2.エリオット・ヴァレン
その家は街から離れた森の中にあった。
そこにいずれ人類の敵、大罪人と呼ばれるようになるエリオット・ヴァレンは住んでいた。
アイリスが送り込まれたのも、その森の中だった。
どんな人物なんだろう。
新聞記事や人々の噂では、エリオット・ヴァレンはマッドサイエンティストとして扱われていた。
妻を不治の病で亡くし、その悲しみから狂ったように研究に没頭し、灰化病のウイルスを作り出したと。
人類すべてを道連れにして、自殺しようとした――。
そんな噂まであった。
しかし恩師の魔術師の話では、エリオットは妻を深く愛し、研究熱心ではあるものの、悪意を持ってウイルスを作り出すような人物ではないという。
何か事故が起きて、ウイルスが変異してしまったのではないかと。
ここでいろいろ考えていても仕方がない。
アイリスは、エリオット・ヴァレンの家に向かって歩き出した。
友人の魔術師からの紹介状を見せると、あっさりと家政婦として雇ってもらえることになった。
ドアをたたくのを何度もためらっていた自分の心配が馬鹿らしく思えるほどに。
エリオットは、かつて聞いた世間の噂とは違い、気難しくもなく、おとなしい人だった。
一日のほとんどを研究室で過ごしている。
寡黙であまり会話もなかったが、静かに一日が過ぎてゆく。
家事は育ててくれた祖母に習っていたので、一通りのことはできる。
エリオットは、掃除もろくにせず、食事も冷蔵庫の中のものを適当に食べるという生活を送っていた。
アイリスは、部屋を片付け、掃除をし、きちんとした食事をエリオットに取らせた。
人間らしい生活をエリオットにさせながら、本来だったらこうした生活を送っていたはずなのだと、しみじみと思う。
エリオットは、
「亡くなった妻がね、このシチューが得意だったよ。」
懐かしそうに一言、つぶやいた。
こうした穏やかな生活が続けばいいのにと思いながらも、パンデミックの始まった日は近づいてきた。
その日もいつものように、洗濯をし、掃除をして、夕食の支度をした。
今日こそは、すべてを処分しよう。
ずっと先延ばしにしてきたが、そろそろパンデミックが始まる日も近い。
私がためらって、どうする。
恩師や、魔力を提供してくれた多くの人々の願いを無にすることは出来ない。




