12.逢瀬
教会跡地へ出掛けるのは、三日後に決まった。
というのも、話を聞いた父と母が前のめりに協力してきたからだ。
「仕事は一日くらい休んでも大丈夫だ」
「そうよ。鉄は熱いうちに打てって言うでしょ」
そう言いながら、仕事の調整や護衛の手配を済ませる両親に、カロルドはなんとも言えない気持ちになった。
(俺をいくつだと思っているんだ……)
だが、カロルドがユリアと距離を取っているあいだ、彼女を支えてくれていたのは間違いなく両親だ。
もちろん、今の彼女があるのはユリア自身の努力あってこそだろう。
それでも、彼女が屋敷で笑って過ごせているのも、街に出れば領民に声を掛けられるようになったのも、両親の温かな配慮があったからに違いない。
散々尻拭いをさせておいて、今更「自分でできる」などと言う方が恥ずかしかった。
だからカロルドは素直にお礼を言うに留めた。
――それに外出の日が近づくにつれ、カロルドはどんどん不安に苛まれていった。
初日は誘えたことに安堵し、ユリアの返事を思い出しては密かに喜んでいた。
だが翌日になると、
教会跡地でよかったのか。
もっと別の場所があったのではないか。
ユリアの意見も聞くべきだったのではないか。
次々と疑問が湧き、仕事に集中できなくなった。
そして前日。
今度は何を話せばいいのかわからなくなる。
やはり二人きりはまずかったのではないか。
そもそも迷惑ではなかったのか。
気が付けば延期する理由まで探し始めていた。
だが、両親がすべて手配を終わらせている。
今更「やっぱりやめたい」などと言えるはずもない。
だからこそ、両親に手配を任せていて助かったとも思った。
自分で準備をしていたら、きっとどこかで怖気づいて、本当に延期にしていただろうから。
ーー迎えた当日。
教会跡地までは少し距離があるため、出発は早朝だ。
カロルドはあまり眠れなかったが、緊張からか眠気を感じない。
白いワンピース姿で現れたユリアは、いつもより柔らかな雰囲気だった。
カロルドは一瞬言葉を失い、慌てて視線を逸らした。
二人きりの馬車。
カロルドは"きっと侍女が同乗するだろう"と思っていたが、侍女は後ろの馬車に乗るという。
カロルドは焦った。
なぜ遠い場所を選んでしまったんだ。
到着するまで何を話せばいい。
いや、そもそも会話になるのか。
答えの出ない問いばかりが頭を巡る。
「今日はありがとうございます」
考え込むカロルドの耳に、ユリアの明るい声が響く。
はっとして顔を上げる。
目の前のユリアはいつもより楽しそうに見えた。
それでも不安は消えない。
「……ご迷惑ではなかったですか?」
恐る恐る問いかける。
もし迷惑なら引き返そう。
今ならまだ間に合う。
だが。
「迷惑? いいえ。とても楽しみです!」
返ってきたのは、屈託のない笑顔だった。
胸の奥を締め付けていた不安が、少しだけ軽くなる。
ほっとしたのも束の間、馬車内に沈黙が流れる。
何か話を……
「……今日はいい天気ですね」
なんとか絞り出した話題はそれだけ。
自分の不甲斐なさに頭を抱えたくなる。
だがユリアは目を瞬かせると「ふふ」っと柔らかく笑った。
何かおかしかっただろうか……?
「ええ。天候に恵まれて何よりです。
ところでカロルド様は、今日の目的地である教会跡地に行かれたことはありますか?」
だが彼女は自分から話を始めてくれた。
「はい」
そうか、目的地の話をすればよかったのか。
「よく行かれるのですか?」
「いえ……」
だめだ。もっと気の利いた返事を……
「あまり行かれません?」
「その……領地の見回りの時にたまに」
焦れば焦るほどに言葉が続かない。
「どんなところか聞かせていただいても?」
「……その、教会は……私の曾祖父がこの地を任された時点で既に廃教会でして……」
そうだ。ただの古い建物。
本当にここで良かったのか……?
やはり別の場所に……
「なぜ取り壊さなかったのですか?」
「それは……周辺の民から要望があったそうです。
神聖な建物だから、残して欲しいと」
カロルドは行き先に悩み始めた。
「まあそれで保存を? いつ頃建てられた建物なのでしょう?」
「詳しい文献は残っていません……ですが、曽祖父が叙爵したのが八十年ほど前ですから……」
「では建てられたのはきっと百年以上前ですね」
「……あの。特に見どころがあるわけでもない古い建物です。
行き先を変更しましょうか……?」
気付けばそんな言葉が口をついていた。
だが。
「いいえ! 私そういった古い建造物を見るのが大好きなのです。是非このままでお願いします」
ユリアは身を乗り出すように言った。
「当時の建築様式が残っているかもしれませんし、土地の歴史を知る手掛かりもあるでしょう?」
「廃教会が今まで残されているなんて、とても貴重なことですよ!」
興奮したように語るユリアを見て、カロルドは目を瞬いた。
どうやら母の進言に間違いはなかったらしい。
カロルドは胸を撫で下ろした。
ーー
ユリアは今日が楽しみでしかたがなかった。
母国にいた頃は、毎日のように古い文献を漁り、遺物に触れ、ときには遺跡に入り込んだ。
ユリアにとって過去に触れることは、何より心躍る時間だった。
幼い頃から変わらない大好きな趣味だ。
だから初めはカロルドに誘われたことを喜んでいたものの、日が近づくにつれ、教会跡地へ行けることへの期待がどんどん膨らんでいった。
おかげでカロルドと出掛けることへの緊張も薄れ、気が付けば当日を待ち遠しく思うほどになっていた。
それでも朝、カロルドの顔を見た瞬間だけは少し緊張した。
だが馬車に乗り込むと、そんな気持ちもすぐに消えた。
何とか会話を続けようと懸命に話題を探し、結局は天気の話を始めるカロルドを見てしまったからだ。
(この人、話題に困るといつも天気の話をするわ)
そんなことに気付いて、ユリアは思わず笑みを零した。
だから自分から積極的に話しかけた。
カロルドの短い返事は、話を切り上げたいからではないと知っているから。
こちらから話を振れば、彼はきちんと答えてくれる。
一生懸命言葉を探しながら、たとえゆっくりでも必ず返事を返してくれるのだ。
そしてその不器用な誠実さを、"悪くない"と思い始めている自分もいた。




