分たちで確保しようとしたんだからな」

 群衆がさらにざわめく。

 教団の関係者たちは驚いて顔を見合わせている。


「皆の者、落ち着け! 教団と言っても一部の人間しか関わっていない。教団員にやましいことなどない。教皇騎士団長であるこの俺が保証する!」

 レーゲン・キンスロットの良く通る声が場を沈めた。

「シエナステラ修道院から天啓のサークレットが持ち出されたので、教団内に混乱があったことは確かだ。それを持ち出した者は……、はっはっは。可愛らしいお嬢さんでないか。俺もおおいに驚いている。いま、すべての事情が変わったのだ! さらにユウ・ナギノが剣を抜いたとは面白いではないか。さあ、教皇に報告し、勇者誕生をみんなに知らせよう」


 剣術大会で優勝した少年と、輪冠を被る若い修道女。


 二人の勇者が同時に誕生した。


 ・・・・・・


 シエナ王国 シエナステラ修道院


 監察官アルベルト・ドニーニに拘束されたネヴュエラとレマリィは、修道院の外に引きずりだされた。

 夕暮れどき、ぶ厚い暗い雲が空を覆っている。

 不快な雨がふりはじめ、藍色の衣服をじわっと濡らす。

「ちょっと、取り調べにしては、扱いが乱暴よー」

「うるさい。やすやすと修道院に帰れると思わないでもらいたい。もう一度ぶたれたいか?」

 監察官ドニーニが、イラだちをむき出しにしてムチをチラつかせる。

「レマリィはぶたないでね、監察官様。わたしを、もっと、もっと、気が済むまでぶって」

「ひええ」

 レマリィは恐怖で小さく悲鳴を上げた。

 恐怖のあまりネヴュエラの気が触れてしまったのかと思ったからだ。


 その時、シエナ王国の街のありとあらゆる教会の鐘の音が一斉に鳴った。


 けたたましく響く鐘は、祝福の音色を帯びていた。

 

「勇者出現の府令が出たわ。勇者が誕生したのよ! ソラナがやってくれたー」

 心の底からほっとしたように、ネヴュエラは微笑みをレマリィに向ける。

「えー、ソラナが勇者になったの? ソラナがサークレットを身につけられるんだったの?」


 まだ沈まぬ日の光が、雲間から差した。

 雨は止み、どす黒い積雲はまもなくして消えた。

 

「ちょっと、ほどいて下さらない?」

「……」

 あっけにとられるドニーニを尻目に、部下たちはネヴュエラとレマリィの縄をほどいて解放し、ドニーニを連れて修道院の敷地しきちからそそくさと立ち去った。

 天啓の神器を身につけられる者が現れた以上、監察官がサークレットを持ち出した人間を調査する任務は終了だ。

「院長。アタシ……、迷惑をかけました」

 レマリィは地面に座り込んで、ぽろぽろ涙をこぼした。

 教団が、あんな恐ろしいものだと思ってもいなかった。


 二人は立ち上がり、ネヴュエラはレマリィの肩を抱いた。、

「天啓は教義に先立つ。修道院を守る役目がこの私。ソラナに感謝だわ。さあ、聴きましょう、祝福の鐘の音を」


 シエナステラ修道院の高台から、眼下にあるシエナの街中の教会の鐘は、深夜までずっと鳴り響いた。




次回より、東方の巫女編。

デロス神殿も舞台にしたお話が始まります。

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