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愛のない政略結婚だと思っていたのに、夫はそうではなかったようです ~辺境で描いた一枚の絵が王都を騒がせるまで~  作者: 花日


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12/16

12.逢瀬

 教会跡地へ出掛けるのは、三日後に決まった。


 というのも、話を聞いた父と母が前のめりに協力してきたからだ。


「仕事は一日くらい休んでも大丈夫だ」


「そうよ。鉄は熱いうちに打てって言うでしょ」


 そう言いながら、仕事の調整や護衛の手配を済ませる両親に、カロルドはなんとも言えない気持ちになった。


(俺をいくつだと思っているんだ……)


 だが、カロルドがユリアと距離を取っているあいだ、彼女を支えてくれていたのは間違いなく両親だ。


 もちろん、今の彼女があるのはユリア自身の努力あってこそだろう。


 それでも、彼女が屋敷で笑って過ごせているのも、街に出れば領民に声を掛けられるようになったのも、両親の温かな配慮があったからに違いない。


 散々尻拭いをさせておいて、今更「自分でできる」などと言う方が恥ずかしかった。


 だからカロルドは素直にお礼を言うに留めた。


 ――それに外出の日が近づくにつれ、カロルドはどんどん不安に苛まれていった。


 初日は誘えたことに安堵し、ユリアの返事を思い出しては密かに喜んでいた。


 だが翌日になると、


 教会跡地でよかったのか。


 もっと別の場所があったのではないか。


 ユリアの意見も聞くべきだったのではないか。


 次々と疑問が湧き、仕事に集中できなくなった。


 そして前日。


 今度は何を話せばいいのかわからなくなる。


 やはり二人きりはまずかったのではないか。


 そもそも迷惑ではなかったのか。


 気が付けば延期する理由まで探し始めていた。


 だが、両親がすべて手配を終わらせている。


 今更「やっぱりやめたい」などと言えるはずもない。


 だからこそ、両親に手配を任せていて助かったとも思った。


 自分で準備をしていたら、きっとどこかで怖気づいて、本当に延期にしていただろうから。



 ーー迎えた当日。


 教会跡地までは少し距離があるため、出発は早朝だ。


 カロルドはあまり眠れなかったが、緊張からか眠気を感じない。


 白いワンピース姿で現れたユリアは、いつもより柔らかな雰囲気だった。


 カロルドは一瞬言葉を失い、慌てて視線を逸らした。


 二人きりの馬車。


 カロルドは"きっと侍女が同乗するだろう"と思っていたが、侍女は後ろの馬車に乗るという。


 カロルドは焦った。


 なぜ遠い場所を選んでしまったんだ。


 到着するまで何を話せばいい。


 いや、そもそも会話になるのか。


 答えの出ない問いばかりが頭を巡る。


「今日はありがとうございます」


 考え込むカロルドの耳に、ユリアの明るい声が響く。


 はっとして顔を上げる。


 目の前のユリアはいつもより楽しそうに見えた。


 それでも不安は消えない。


「……ご迷惑ではなかったですか?」


 恐る恐る問いかける。


 もし迷惑なら引き返そう。


 今ならまだ間に合う。


 だが。


「迷惑? いいえ。とても楽しみです!」


 返ってきたのは、屈託のない笑顔だった。


 胸の奥を締め付けていた不安が、少しだけ軽くなる。


 ほっとしたのも束の間、馬車内に沈黙が流れる。


 何か話を……


「……今日はいい天気ですね」


 なんとか絞り出した話題はそれだけ。


 自分の不甲斐なさに頭を抱えたくなる。


 だがユリアは目を瞬かせると「ふふ」っと柔らかく笑った。


 何かおかしかっただろうか……?


「ええ。天候に恵まれて何よりです。

 ところでカロルド様は、今日の目的地である教会跡地に行かれたことはありますか?」


 だが彼女は自分から話を始めてくれた。


「はい」


 そうか、目的地の話をすればよかったのか。


「よく行かれるのですか?」


「いえ……」


 だめだ。もっと気の利いた返事を……


「あまり行かれません?」


「その……領地の見回りの時にたまに」


 焦れば焦るほどに言葉が続かない。


「どんなところか聞かせていただいても?」


「……その、教会は……私の曾祖父がこの地を任された時点で既に廃教会でして……」


 そうだ。ただの古い建物。

 本当にここで良かったのか……?

 やはり別の場所に……


「なぜ取り壊さなかったのですか?」


「それは……周辺の民から要望があったそうです。

 神聖な建物だから、残して欲しいと」


 カロルドは行き先に悩み始めた。


「まあそれで保存を? いつ頃建てられた建物なのでしょう?」


「詳しい文献は残っていません……ですが、曽祖父が叙爵したのが八十年ほど前ですから……」


「では建てられたのはきっと百年以上前ですね」


「……あの。特に見どころがあるわけでもない古い建物です。

 行き先を変更しましょうか……?」


 気付けばそんな言葉が口をついていた。


 だが。


「いいえ! 私そういった古い建造物を見るのが大好きなのです。是非このままでお願いします」


 ユリアは身を乗り出すように言った。


「当時の建築様式が残っているかもしれませんし、土地の歴史を知る手掛かりもあるでしょう?」


「廃教会が今まで残されているなんて、とても貴重なことですよ!」


 興奮したように語るユリアを見て、カロルドは目を瞬いた。


 どうやら母の進言に間違いはなかったらしい。

 カロルドは胸を撫で下ろした。


 ーー


 ユリアは今日が楽しみでしかたがなかった。


 母国にいた頃は、毎日のように古い文献を漁り、遺物に触れ、ときには遺跡に入り込んだ。


 ユリアにとって過去に触れることは、何より心躍る時間だった。

 幼い頃から変わらない大好きな趣味だ。


 だから初めはカロルドに誘われたことを喜んでいたものの、日が近づくにつれ、教会跡地へ行けることへの期待がどんどん膨らんでいった。


 おかげでカロルドと出掛けることへの緊張も薄れ、気が付けば当日を待ち遠しく思うほどになっていた。


 それでも朝、カロルドの顔を見た瞬間だけは少し緊張した。


 だが馬車に乗り込むと、そんな気持ちもすぐに消えた。


 何とか会話を続けようと懸命に話題を探し、結局は天気の話を始めるカロルドを見てしまったからだ。


(この人、話題に困るといつも天気の話をするわ)


 そんなことに気付いて、ユリアは思わず笑みを零した。


 だから自分から積極的に話しかけた。


 カロルドの短い返事は、話を切り上げたいからではないと知っているから。


 こちらから話を振れば、彼はきちんと答えてくれる。


 一生懸命言葉を探しながら、たとえゆっくりでも必ず返事を返してくれるのだ。


 そしてその不器用な誠実さを、"悪くない"と思い始めている自分もいた。



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