5.気付き
ユリアは街から戻った後も、カロルドの笑顔が頭から離れなかった。
子供たちと話す時の柔らかな表情。
子供たちに囲まれて困ったように笑う姿。
自分に向けられる無表情とはまるで別人だった。
あれ以来、カロルドと顔を合わせるたびにユリアはつい比べてしまう。
朝の挨拶も。
食事の席でも。
庭で偶然会った時でさえ。
「おはようございます、ユリア様」
「おはようございます」
短いやり取り。
そこで会話は終わる。
その一方で。
廊下の向こうでは使用人と談笑していたりするのだから、余計に複雑だった。
(やっぱり……私とは話したくないのかしら)
胸の奥が少しだけ痛んだ。
政略結婚だ。
好かれたいとまでは思わない。
けれど嫌われているのだとしたら、それは悲しい。
ーー
そんなある日。
ユリアはお母様に誘われて街へ出ていた。
あの日以来ユリアは街に出ることが増えた。
買い物というほどではない。
顔馴染みになった店を覗いたり、領民と話をしたりするだけだ。
「ユリアちゃん、最近元気ない?」
ひと休みしましょうと入った喫茶店で、不意にお母様から尋ねられた。
「そうでしょうか?」
「そうよ」
にっこり笑う。
逃げられない笑顔だった。
「何か悩みがあるなら相談してね?」
「いえ、本当に何も……」
そう答えかけて。
少しだけ迷う。
そして。
「……カロルド様は」
「うんうん」
「私のことをどう思っているのでしょう」
お母様は少しだけ意外そうな顔をした。
「そう……あなたは、そこが分からなかったのね」
少し間を置いて、お母様は静かに尋ねた。
「そんなに気になる?」
「気になりますよ……」
むしろ気にならない方がおかしい。
夫婦らしいことを何一つしていないとはいえ、彼は夫なのだから。
ユリアが少しむくれたように言うと、お母様は優しく目を細めて、紅茶のカップを持ち直した。
「だってカロルド様、領民の皆様とは普通にお話しされますし……」
「うん」
「笑っていらっしゃいますし……」
「うんうん」
「でも私には……」
「……そうねぇ」
お母様の声は柔らかい。
「私からすればあの子の言動はとってもわかりやすいのだけれど、ユリアちゃんから見れば"自分にだけ冷たい人"に見えるわよねぇ」
あの何を考えてるのかわからない人が、わかりやすい?
ユリアは首をかしげた。
「昔からあの子、自分の気持ちを外に出すのが得意じゃないのよ。本当に大切なことほどね」
お母様はふっと目を細めた。
「それにね」
「“どう思っているか分からない”って感じてるのは、きっとあなただけじゃないと思うわ」
「……え?」
「あなたが思っているより、ずっと。いろいろ考えているみたいよ。あの子なりにね」
あのいつも無表情な人が?
「それで考えすぎて動けなくなっちゃうの。
信じられない?」
「私に興味がないのかと……」
ユリアは素直な思いを口に出す。
その瞬間、お母様が耐えきれないように小さく吹き出した。
「それ、あの子に言ったら多分倒れるわよ」
「えっ」
「本当よ」
お母様は笑いながらも、どこか優しい目をしていた。
「でも、あなたがカロルドのことを考えてくれてたんだって知れて、嬉しいわ」
「あの子は怖がりだから……」
ユリアは目を瞬かせた。
怖がり……? あの人が?
「だからね。不器用な息子で申し訳ないけれど、向き合ってあげてほしいわ」
そう言って優しく微笑んだ。
ーー
その日の夕方。
屋敷へ戻ったユリアは、自室へ向かう廊下を歩いていた。
お母様の言葉が引っかかっている。
怖がり? 本当に?
あのカロルドが?
お母様が話すカロルドは、私の知る彼とはまるで別人だった。
そんなことを考えていると。
曲がり角の向こうから、当の本人が現れた。
「……」
「……」
妙な沈黙が辺りを支配した。
先に口を開いたのはカロルドだった。
「ユリア様」
「はい」
「本日は外出をされたと聞きました」
「はい」
「その」
言葉が止まる。
まただ。
ユリアは待った。
カロルドも何か言おうとしている。
だが続かない。
数秒後。
「天候にも恵まれ、何よりでした」
と言った。
(は?)
街へ行った感想でも聞けばいいのに。
なぜ天気の話になるのだろう。
あまりに頓珍漢なことを言うものだから、ユリアは思わず吹き出しそうになった。
慌てて手で口元を抑える。
すると。
カロルドは一瞬だけ目を逸らした。
ほんのわずか。
だが。
耳が赤い。
(え?)
ユリアは目を見開いた。
見間違いだろうか。
もう一度見ようとした時には、いつもの無表情に戻っていた。
「では失礼します」
そう言って立ち去っていく。
残されたユリアは呆然とその背中を見送った。
あの人は、照れていた。
……いや。
照れを隠そうとしていた。
「もしかして、お母様の言ってた『怖がり』って……」
ユリアは小さく笑った。




