28.工作
社交場の空気がまた変わった。
ユリアを受け入れ出した令嬢たちの中に、あからさまに機嫌を取る者が現れ出したのだ。
あるお茶会では。
顔を出してすぐに、ユリアは数人の令嬢たちに取り囲まれた。
「ユリア様は本当に素敵な方ですね」
「……ありがとうございます?」
脈絡もなく褒められて、ユリアは困惑する。
「お別れするのが悲しいですわ」
「ええ。ユリア様には華やかな王都がよくお似合いですから」
ユリアの様子を気にすることなく、令嬢たちは口々にユリアを持ち上げる。
「私も皆様とお別れするのは悲しいです」
「だったら……!」
「ーーですが私はカーハインドの者ですから。
ずっと王都には居られません」
その言葉に令嬢たちは顔を見合わせた。
「ですが……ユリア様ほどのお方なら、もっと自由に生きてもよろしいのではなくて?」
「ええ。ご自身の望みを優先なさっても」
「王都に残る道だってあるはずですわ」
「辺境より王都の方が、ユリア様に相応しいのではなくて?」
その言葉にユリアは瞬きをした。
なぜだろう。
最近、同じようなことを言う人が増えた気がする。
それに面識のない人から声を掛けられることも増えた。
あるときの夜会では。
「ユリア嬢、今から夜会を抜け出して二人で庭園に行きせんか?」
どこかの令息だろうか。
自己紹介もなく、自分のことを知っていて当然という態度だった。
「私は既婚者ですので、旦那様以外の殿方と二人きりになることはできません」
そう答えると、令息は目を丸くした。
断られるとは思っていなかったのだろう。
またあるときは。
「ユリア嬢に見ていただきたい絵画があります。ぜひ一度当家にお越しください」
と誘いを受けた。
「では旦那様と共に参ります」
そう答えると、相手はなぜか困ったような顔をした。
「それは……」
そして曖昧な言葉だけ残して去っていく。
ユリアには理由が分からなかった。
ーー同じ頃。
「カーハインド卿。少々よろしいかな」
王宮の廊下でカロルドは声を掛けられた。
振り返ると、そこには見覚えのある侯爵が立っている。
「なにか?」
「ユリア様は王都に馴染まれているようですな」
「……そうですね」
いきなりユリアの名前が出たことで、カロルドは警戒を引き上げた。
「惜しいことです」
「何がでしょう」
「カーハインドのような辺境では、その才を活かしきれまい」
「……何がおっしゃりたい?」
カロルドの声が低くなる。
「いやいや。ご本人のためを思うなら、より良い環境を選ぶという考え方もあるのでは、という助言ですよ」
侯爵は「考えてみてください」と言い残して立ち去った。
何を考えろというのか。
カロルドは小さく息を吐く。
ユリアにとってより良い環境。
そんなものは最初から分かっている。
王都の方が便利だろう。
華やかだろう。
出会える人間も多い。
だが――。
そこで思考を打ち切った。
もっと露骨に声を掛けてくる者もいた。
「ユリア様、毎日楽しそうですな」
またユリアの話か。カロルドは内心で眉を顰めた。
「私には忙しそうにみえますが」
そっけなく返す。
「あちこちからお誘いがありますからな。
それほど人気ということです」
「そうですね」
「ユリア様にはぜひともこのまま王都に居ていただきたいですな」
男はカロルドの顔色を伺うように言った。
「……それは本人が決めることです」
「もちろん」
男は笑う。
「人は環境によって変わるものですからな」
「王都を知ってしまえば、辺境へ戻りたいと思わなくなることもあるでしょう」
男が去った後も、その言葉だけが妙に耳に残った。
王都を知れば。
もっと良い環境を知れば。
ユリアはカーハインドを選ばなくなる。
そんな考えが脳裏を過ったことに、カロルドは顔をしかめた。
ーー
ある日の夜会の帰り道。
馬車の中でユリアがぽつりと言った。
「最近、不思議なことを言われるのです」
「不思議なこと?」
「王都に残った方が良いとか、もっと自由に生きても良いとか……」
カロルドの表情が僅かに固まる。
「……そうですか」
「カロルド様も何かご存知ですか?」
「いえ」
そう答えたものの、侯爵たちの言葉が脳裏をよぎった。
夜。
カロルドは一人部屋のソファに腰掛けていた。
辺境ではユリアの才を活かしきれない。
王都に居る方がユリアのためだ。
ここ最近何度も聞かされた言葉だった。
否定できるだけの根拠はない。
むしろ「そうだろうな」と肯定する自分さえいる。
今日ユリアに聞かれた時、口籠ったのはそのためだ。
「ユリアはどう思いますか?」
そう聞けばよかった。
本人の意思を確かめるべきだった。
だが――
聞けなかった。
もし。
ユリアが王都に残りたいと言ったら。
そこで思考を止める。
それ以上は考えたくなかった。
ーー同じ頃。
ユリアもまた、自室で首を傾げていた。
なぜ皆、王都に残れと言うのだろう。
『王都の方が相応しい』
カーハインドに来たこともない人たちが、何故わかるのだろう。
自然が豊かで領民も優しい。
カーハインドには王都にない良さがたくさんあるのに。
自分の望みを優先してーー
私の望みはカーハインドでの穏やかな日々に戻ることなのに。
お義父様も。
お義母様も。
領民たちも。
皆、温かく迎えてくれた。
そして――
そこまで考えて、ユリアは首を振った。
あの不器用な笑顔が、脳裏をよぎった気がした。




