6.一歩
――数日後。
ユリアはお母様に頼まれ、カロルドと一緒に孤児院へ慰問に向かうことになった。
本当はお母様も行く予定だったのだが、急な来客が入ったため、
「ごめんねー! 二人で行ってきて!」
と送り出されたのだ。
当然気まずい。
馬車の中も車輪の音が響くだけ。
だけど、以前ほど嫌な沈黙ではない気がした。
孤児院に着くと、子供たちがカロルドを見るなり駆け寄って来る。
「カロルド兄ちゃん!」
「また来た!」
「遊ぼう!」
ユリアは驚く。
領民に慕われているのは知っていた。
だが孤児たちから向けられる親しさは想像以上だった。
しかも。
「手伝いは終わったのか」
「うっ」
「終わってないなら先に済ませてこい」
「ケチー!」
そんなやり取りまでしている。
普通だ。
驚くほど普通。
ユリアの前で見せる頓珍漢な姿とはまるで違う。
そのとき小さな女の子が転んでしまった。
泣き出しそうになった少女に気付いたカロルドは、すぐに駆け寄ってしゃがみ込む。
「大丈夫か?」
優しく声を掛けられ、少女はこくりと頷いた。
カロルドはその返事を確認すると安心したように微笑み、そっと頭を撫でる。
その笑顔は驚くほど自然だった。
普段の無表情な姿からは想像もできない柔らかな笑顔に、ユリアは思わず目を奪われる。
「カロルド様は本当に子供たちに慕われていますね」
近くにいた職員がそう話すのが聞こえた。
ーー
しばらくしてユリアは、院長への挨拶を兼ねて一人で院長室へと向かう。
そこで思いがけない話を聞いた。
「坊ちゃまには本当に助けられております」
「昔から来られているのですか?」
「ええ」
院長は昔を懐かしむような目をした。
「まだ十歳くらいの頃から」
ユリアは目を瞬かせた。
十歳。まだ子供だ。
「最初はえらく緊張していらして……
子供たちにもその緊張が伝わったのか、妙な雰囲気で」
苦笑を浮かべる院長。
「子供たちと遊ぶどころか言葉を交わすこともできず、お菓子を配るのが精一杯のご様子でした」
院長はふっと目を細める。
「ですが毎月来られました。
『来月も来る』
『その次も来る』
そう言って本当に来られたのです」
ーー帰り道。
ユリアは窓の外を眺めていた。
そして不意に言う。
「カロルド様」
「はい」
「孤児院に通われていたのですね」
カロルドは驚いたのか瞬きが遅れる。
「院長から聞きました」
「そうですか」
それだけ。相変わらずだ。
以前ならばここで会話は終わっていた。
だけど今日は違う。
ユリアは一歩踏み込む。
「なぜ続けられたのですか?」
すると。
カロルドは悩むように視線を彷徨わせた。
「私にも分かりません」
「分からない?」
「ですが」
窓の外を見る。
「私には顔を出すことしか出来ませんでしたから」
眉を下げるカロルドに、ユリアは視線で先を促す。
「……我が家は代々商人の家系です。
父には商才がある。だけど私には……」
カロルドは視線を落とした。
しばしの沈黙。
ユリアは何も言わずに続きを待った。
「私は……
商売のことなど、まるでわかりません……
他に……領地を富ませる方法もわからない」
そして絞り出すように言った。
「……私には、何もないのです。
だから顔を出すことしか出来ませんでした」
そして静かに目を伏せた。
まるでそんなことしか自分には出来ないのだと言うように。
ユリアは思う。
きっと彼が顔を出していたことで、孤児たちは心を救われていただろうと。
自分たちは忘れられていない。
ちゃんと気にかけてもらえているのだと。
顔を出す。簡単なことかもしれない。
だけどそれを何年も続けられる人が、どれだけいるだろうか。
この人は自分の功績にさえ気付いていない。
出来ないことを数えて、自分には何もないと思っている。
けれど。
子供たちの笑顔も、孤児院の穏やかな空気も、皆が向ける信頼の眼差しも。
それらはすべて、カロルドが積み重ねてきたものだ。
なのに本人だけが、自分の価値を知らない。
やるせない気持ちになった。
そして。
誰かがこの人に教えてあげなければならないと思った。
あなたは何も持っていない人ではないのだと。
あなたが積み重ねてきたものは、ちゃんと誰かを救っているのだと。
「カロルド様は変です」
気が付けばそう口にしていた。
「……変、ですか?」
「どうしてそんなに、ご自分を過小評価するのですか」
カロルドは気まずそうに目を逸らす。
「子どもたちは、カロルド様が来る日を楽しみにしていました」
「あなたが顔を見せてくださるだけで、嬉しかったんです」
「それだけで十分ではないのですか?」
カロルドは目を丸くした。
「……そう……なのでしょうか」
その答えは、まるで初めて聞く考え方に触れた人のようだった。




