7.爆発
ーーその日の夜。
なかなか寝付けず、ユリアは庭へ出ていた。
月明かりに照らされた庭を歩いていると、不意に人影が見える。
「……カロルド様?」
呼びかけると相手が振り返った。
「ユリア様」
どうやら向こうも散歩中だったらしい。
いつもなら挨拶だけで終わる。
だが今夜は違った。
「その……」
カロルドが声をかけてきたのだ。
「今日はご一緒してくださり、ありがとうございました」
そう言って生真面目に頭を下げる。
少しだけ沈黙が続く。
やがてユリアは意を決した。
「ひとつお聞きしても?」
「何でしょう」
「カロルド様にとって……」
言葉を探す。
直接聞くのは勇気がいる。
けれど。
「私との結婚は不本意だったのでしょうか?」
カロルドが固まった。
本当に固まった。
まるで時間が止まったかのように。
やはり聞くべきではなかっただろうか。
ところが。
「なぜ……そう思われたのでしょうか?」
動き出したカロルドは、目に見えて動揺していた。
「私は何か、失礼なことを……してしまったのでしょうか」
そう問うてくる彼の顔は、今にも泣きそうに見えた。
家族の前でも領民の前でも、こんな顔はしなかった。
(どうしよう)
理解が追いつかない。
なぜだか罪悪感に駆られて逃げ出したくなった。
だけど。
ここで逃げたら、もう向き合えない気がした。
だから。
「違います! だだ……カロルド様は……私の前だと苦しそうに見えて」
カロルドから声にならない声が漏れた。
そしてそのまま黙り込む。
だがユリアは何も言わずに待った。
彼が話を終えるつもりではなく、考えているように見えたから。
ーーやがて。
カロルドは言葉を探すように話し始めた。
「……私は……いつかあなたを、母国にお返ししなければいけないと思っています」
「……返す?」
やっと出た彼の言葉は、ユリアが予想していたものとは違って。
「あなたは……我が国の犠牲者です。くだらない見栄のために、あなたは王女でありながら、こんな……辺境の貧しい土地に嫁がされた」
ユリアは目を瞬いた。
犠牲者。
思いもよらない言葉だった。
確かに望んだ結婚ではなかった。
不安もあった。
寂しくなかったと言えば嘘になる。
けれど。
それは王女として受け入れた責務だ。
少なくとも、自分でそう決めてここへ来たつもりだった。
なのに。
まるで自分が一方的に不幸を押し付けられた哀れな存在であるかのように言われると、なんだか落ち着かない。
「母国に居れば、なに不自由ない暮らしができたでしょう。ですがここでは……いえ、私では、あなたが望む暮らしを叶えられない」
続く言葉に、ユリアはわずかに眉を寄せた。
「……だから、出来るだけ早く、あなたを国に返さなければならないと……」
申し訳なさそうに続けるカロルド。
だが、ユリアの顔は険しくなる。
何かが引っ掛かる。
「ですが……例え短い間だとしても、来てくださったのがあなたで良かったと。
あなたが苦しんでいるというのに私は……そんなことを考えて……」
苦しんでいる?
誰が?
ユリアは黙ってカロルドを見つめた。
彼は本気でそう思っている。
自分は不幸で、無理をして、この辺境で耐えているのだと。
その思い込みが痛いほど伝わってきた。
胸を締め付けていた切なさが、少しずつ別の感情へと変わっていく。
ユリアがどんな思いで嫁いできたのか。
二度と家族に会えないかもしれない。
それを思うと、何度も涙が流れた。
それでも王女としての務めだと、自分に言い聞かせた。
慣れない土地に馴染もうと努力した。
この家の役に立ちたいと、必死だった。
そのすべてを、「やっぱり帰ってください」の一言で終わらせるつもりなのか。
――そんな簡単に、なかったことにできると思っているのだろうか。
「あなた、私と離縁するつもりなの?」
気づけば敬語も忘れて、鋭い目で彼を睨みつけていた。
「望む暮らしを叶えられない? あなた、私がどんな暮らしを望んでいるか知っていて?」
一歩詰め寄る。
「私が苦しんでいる? 私が苦しんでいたのはあなたのその態度よ!」
また一歩。
「故郷を思って眠れない夜も、勝手がわからずに困っていたときも、あなたは何もしてくれなかったわ」
もうカロルドは目の前だ。
「私と話もしないで、何でも一人で決めつけて」
「私の気持ちも聞かずに、勝手に距離を取って」
「私がいつ帰りたいと言ったの!?」
ユリアは肩で息をしながら、震える声で続けた。
「あなたの優しさは独りよがりよ!」
ポカンと口を開けるカロルドの胸を指で突く。
そんなに強い力ではなかったはずなのに、カロルドはよろよろと後ろに後退りして、やがてぽすんとその場に座り込んだ。
ユリアは唇を強く噛んだ。
このままそこにいたら、泣いてしまいそうだった。
だから。
ーー逃げるようにその場を後にした。




