33.召喚
あの日からカロルドは変わった。
ユリアに笑顔を見せてくれるようになった。
あまり気負わずに話をしてくれるようになった。
自然な笑顔。
自然な会話。
それはユリアが望んでいたものだった。
王都に来る前。
領民たちと楽しそうに話すカロルドを見て、
ーー私にもあんなふうに話してほしい
そう願ったことがあったのだから。
だけど――。
距離感が違う。
庭を散歩していたとき。
「少し風が冷たくなってきましたね」
ユリアがそう言い終わる前に、カロルドは自分の上着を肩にかけてきた。
馬車に乗っていたときは。
「綺麗な景色ですね」
そう呟いただけで、馬車を止めさせた。
「ゆっくりデッサンしてください」
と微笑みながら。
またあるときは、ユリアが美味しいと言った菓子を、後日わざわざ取り寄せてきたこともあった。
こんなのは、領民たちに向ける態度とは明らかに違う。
嬉しくないわけではない。
むしろ嬉しい。
もしかしたらカロルドも、私に特別な思いを抱いてくれているのかもしれない。
そんな期待をしてしまうくらいには。
ただ。
こんなふうに急に距離を縮められると、心が追いつかない。
ユリアは毎日ドキドキしっぱなしだった。
だからこそ。
その知らせは、あまりにも突然だった。
——召喚状が届いたのだ。
「カロルド……!」
ユリアの顔から血の気が引く。
「大丈夫です」
カロルドはユリアを真っ直ぐ見た。
「何を言われても、私はあなたを連れて帰ります」
ーー
王宮の一室。
評議の間には貴族たちが勢揃いしていた。
離縁反対派、推進派、そして中立の者。
それぞれがさまざまな思惑を抱えて、ユリアとカロルドの到着を待っていた。
「カーハインド卿。ユリア様。到着されました」
近衛騎士の声と共に、双開きの扉が開かれた。
ユリアはカロルドと並んで室内へ足を踏み入れる。
室内の視線が一斉にユリアへ向けられる。
「それでは聴取を始めます」
議長の声が響いた。
一人の貴族が颯爽と立ち上がる。
「カーハインド卿。ユリア殿の才能を思えば、王都に留まるべきだと思いませんか?」
大袈裟な手振りで問いかける。
しかし。
「思いません」
カロルドはきっぱり答えた。
あまりに迷いのない返事に、問いかけた貴族が眉を寄せる。
「ではユリア殿の才能を辺境に埋もれさせると? あなたはそれでいいと考えているのですか」
「いいえ。
例え辺境にいても、彼女は埋もれません」
「随分な自信ですな」
「その根拠をお聞かせ願いたい」
推進派から次々に尖った声が上がる。
だがカロルドは引かなかった。
「あなた方が騒いでいる絵画が、どこで描かれたものかご存じでないのですか」
「……それは……」
推進派が口ごもる。
「その"辺境"で描かれた絵画です」
推進派貴族は返す言葉を失った。
重い沈黙が流れる。
パンパン!
宰相が手を打ち鳴らした。
「どうやらユリア殿の才は、辺境でも埋もれないと証明されたようだ」
「ならば、離縁は必要ないな」
反対派筆頭の宰相が満足そうに頷く。
「いや、待て。まだユリア殿の意見を聞いていない」
「そうだ! ユリア殿は辺境より華やかな王都に居たいでしょう」
貴族の視線がユリアに集まる。
ユリアは小さく深呼吸をした。
そして。
「いいえ。私はカーハインドに帰ります」
顔を上げて言い切った。
「……なっ!」
何人かが信じられないと言いたげな顔をする。
「ふん。これで議論はしまいだな」
宰相がそう言ったとき、幾人かの貴族が目配せをした。
そして。
「お待ちください」
声を上げたのは反対派の貴族。
それも宰相派の二番手と目される侯爵だった。
「確かにユリア殿は辺境でも才能を発揮されました」
侯爵は一度頷く。
「しかし、それは過去の話」
場が静まる。
「今やユリア殿は帝国皇帝からも親書を受けるほどの存在です」
「……」
「当時とは立場が違う」
「……侯爵? なにを……」
不穏な気配に反対派の貴族が声をかける。
だが侯爵は止まらない。
「帝国からも注目されている以上、今後は警護も必要になるでしょう」
場がざわめき出す。
「ユリア殿の安全を考えれば、王都の方が守りに向いているのでは?」
「侯爵……まさか貴様」
宰相が低い声で呟いた。
侯爵は答えない。
ただ静かに宰相の視線を受け止める。
その沈黙だけで十分だった。
宰相の顔色が変わる。
そして。
「……其方が反対したところで、今更結論は変わらんわ」
侯爵を睨みつけて言い捨てた。
ところが。
「私も侯爵の意見に賛成です」
別の反対派貴族が口を開いた。
「……!?」
「ユリア殿の安全のためにも、王都残留が妥当ですな」
さらに別の者も声を上げた。
反対派の貴族が次々に推進派の意見に乗り換えていく――。
ユリアは顔を青ざめさせた。
(なに……これ……)
カロルドは拳を握りしめる。
爪が食い込むほど力を込めても、震えは止まらなかった。
「どうやら大勢は決したようですな」
推進派筆頭の侯爵が勝ち誇ったように口を開く。
「ユリア殿はカーハインド卿と離縁し、王都に留まる」
あちこちから賛同の声が上がる。
「その上で、より相応しい縁談を検討すべきでしょう」
「……そんなっ!」
ユリアが思わず声を上げる。
だが誰も答えない。
まるで最初から聞こえていなかったかのように。
「国益を考えれば当然の結論です」
「カーハインド卿も理解していただけますな?」
勢いを増した推進派が次々に声を上げる。
「ーー認められません」
評議の間が静まった。
「ユリアは今、帰ると言った」
カロルドの声が響く。
「私も離縁を望んでいない」
力強い声だった。
「それでもなお、その結論を押し通すのですか」
そう言うと周囲を鋭い目で見据えた。
貴族たちは黙り込んだ。
だが。
次の瞬間。
「はははっ!」
顔を見合わせて笑い出した。
(なんで……!?)
ユリアの指先が震える。
まるで自分たちの想いそのものを笑われたようだった。
「カーハインド卿。個人の感情で国益は左右できませんよ」
「ほっほ。若いですな」
「それでは国は回りませぬ」
ユリアは唇を噛み締めた。
(何を言ってもこの人たちには届かない……)
「では、決議を採りましょう」
侯爵がそう言った。
ーーそのときだった。




