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愛のない政略結婚だと思っていたのに、夫はそうではなかったようです ~辺境で描いた一枚の絵が王都を騒がせるまで~  作者: 花日


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11.謝罪

 ユリアは東屋にでスケッチブックと向き合っていた。


 真剣な表情に声を掛けるのも憚られる。


 頭の中で言葉を練習しながら、しばらくユリアの横顔を眺める。


 カロルドより二つ年下の十五歳。

 まだあどけなさの残る、丸みを帯びた輪郭。

 彼女によく似合う華やかで愛らしいベビーピンクの髪。


 それでもその瞳だけは、年齢に似合わぬ落ち着きを宿して見えた。


 ユリアは筆を走らせた。


 何かを吐き出すように、強く、乱れるように。


「もうっ……」


 小さく漏れた声に、カロルドは思わず目を瞬かせる。


 そのまま彼女が筆を置いたのを見て、カロルドはそっと近づく。


 一歩一歩慎重に。


 そのとき。


「カロルド様のバカ……」


 ユリアの小さな声が、耳に落ちた。

 心臓が跳ねる。


「申し訳ありません……!」


 気付けばその場で頭を下げていた。


「カロルド様!?」


 ユリアの慌てた声が聞こえても、カロルドは顔を上げなかった。


「……あなたを傷つけて。

 ……あなたの気持ちを決めつけて。

 申し訳ありませんでした」


 言えなかった言葉を吐き出すように、カロルドは続ける。


「え……あの……」


「……あの花は、あなたに似合うと思って……選びました。花言葉は、“可憐”です」


 言い切る前に、一度息が詰まる。

 それでも顔を上げないまま、言葉だけが続いた。


「それから……領地の外れに、古い教会跡があって……

 あそこは、その……静かで。人も少なくて……」


 途中で一度、何を言おうとしていたのか分からなくなる。

 それでも止まらない。


「あなたが……絵を描くのに、いいと思って……

 だから、その……一緒に、行けたらと……思って……」


 最後は、ほとんど声にならなかった。


 頭を下げたまま、カロルドは息を吐くことさえ忘れていた。


 ーー


 ユリアは目を丸くした。


 息を呑んだまま、言葉が出てこない。


 こんなに長く話すカロルドを、初めて見た。


 いつもは短く、必要なことだけを落とすように言う人なのに。


 あの夜のように、結論を整理して伝える言葉ではない。


 何かを必死に繋ぎとめるみたいに、途切れ途切れでも言葉を手放していない。


(……今の、全部……わたしに?)


 胸の奥が、じわりと熱くなる。


 さっきまで胸のうちにあったもやもやしたものが、すっと消えていく。


 視線の先で、頭を下げたまま動かないカロルドがいる。

 その背中が、なんだか妙にまじめで、やけに必死で。


 ユリアはふっと小さく笑った。

 さっきまで張りつめていた空気が、少しだけほどける。


「……それって」


 ユリアの声に、カロルドがゆっくり顔を上げた。

 耳まで赤いまま、視線だけが少し泳ぐ。


「教会跡地のことですけど」


 一度言葉を飲み込んでから、ユリアはいたずらっぽく目を細めた。


「それって……デートのお誘いですか?」


 その瞬間、カロルドの顔がさらに赤くなる。


「……っ」


 何か言おうとして、喉の奥で言葉が詰まる。

 否定も肯定もできないまま、視線だけが揺れた。


「違いました?」


 その反応が妙におかしくて、ユリアは口元を押さえきれずに小さく笑った。


「……いえ……違いません」


 カロルドは小さく息を吸い、ようやくユリアの目を見た。

 赤いまま、それでもまっすぐに。


「……その……一緒に行って、いただけますか?」


 声はかすれていたが、目は逸らさなかった。


 ユリアはすぐには返事をしなかった。

 いたずらっぽい笑みを残したまま、ほんの少しだけ視線を外す。


(……ほんとに)


 さっきまでのやり取りを、頭の中でゆっくりなぞる。

 謝って、必死に言葉を繋いで、顔を真っ赤にして、それでも目を逸らさなかった彼の姿。


 いつものカロルドなら、もっと簡潔に終わらせるはずなのに。

 今日はまるで違っていた。


(こんなに……分かりやすい人だったっけ)


 胸の奥が、少しだけくすぐったくなる。

 怒りはもうどこにも残っていない。


 カロルドはその間、動かなかった。

 返事を待つ姿勢のまま、ただ静かにそこにいる。


 ユリアは小さく息を吐いて、視線を戻した。


「……喜んで」


 ーー


 カロルドは、一瞬だけ理解が遅れた。


 ユリアの言葉の意味が、頭の中で形になるまで、ほんのわずかに時間がかかる。


「……喜んで」


 その一言が、ようやく胸に落ちてきた瞬間。


 力が抜けるように、息がこぼれた。

 気が付けば、肩に入っていた緊張が一気にほどけている。


(……よかった)


 それだけで、胸の奥がじんわりと熱くなる。


 さっきまで必死に繋ぎ止めていた言葉も、謝罪も、全部ちゃんと届いていたのだと思えた。


 顔を上げると、ユリアがそこにいる。

 少し笑っていて、もう怒ってはいない。


 それが、なぜかひどく安心する。


 カロルドは小さく視線を落とし、ほんのわずかに息を整えた。

 胸の奥に残っていた緊張が、ゆっくりと形を失っていく。


 もう一度ユリアを見ることはできたのに、なぜかすぐには見返せなかった。


 ただ、耳の熱だけが、まだ静かに残っていた。



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