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愛のない政略結婚だと思っていたのに、夫はそうではなかったようです ~辺境で描いた一枚の絵が王都を騒がせるまで~  作者: 花日


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13/18

13.教会

 たどり着いた教会跡地。


 屋根は傷み、壁も崩れかけている。


 だけど。


「すごい……」


 美しかった。


 柱の装飾。


 窓の彫刻。


 消えかけた壁画。


 どれも歴史の息吹を感じさせる。


 ユリアは夢中になってあちこち見て回った。


 気になる品を見つけるたびに立ち止まり、そっと手を触れては、


「ほう……」


 と、感嘆の声を漏らす。


 そんなユリアの後ろを、カロルドは何も言わずについて回る。


 時折、段差やささくれを見つけては、ユリアが躓かないか、怪我をしないかと気を揉んだ。


 だが、


「気を付けてください」


 の一言すら口にできない。


 それでも、ユリアが楽しんでいることだけはよくわかった。


 弾む足取りも、輝くような眼差しも、隠しきれていない。


 自分は相変わらず話もできない。


 それでも、来てよかったとは思った。


 ーー


 やがて一通り見学を終えたユリアは、スケッチブックを抱えてウズウズし出した。


 ーー描きたい。


 ーーせめてデッサンだけでも。


 だが今日はカロルドも一緒だ。


 自分の都合で、何時間も彼を放置することなどできない。


「……描かないのですか?」


 そんなユリアの心境を知ってか知らずか、カロルドにそう声を掛けられた。


「……時間がかかりますから」


 ユリアは眉を下げて笑った。


「時間はあります」


「ですが……」


「?」


 カロルドは首を傾げる。


 ーーああ、伝わっていない。


「あなたをお待たせすることになります」


「?」


 カロルドは「それが何か?」と言わんばかりの顔だ。


「お暇では?」


「とんでもない」


 即答だった。


 迷いのない返事に、ユリアは目を瞬かせた。


「……ありがとうございます。

 では少しだけ……」


 ユリアはスケッチブックと向き合った。


 ーー


「……ユリア様。お邪魔をして申し訳ありません。

 昼食の準備が整いました」


 気が付けば、太陽はすっかり高く昇っていた。


「……申し訳ありません!」


 ユリアは慌てて立ち上がった。


 予定より長く描き込んでしまったらしい。


「問題ありません」


 カロルドの視線がスケッチブックに向かう。


「……見せていただいても?」


 ユリアが差し出したスケッチブックを、カロルドは大切そうに受け取った。


 ページをめくる。


 そして。


 動きを止めた。


「……これは」


 そこには教会が描かれていた。


 だが単なる風景画ではない。


 ユリアは往時の姿を想像し、かつての姿を絵にしていたのだ。


 崩れた壁には美しい壁画が描き足され、


 欠けた窓には精緻なステンドグラスがはめ込まれている。


 そこには今では失われた教会の姿があった。


「昔はこうだったと思うんです」


 カロルドは絵から目が離せなかった。


「まるで生き返ったみたいだ」


 ぽつりと呟く。


 その言葉にユリアは頬を緩めた。


「ありがとうございます」


「……いえ」


 カロルドは再びスケッチブックへ目を落とした。


 もう一度、絵を確かめるように。


 ーー


 昼食は、近くにある湖のほとりに用意された。


 二人で食事をとるのは初めてだ。


 だが、毎日同じ食卓を囲んでいる。


 だから二人でいても問題ないと思っていた。


 だが。


 ……どうやらそれは勘違いだったらしい。


 これまで会話が途切れなかったのは、父や母が間を取り持ってくれていたからだ。


 二人だけになると、途端に会話の糸口が見つからない。


「カロルド様は何をして過ごされていたのですか?」


 焦りを滲ませていると、ユリアが話題を振ってくれた。


 ーー助かった。


「教会を」


「え?」


「見ていました」


 ユリアは目を瞬かせた。


「あの間ずっとですか?」


「はい」


「退屈ではありませんでしたか?」


「全く」


 本当に退屈だと感じなかった。


 デッサンの音だけが響く静かな空間。


 真剣な顔でスケッチブックに向き合うユリア。


 気付けば時間が過ぎていた。


「そう……ですか」


 苦笑を浮かべるユリア。


「では食事が済んだら、湖の周りを散策しませんか?」


「はい」


 本当はユリアが再びスケッチブックを開いても構わなかった。


 だが、湖の散策も楽しみだった。


 ユリアが楽しそうなら、それでよかった。


 ーー


「エスコートしてくださいますか?」


 歩き始めてすぐ、ユリアがそう言った。


 カロルドは固まった。


 エスコートの作法は知っている。


 母を相手にしたこともある。


 だが、ユリア相手となると話は別だった。


 触れてもいいのだろうか。


 手汗は大丈夫だろうか。


 変な歩き方にならないだろうか。


 次々と不安が頭をよぎる。


 答えないカロルドの顔を、ユリアが覗き込む。


「いけませんか?」


「……いえ!」


 慌てて首を振る。


 そして、そっと腕を差し出した。


 ユリアは嬉しそうにその腕を取る。


 二人は湖畔をゆっくりと歩き始めた。


 穏やかな時間だった。



 ーー帰路につく馬車の中。


「今日はありがとうございました」


「いえ」


「とても楽しかったです」


 カロルドは返事に困った。


 自分は何もしていない。


 それからも、会話はほとんどなかった。


 それなのに、不思議と居心地は悪くなかった。


 気が付けば馬車は屋敷へ到着していた。



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