27.不穏
ユリアが去った謁見の間では、貴族たちの怒声が響いていた。
「なぜ皇帝から親書が届くのだ!」
「ただ絵が上手いだけの娘ではなかったのか?」
ーーパンパン
宰相が手を叩く。
「帝国の皇帝が関心を寄せておることは、最初の報告にもあっただろう」
「だが親書が届くほどだとは聞いておらん!」
「そんなこと私も知らぬわ」
宰相は食い下がる貴族を冷めた目で見た。
「それよりも。ぬしらはあの娘の取り込みに動いておっただろう。成果は出ているのか?」
宰相が問うと、騒いでいた貴族たちが揃って眉を寄せた。
「ふん。なんだ? まだ取り込めておらぬのか」
宰相が鼻を鳴らすと、貴族たちとの間に不穏な空気が流れる。
「……閣下。よろしいでしょうか」
そこで声を上げたのは宰相派閥の貴族。
「ユリア嬢を取り込めた家はありません。
それどころか今や王都の令嬢たちを掌握しつつあるとか」
「なんだと?」
「我が娘からも"方針を変えるべきだ"と先日具申がありました」
別の貴族も声を上げる。
「……ふん。腐っても王族か」
宰相が吐き捨てるように言った言葉に、何人かの貴族がはっと顔を上げた。
「そうだ、王族だ」
「なぜ王族をあんな辺境に嫁がせた?」
「それもたかだか伯爵家に」
「いや、カーハインド家は子爵位だった。
王女との婚姻のために叙爵したのだ」
「なぜそこまでしてカーハインドに?」
「閣下! お答えいただきたい」
そして宰相に責めるような目を向ける。
「ふざけるな!」
宰相は怒りに震えた。
「ぬしらが誰も手をあげなかったからだろう!」
「それならばせめて、王家に嫁がせれば良かったのでは?」
「そうだ! カーハインドほど辺境では、こちらが管理しきれぬ」
悪びれる様子もない貴族たちに、宰相は拳を握りしめた。
「相手国の王族は姫しかおらんかった。
こちらの王族が向こうの王族に嫁げぬ以上、こちらも王族に嫁がせるわけにはいかぬ。
そう会議で決めただろう!」
宰相の言葉に思い当たる節があったのか、目を逸らす者もいた。
「そんなことさえ覚えていないくせに、こちらを責めるなどお門違いもいいところだ」
ーーあの頃は戦争賛成派が多数を占めていた。
相手国を占領して得られる利益ばかりに目を向けている者が多かった。
そのため、使節団が早々に和睦をまとめてきたとき、多くの貴族は相手国への興味を失ったのだ。
会議でも関心が向けられたのは、自国の面目をどう保つかということばかり。
婚姻の条件や、その意味を真剣に聞いていた者はほとんどいなかった。
その結果がこれだ。
自分たちで決めたことさえ覚えていない。
「あの娘にそこまでの価値があるとわかっていれば……」
一人の者が悔しげにそう呟く。
そんなことを今更言ったところで、どうにもならない。
ところがーー
「今からでも遅くはないのでは……?」
ある貴族の言葉に何人かが顔を見合わせた。
「確かに」
「まだ婚姻して間もない」
「子もおらぬはずだ」
「ならばやりようはある」
ざわり、と空気が変わる。
先ほどまで後悔していた者たちの目に、別の光が宿り始める。
「国益のためには見直しも必要ではないか」
「そうだ」
「帝国との繋がりを持てる可能性があるならなおさらだ」
「ああ。辺境には荷が重い」
そして誰かが口にした。
「離縁させればよいのだ」
その言葉に何人かが頷く。
「そうだ」
「カーハインドには別の褒賞を与えれば済む」
宰相は額を押さえた。
「……本気で言っておるのか」
低い声だった。
「何か問題でも?」
「問題しかないわ」
宰相は吐き捨てる。
「ぬしらは外交を何だと思っておる」
謁見の間が静まる。
「あの娘は友好の証として嫁いできた、他国の王族だ」
「それをこちらの都合で取り上げる?」
「そんな真似をすれば、我が国は約定を軽んじる国だと諸外国に宣伝するようなものだ」
宰相はさらに続けた。
「そもそも今になって騒ぐな」
その目が冷たく細められる。
「ぬしらは婚姻相手を募ったときに、名乗りを上げなかった」
「それどころか"蛮族の娘などごめんだ"と、カーハインドに押しつけたのだ」
「それが今になって……
価値があると知った途端、欲しがる」
宰相は鼻で笑った。
「見苦しいにも程があるわ」
貴族たちはそれでも不満そうな顔を隠さなかった。
「だが、あの頃は娘のことをなにも知らなかった」
「得体の知れない蛮族の娘など、忌避して当然でしょう」
「もっと詳細がわかっていれば、私たちだってーー」
ーガンッ!!
宰相の杖が床を打った。
謁見の間が静まり返る。
「愚か者どもが」
「ぬしらには付き合いきれん。
くだらないことを言う暇があれば、娘をとっとと取り込むんだな」
宰相はそう言い捨てると部屋を出て行った。
宰相派の貴族も後を追うように場を辞した。
静まり返る謁見の間で、残った者たちは顔を見合わせる。
「……外交だなんだと言うならば、あの娘を管理する方がよっぽど有益だろう」
やがて一人の者が口を開く。
「そうだ。有象無象の国より帝国と繋がる方がよほど国益にもかなう」
「だが宰相があの態度では、王命を出させるのは難しいだろう」
苦々しい声が上がる。
この国では王命といえど、貴族たちの総意なしには出せない。
そしてその取りまとめを担うのが宰相だった。
そのとき。一人の貴族が呟いた。
「……娘本人が望めば良いのでは?」
その一言で場の空気が変わった。
「なるほど」
「本人の意思ならば問題あるまい」
「そうだ。あの娘はまだ若い」
「王都の華やかな暮らしを知った今ならば、考えも変わるだろう」
「辺境より王都を望むのは自然なことだ」
勝手な憶測が次々と口にされる。
やがて。
「あるいはカーハインド側から離縁を申し出させる手もあるな」
「ふむ」
「向こうも王女の扱いに苦慮しているかもしれん」
「そうだな。あのような娘だ。辺境には荷が重かろう」
誰一人として本人に確かめた者はいない。
だが彼らにとってはそれで十分だった。
欲しいのは真実ではない。
自らの利益を正当化する理由なのだから。




