9.花束
カロルドは母を尋ねた。
「母上、ユリア様の好きなものを教えてください」
急な話に母は目を瞬かせる。
「ユリア様に謝罪せねばなりません」
息子の言葉に母はニンマリと頬を緩めた。
「ユリアちゃんは絵が好きよ」
「知っています」
「古い物も好きみたいよ」
「古い……?」
「ええ。遺跡や遺物を見て絵を描くんですって」
「それは…………どこを掘ればいいのでしょうか?」
母は盛大に吹き出した。
今から遺跡を探していたら、謝罪は一体いつになるのか。
「違うわよ。
領地の外れに古い教会があるでしょう?
そこに出掛けませんかって誘うのよ」
「……」
「デートよ! デート」
「でっ……」
カロルドは口をぱくぱくさせた。
「母上、それは難易度が高すぎます。
まずは謝罪からです」
耳を赤くしながら言うカロルド。
「はぁ……意気地のない」
「ならば庭の花でも渡して、さっさと仲直りしてしまいなさいな」
「花……」
ーー
翌日。
ユリアが庭で絵を描いているとカロルドが現れた。
あれ以来こうして二人きりになるのは初めてだ。
気まずさから目を逸らすユリア。
だが、カロルドは真っ直ぐユリアを見つめている。
――話しかける。花を渡す。謝罪を伝える。
――よし。
「ユリア様」
「……はい」
「これを」
カロルドは花束を差し出した。
「え?」
「花です」
(それは見ればわかりますが……)
「えっと……くださるのですか?」
ユリアは小首を傾げる。
「はい」
「それは……ありがとうございます?」
ユリアは受け取ろうと手を差し出すが、カロルドは一向に花束から手を離さない。
「?」
「……その……」
「はい」
「……庭師が育てました」
「はい?」
「その……綺麗です」
「は、はあ……」
ユリアは意味がわからなかった。
カロルドは口を開きかけて――閉じる。
そして何も言わない。
沈黙が流れた。
ユリアは助けを求めるように周囲を見回す。
そのとき。
「以上です」
カロルドは花束を押し付けるように渡すと、そのまま踵を返した。
「え?」
気付いたときには、もう背中は遠ざかっていた。
ユリアが呆気に取られていると、遠巻きに見ていた使用人と目が合う。
「……坊ちゃま」
頭を抱える。
ユリアは苦笑いを返すしかなかった。
ーー
急ぎ足で部屋へ戻ると、カロルドは机に突っ伏した。
本当は――
『君の気持ちを無視してごめん』
と謝るつもりだった。
それだけではない。
庭師と時間をかけて選んだ花の意味も伝えたかった。
『君に似合うと思ったんだ』
そう言うつもりだった。
そして、あわよくば。
母上が勧めていた教会跡地へ誘えればとも思っていた。
何度も頭の中で言葉を繰り返した。
部屋を出る前には、これなら大丈夫だと自分に言い聞かせた。
なのに。
彼女の顔を見た瞬間、全部吹き飛んだ。
頭が真っ白になり、言葉が出てこなかった。
結果として口にできたのは、用意していた言葉の欠片ですらない。
「……何をやっているんだ俺は」
謝罪もまともにできない。
誘うどころか会話にすらなっていない。
これでは花を押し付けて逃げただけだ。
きっと彼女には何も伝わっていないだろう。
当然だ。何も言えていないのだから。
頭を抱えたカロルドは、そのまま机に額を打ち付けた。
一方ユリアは、部屋で花を眺めていた。
意味がわからない。
本当にわからない。
だけどきっと、あの人なりに歩み寄ろうとしてくれたのだろう。
そう思えたから、悪い気はしなかった。
そのときお母様がやってきた。
お母様は机の上の花束を見て、
「どうだった?」
と、弾む声で尋ねてくる。
「ご存知だったんですか?」
ユリアは目を丸くした。
「ええ。あの子に相談を受けたの。
ユリアちゃんに謝りたいって」
「謝りたい……?」
そんな言葉はあっただろうか。
いや、絶対になかった。
ユリアの表情から何かを見てとったのか、
「あの子……なんて言ったの?」
お母様が渋い顔をした。
――
「庭師が育てましたって言ったの!?」
「はい。あ、あと『綺麗です』って」
「それはユリアちゃんのことを?」
「え? いえ、花のことだと思います」
「なによそれ……」
お母様は頭が痛そうにこめかみに手を当てた。
「……その花、昨日から選んでたのよ。
ユリアちゃんに似合う花をって庭師と相談してね」
「謝罪の言葉だってたくさん考えていたし……
使用人を捕まえて練習までしていたのよ」
「それが……はぁ……」
大きなため息をはいた。
「……そうだったんですか」
「ごめんなさいね。本当にあの子は……」
「いえ、聞かせてもらえて良かったです」
ユリアは笑った。
「クスクスクス……」
止まらなくなった。
ふと花を見る。
なんだか急に可愛く見えてくる。
「可愛いお花ですね」
ユリアが言う。
「ふふふ。そうね」
お母様も笑った。
部屋にはしばらく二人の女性の笑い声が響いていた。




