第27話「引き裂かれて、開戦前夜」
第27話「引き裂かれて、開戦前夜」
朝、外に出ようと屋敷の扉を開けた目の前には、見慣れない衛兵が二人、立っていた。
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「アッカーマン公爵令嬢。宰相閣下のご命令により、本日より、こちらのお屋敷から外出することはできません」
衛兵の一人が、慇懃に、けれど有無を言わさぬ口調で告げた。
軟禁。
理由は告げられなかった。
けれど、分かっている。
宰相は、わたしを物理的に排除することはリスクが高いと考えた。
だから、決行の日まで、わたしを、籠の中に閉じ込めておくことで対処することにした。
(……投獄じゃ、ないのね)
そこに、わたしは、宰相という男の冷徹な計算を見た。
公爵令嬢を、いきなり投獄はできない。
穏健派の名門、アッカーマン家を敵に回すことになる。
それは、宰相の「合法的に権力を握る」という絵を、自ら崩す。
それに——わたしには、冬至の大舞踏会で「断罪される」という、活用方法が残っている。
傷一つない悪役令嬢を、衆人環視で断罪してこそ、開戦の号砲になる。
だから、宰相は、わたしを殺せない。
傷つけられない。
ただ、邪魔ができないように、閉じ込めておくだけ。
(……生贄は、綺麗なまま、当日まで、保管しておきたい。そういうこと)
ぞっとするほど、合理的だった。
わたしの命は今、宰相の計画の中で、不気味なほど安全に守られている。
皮肉な話だ。
いちばんわたしを殺したいはずの男が、いちばん熱心に、わたしを生かしている。
当日、最も惨めな形で使い潰すために。
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「お嬢様……!」
ローザが、青ざめた顔で駆け寄ろうとしたが、衛兵に阻まれている。
わたしは、ローザに向かって、できるだけ穏やかに微笑んでみせた。
「大丈夫よ、ローザ。心配いらないわ」
そして、衛兵に聞こえないよう、口の動きだけで伝えた。
(——け・い・か・く・どおり)
ローザの目が見開かれた。
それから、彼女は、唇を引き結んで、深く頷いた。
賢い子だ。
この軟禁すら、わたしが「想定済み」であることを、一瞬で察してくれた。
そう。
これも、織り込み済みだった。
宰相が、決行前に、必ずわたしを動けなくしてくる。
それは、エリアスとの打ち合わせでも、父との作戦会議でも、一つの想定として、共有してあった。
だからこそ、計画は、わたしが軟禁されても回るように組んである。
父が貴族連合を動かす。
ベルントが証拠を握っている。
ヤコブが情報を運ぶ。
そして——エリアスが、帝国側で、すでに動き出している。
わたし一人が籠の中にいても、計画は止まらない。
(一人で抱え込まないこと。わたしがこの1年間で学んだこと。——今度こそ、活かしてみせる)
軟禁された部屋の机で、わたしは、頭の中の計画書を、もう一度、最初から検算した。
冬至の当日、早朝。
国境の村ミューレンで、偽旗が蒔かれる。
それを、父の警備隊とヤコブの商隊が、現場で取り押さえる。
偽兵という、生きた証人を確保する。
同じ日の夜。
王宮の大広間で、ロデリックがわたしを断罪しようとする。
けれど、その場には、ベルントが、宰相の不正の証拠を抱えて、控えている。
断罪劇は、逆転の舞台へと、書き換わる。
そして、帝都では、エリアスが、皇帝の信任を背に、兄の「大義」を崩しにかかる。
本命、対抗、大穴。
三段構えの、すべての歯車が、その一日に噛み合うように。
(……穴は、ないかしら)
何度、検算しても、不安は消えない。
穴はないはず。
しかし、失敗できないからこそ、どうしても不安が芽生えてしまう。
ふと、フローラのことが、頭をよぎった。
あの純真な少女はまだ知らない。
自分が、宰相派の「清純の象徴」として、戦争の旗印に祭り上げられようとしていることを。
当日、彼女が、わたしの味方として、証言してくれるかどうか。
それも、計画の大切な一手だった。
(……どうか、間に合って。あの子を戦争の道具になんて利用させない)
考えるべきことは、まだ、山ほどある。
けれど、籠の中のわたしにできるのは、信じて、待つことだけ。
それが、いちばん性に合わないことだと知りながら。
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軟禁された部屋の窓から、わたしは、冬の空を見上げた。
同じ空の下、はるか北東の帝都アイゼンブルクで、今頃、エリアスは動いているはずだ。
皇帝ラインハルト二世のもとへ。
兄マクシミリアンの「大義」を崩す、その布石を打つために。
彼を信じる。
離れていても。
(……あなたは、今、どこで何をしていますか)
会えない。
声も届かない。
密書のやり取りすら、軟禁中の今は難しい。
わたしたちは、別々の国で、別々の戦いに、それぞれ一人で、臨もうとしている。
不安、孤独感、様々な思いが膨らみそうになる。
それでも。
わたしは、肩にかけたままの、彼の外套に、頬を寄せた。
あの雪の丘で、彼がかけてくれた外套。
もう、彼の匂いは、薄れかけている。
けれど、確かに、まだ、ここにある。
(——次に会うときは、隠れてではなく)
彼の、約束の言葉。
それだけが、この籠の中の、わたしの灯りだった。
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その夜、わたしは、ローザがこっそり差し入れてくれた、小さな紙片を受け取った。
衛兵の目を盗んで、彼女が、命がけで運んでくれたもの。
ヤコブの商隊を経由した、ノエルからの短い伝言だった。
『殿下、帝都に無事到着。種は蒔いた。あとは、その日を待つのみ。——殿下より、ご令嬢へ。「外套を返してもらう日まで、生きていろ」と』
わたしは、思わず笑ってしまった。
(……何ですか、それ。最後まで、不器用な人)
「生きていろ」だなんて。普通、こういうときは、もっと、優しい言葉を選ぶものでしょう。それなのに、あの人は。命令形でしか、心配を伝えられない。
でも。
その不器用さが、たまらなく愛おしかった。
外套を返す日まで生きていろ。
——それはつまり、必ずまた会おう、という、彼なりの、約束の言葉だった。
ロデリックの千の甘言より、ずっと重い、たった一言。
わたしは、紙片を、胸に押し当てた。
(……必ず。必ず生きて。あなたに、これを返しに行きます)
そして、紙片を、蝋燭の火にくべた。
証拠は残せない。
彼との繋がりを示すものは、一片たりとも。
炎が、ノエルの伝言を、彼の不器用な約束を、ゆっくりと舐めて、灰にしていく。
燃え尽きるまで、わたしは、その火を見つめていた。
文字は消えても、言葉は消えない。
「生きていろ」。
その言葉は、もう、わたしの胸のいちばん深いところに、焼きついている。
火が消えた。
部屋に、また、冬の闇が戻る。
けれど、わたしの胸の中だけは、まだ、ほのかに温かかった。
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窓の外で、冬の月が、刻一刻と、その日へ向かって満ちていく。
冬至の大舞踏会まで、あと、数日。
その日の早朝、国境の村ミューレンで、偽旗の火種が蒔かれる。
そして同じ日の夜、王宮の大広間で、わたしの「断罪劇」が、幕を開ける。
開戦の号砲が鳴る、その日。
すべてが決する日。
エリアスは、帝都。
父は、貴族連合の説得の大詰め。
ベルントは、牢屋の中で証拠を抱え込んで守っている。
役者は揃った。
舞台も整った。
あとは——幕が上がるのを、待つだけ。
引き裂かれたまま。
それでも、心は、たった一つの未来へ向かって、繋がっている。
わたしは、窓辺に立ち、北東の空を見つめた。
あの空の下に、彼がいる。
同じ月を見ているだろうか。
会える日を、指折り数えているだろうか。
声は届かない。
手紙も交わせない。
それでも、不思議と、心細くはなかった。
雪の丘で交わした、果たせるかどうか分からない約束。
肩にかけられた外套の、薄れゆく温もり。
それだけで、わたしは、この夜を越えていける。
(——書き換えてみせる。この国の、最悪の結末を。あなたと、二人で)
前世のわたしは、最悪を想定して、先に手を打つのが、仕事だった。
今、わたしが想定しているのは、これまでで、いちばん大きな最悪。
一つの国の滅亡。
けれど、今度のわたしは、一人じゃない。
だから、きっと、書き換えられる。
そう、信じられた。
残された時間は、もう、数えるほど。
砂時計の、最後のひと粒が、今にも、落ちようとしていた。
開戦前夜。
わたしの、長い長い戦いの、いちばん深い夜が、静かに更けていく。
——明けない夜はない。
前世で、何度も、自分にそう言い聞かせてきた。
今夜も、わたしは、それを信じる。
たとえ、この夜が、人生でいちばん長い夜になるとしても。
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