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愛のない政略結婚だと思っていたのに、夫はそうではなかったようです ~辺境で描いた一枚の絵が王都を騒がせるまで~  作者: 花日


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10/12

10.嫉妬

 あの日からユリアは、積極的にカロルドに話しかけるようになった。


 彼が無表情なのも言葉数が少ないのも、緊張ゆえのことだと気付いたからだ。


 ならば自分からたくさん話しかけて、カロルドがユリアに慣れれば、もっと自然に話せるようになるのではないかと考えた。


 それに。


 あのときは怒りが先に来て聞き流してしまったが、カロルドはユリアが来て嬉しいと言っていた。


 少なくとも、嫌われているわけではなさそうだ。


 それに一度は彼から、花束を用意して歩み寄ろうとしてくれたのだ。


 あの夜のユリアの言動にも、怒ってはいないのだろう。


「カロルド様! おはようございます」


「おはようございます。ユリア様」


「今日は何をされるんですか?」


「……仕事です」


 ……まだ成果は出ていないが、気長に続けようと思う。



 ――そんなある日。


 マリアは護衛を伴い街に出ていた。


 今日はお母様も居ない。


 でも最近は顔見知りも増え、領民もユリアに気さくに声を掛けてくれるようになった。


 ユリアは、自分がこの地に受け入れられているようで嬉しかった。


 それにカロルドが民に慕われている姿をたくさん見てきた。


 自分もそうなりたいと思った。


 だから暇を見つけては街に出ていた。


 広場に差し掛かったとき、カロルドを見かけた。


 視察だろうか?


「カロル……」


「カロルド様!」


 ユリアが声を掛けようとしたところで、先に若い女性がカロルドに駆け寄った。


 ユリアは思わず足を止めた。


 カロルドと同じくらいの年齢だろうか。


 服装からして平民だろう。


 だがニコニコと笑顔の素敵な、明るい雰囲気の女性だった。


「リナか」


 リナ? 呼び捨て?


「この前はありがとうございました!」


 この前?


「大丈夫だったか?」


 なにが?


「はい! おかげで助かりました」


 カロルドは笑っていた。


 自然な笑顔。


 自然な会話。


 自然な距離感。


(仲が良いのね)


 ユリアは無意識に胸を抑えた。


 何故かもやもやしたものを感じたからだ。


 カロルドは領民に慕われている。


 話しかけられるなんていつものこと。


 今更だ。なのに……


「カロルド様って昔から優しいですよね」


「そんなことを言っても何も出ないぞ」


 楽しげに続く会話。


 笑顔のカロルド。


 その光景を見た瞬間


 ーー私とは全然話してくださらないのに。


 ーー笑顔なんてほとんど見たこともないのに。


 そんな考えが浮かぶ。


 ――いいや、おかしい。


 別に良いじゃない。


 相手は領民。


 きっと古くからの付き合いもある。


 私たちはまだ出会ったばかりなのだから。


 そう言い聞かせながらも、ユリアの眉間には皺が寄っていた。


「……屋敷に戻ります」


 ユリアは踵を返した。


 他に行く予定だったところもあったが、もう街を散策する気分にはなれなかった。


 ーー


 屋敷に戻るとユリアは絵を描いた。


 カロルドがくれた花の絵だ。


 ……それでも気分は晴れない。


 ふと考える。


 もしカロルドが、自分ではない誰かと結婚していたら。


 元王女ではなく、昔からの知り合いと結ばれていたら。


 カロルドは今よりずっと自然に笑って、もっと楽しそうに過ごせたのだろうか。


 そんな未来もあったのかもしれない。


 そう思うと胸がチクリと痛んだ。


 ーー翌朝。


「……カロルド様、おはようございます」


「おはようございます。ユリア様」


「……」


 いつもならもう一言話しかけるのだが、今日はそんな気分にはなれなかった。


 昨日からの胸のもやもやが晴れないのだ。


 食事もいつもより美味しく感じない。


 ……今日はなんだか人に会いたくない。


 誰かと笑って話せる気分ではなかった。


 部屋に戻るとユリアはスケッチブックを抱えた。


 どこか静かな場所に行きたいーー


 しばらく考えた末、屋敷の裏手にある庭に向かうことに決めた。


 使用人たちもあまり来ない、小さな東屋がある場所だ。


 そこなら静かに絵を描けるかもしれない。


 廊下を歩いていると、曲がり角でカロルドと鉢合わせた。


 目が合った瞬間、ユリアの眉間に皺が寄った。


 カロルドの肩がぴくりと震える。


「……」


 カロルドは口を開く。

 だが言葉が出ない。


 ユリアはそんなカロルドを一瞥すると、頭を下げて通り過ぎた。


 何も言えず、ユリアの後ろ姿を見送るカロルド。


 そのまま廊下に佇む。


 もともと乏しかった表情は完全に消え失せ、顔色だけがみるみる悪くなっていった。


「カロルド様?」


 通り掛かった使用人が声を掛ける。


 カロルドはゆっくりと振り返った。


「……何でもない」


 そう答えた声は妙に掠れていた。


 だが使用人が去ったあとも、しばらくその場から動けなかった。


 ーー


 何がいけなかったのか。

 執務机に向かいながら、カロルドは考え続けていた。


 ユリアは怒っていた。


 少なくとも、先ほどの表情はそう見えた。


 なぜだ。


 そこまで考えて、ふと動きが止まる。


 いや、違う。


 怒られて当然だった。


 あの日、自分は何一つ伝えられなかった。


 花を渡しただけだ。


 謝罪もしていない。


 説明もしていない。


 それなのにユリアは責めることなく、今まで通り接してくれた。


 だから甘えてしまった。


 このままでも大丈夫なのだと。


 だが、本当は違ったのかもしれない。


 ユリアはずっと傷ついていたのではないか。


 謝罪の言葉は考えていた。


 伝えたいこともあった。


 だが、いざ本人を前にすると何も言えなくなる。


 だからもう少しだけ時間が必要なのだと、自分に言い聞かせていた。


 いつか必ず伝えるのだと。


 そう思いながら、結局は何もできていなかった。


 胸の奥が重く沈む。


 カロルドは強く拳を握り締めた。


 ――謝らなければ。


 そう思った。


 言うべき言葉もわかっている。


 何を謝るべきかも。


 だが、ユリアを前にすると喉が詰まる。


 結局何も言えないまま終わってしまうのだ。


 それでも。


 もう先延ばしにはしない。


 どれだけ格好悪くてもいい。


 どれだけ情けなくてもいい。


 今度こそ、自分の言葉で伝えなければならない。


 ーーカロルドは走り出した。



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