13.教会
たどり着いた教会跡地。
屋根は傷み、壁も崩れかけている。
だけど。
「すごい……」
美しかった。
柱の装飾。
窓の彫刻。
消えかけた壁画。
どれも歴史の息吹を感じさせる。
ユリアは夢中になってあちこち見て回った。
気になる品を見つけるたびに立ち止まり、そっと手を触れては、
「ほう……」
と、感嘆の声を漏らす。
そんなユリアの後ろを、カロルドは何も言わずについて回る。
時折、段差やささくれを見つけては、ユリアが躓かないか、怪我をしないかと気を揉んだ。
だが、
「気を付けてください」
の一言すら口にできない。
それでも、ユリアが楽しんでいることだけはよくわかった。
弾む足取りも、輝くような眼差しも、隠しきれていない。
自分は相変わらず話もできない。
それでも、来てよかったとは思った。
ーー
やがて一通り見学を終えたユリアは、スケッチブックを抱えてウズウズし出した。
ーー描きたい。
ーーせめてデッサンだけでも。
だが今日はカロルドも一緒だ。
自分の都合で、何時間も彼を放置することなどできない。
「……描かないのですか?」
そんなユリアの心境を知ってか知らずか、カロルドにそう声を掛けられた。
「……時間がかかりますから」
ユリアは眉を下げて笑った。
「時間はあります」
「ですが……」
「?」
カロルドは首を傾げる。
ーーああ、伝わっていない。
「あなたをお待たせすることになります」
「?」
カロルドは「それが何か?」と言わんばかりの顔だ。
「お暇では?」
「とんでもない」
即答だった。
迷いのない返事に、ユリアは目を瞬かせた。
「……ありがとうございます。
では少しだけ……」
ユリアはスケッチブックと向き合った。
ーー
「……ユリア様。お邪魔をして申し訳ありません。
昼食の準備が整いました」
気が付けば、太陽はすっかり高く昇っていた。
「……申し訳ありません!」
ユリアは慌てて立ち上がった。
予定より長く描き込んでしまったらしい。
「問題ありません」
カロルドの視線がスケッチブックに向かう。
「……見せていただいても?」
ユリアが差し出したスケッチブックを、カロルドは大切そうに受け取った。
ページをめくる。
そして。
動きを止めた。
「……これは」
そこには教会が描かれていた。
だが単なる風景画ではない。
ユリアは往時の姿を想像し、かつての姿を絵にしていたのだ。
崩れた壁には美しい壁画が描き足され、
欠けた窓には精緻なステンドグラスがはめ込まれている。
そこには今では失われた教会の姿があった。
「昔はこうだったと思うんです」
カロルドは絵から目が離せなかった。
「まるで生き返ったみたいだ」
ぽつりと呟く。
その言葉にユリアは頬を緩めた。
「ありがとうございます」
「……いえ」
カロルドは再びスケッチブックへ目を落とした。
もう一度、絵を確かめるように。
ーー
昼食は、近くにある湖のほとりに用意された。
二人で食事をとるのは初めてだ。
だが、毎日同じ食卓を囲んでいる。
だから二人でいても問題ないと思っていた。
だが。
……どうやらそれは勘違いだったらしい。
これまで会話が途切れなかったのは、父や母が間を取り持ってくれていたからだ。
二人だけになると、途端に会話の糸口が見つからない。
「カロルド様は何をして過ごされていたのですか?」
焦りを滲ませていると、ユリアが話題を振ってくれた。
ーー助かった。
「教会を」
「え?」
「見ていました」
ユリアは目を瞬かせた。
「あの間ずっとですか?」
「はい」
「退屈ではありませんでしたか?」
「全く」
本当に退屈だと感じなかった。
デッサンの音だけが響く静かな空間。
真剣な顔でスケッチブックに向き合うユリア。
気付けば時間が過ぎていた。
「そう……ですか」
苦笑を浮かべるユリア。
「では食事が済んだら、湖の周りを散策しませんか?」
「はい」
本当はユリアが再びスケッチブックを開いても構わなかった。
だが、湖の散策も楽しみだった。
ユリアが楽しそうなら、それでよかった。
ーー
「エスコートしてくださいますか?」
歩き始めてすぐ、ユリアがそう言った。
カロルドは固まった。
エスコートの作法は知っている。
母を相手にしたこともある。
だが、ユリア相手となると話は別だった。
触れてもいいのだろうか。
手汗は大丈夫だろうか。
変な歩き方にならないだろうか。
次々と不安が頭をよぎる。
答えないカロルドの顔を、ユリアが覗き込む。
「いけませんか?」
「……いえ!」
慌てて首を振る。
そして、そっと腕を差し出した。
ユリアは嬉しそうにその腕を取る。
二人は湖畔をゆっくりと歩き始めた。
穏やかな時間だった。
ーー帰路につく馬車の中。
「今日はありがとうございました」
「いえ」
「とても楽しかったです」
カロルドは返事に困った。
自分は何もしていない。
それからも、会話はほとんどなかった。
それなのに、不思議と居心地は悪くなかった。
気が付けば馬車は屋敷へ到着していた。




