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愛のない政略結婚だと思っていたのに、夫はそうではなかったようです ~辺境で描いた一枚の絵が王都を騒がせるまで~  作者: 花日


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22/34

22.変化

 それからもユリアは、毎日のように夜会やお茶会に参加しては、値踏みの視線を浴びせられた。


 王都の社交シーズンはまだ終わらない。


 お母様やカロルドが心配して、


「もう社交はいいのではないか」


 と言ってくれたが、ユリアは、


「大丈夫です」


 と笑顔で首を横に振った。


 ユリアは社交の重要性を理解していた。


 将来、カロルドの隣に立つ伯爵夫人になる以上、避けては通れない。


 また、カーハインドは辺境ゆえ、他領との繋がりを持たねばならないとも感じていた。


 だからこそ、心の軋みに蓋をして、毎日社交に励んだ。


 最初は緊張していた令嬢たちとの会話にも、少しずつ慣れていく。


 どの話題が好まれ。


 どの言葉が歓迎され。


 どの返答が無難なのか。


 以前のユリアなら考えもしなかったことを、自然と意識するようになっていた。


 それが成長なのか。


 それとも別の何かなのか。


 ユリアにはまだわからなかった。


 ーー


 王都のとある侯爵家。


「伯爵夫人からお茶会の招待状が届いたわ」


 令嬢は封筒を机に置いた。


「本当に今シーズンは招待が多いわね」


「どうされますか?」


 侍女の問いに、令嬢は小さく笑う。


「もちろん出席するわ。あの子が来るんですもの」


 今や王都で最も注目されている女。


 他国に名が知られ、貴族たちが取り込みを狙う存在。


「ふふ。まるで客寄せパンダね」


 令嬢は招待状を指でなぞる。


「だけど……少し大袈裟ではなくて?」


「ですがご主人様もお近づきになるように、と」


 侍女は眉を下げた。


「わかっているわ。

 でも未だに特定の家と懇意になったとも聞かないの」


 流行の話題には合わせるものの、自分から熱を見せることはない。


 宝石にも執着せず。


 見下されても慌てない。


 媚びも売らない。


 ああいう相手は面倒だった。


 令嬢は微笑む。


「やり方を変える頃合いではなくて?」


「と、おっしゃいますと?」


「結局、大人たちが欲しいのは絵でしょう?」


 侍女は答えられない。


「だったら、わざわざ下手に出る必要なんてないわ」


「ですが王家まで動いて……」


「だから何ですの?」


 令嬢は笑った。


「貴族社会には序列があるのよ」


 その声には確信があった。


「少し現実を教えて差し上げればいいの」


 そして紅茶を一口飲む。


「自分の立場を理解すれば、振る舞いも変わるでしょう。

 ーーそうすれば絵は手に入る」


 まるで当然のことを語るように。


「絵を描く手がほしだけだもの。

 機嫌を取る必要なんてないでしょう?」


 令嬢は微笑んだ。


 その笑みは美しかった。


 だが、その瞳には一片の温度もなかった。


 侍女は顔をこわばらせて小さく頭を下げる。


 机の上には数通の便箋。


 令嬢はそのうちの一枚を手に取った。


「返事を書くわ」


 さらさらとペンを走らせる。


「それから、お友達にもね」


 令嬢は楽しげに微笑んだ。


「皆にも教えて差し上げないと」


 何を、とは言わない。


 けれどその手紙が届く頃には――


 ーー


 変化は些細なところから始まった。


 ある夜会でのこと。


「まあ、聞きまして?」


 令嬢たちの楽しげな声が耳に入る。


「例の絵画ですわ」


「本当にご本人だけのお力だったのでしょうか」


「学者の間でも意見が割れているとか」


 くすくすと笑い声が続く。


 名指しではない。


 ユリアの名も出ていない。


 けれど誰の話なのかは明らかだった。


 ユリアは聞こえないふりをした。


 別の日のお茶会では、


「王都では、絵以外にも求められるものが多いのですよ」


 と話を振られた。


「そうですね」


 と答えれば、


「ユリア様なら、きっとすぐ慣れますわよ」


 と返される。


 笑顔だった。


 だからこそ、何が引っ掛かったのかうまく説明できない。


 けれどその言葉は、


 ――今はまだ慣れていない。


 ――今はまだ足りていない。


 そう言われたような気がした。


 そして気付けば。


 最初のお茶会でユリアに親しく話しかけていた令嬢たちの中にも、距離を置く者が現れ始めていた。


「今度ぜひご一緒に」


 そう言っていたはずなのに、その集まりの話はユリアの耳には入ってこない。


 後日、別の令嬢との会話で偶然その存在を知る。


「まあ、お聞きになっていませんでしたの?」


 驚いたような顔をされた。


 悪意があったのかはわからない。


 だが胸の奥が少し痛んだ。


 そんなことが一度や二度ではなかった。


 あるお茶会ではーー


 歓談の席で空いている席に腰掛けようとすると、


「申し訳ありません。こちらの席はもう決まっておりますの」


 と微笑まれる。


「わかりました」


 と、別の席へ向かえば、


 そこも埋まっている。


 誰も失礼なことは言わない。


 誰も追い払わない。


 けれど歓迎もされない。


 直接敵意を向けられることはない。


 挨拶もされる。


 会話もする。


 だが以前より輪に入りにくい。


 話題が途切れる。


 席が埋まる。


 偶然にしては何度も続く。


 ――社交界とはこういうものなのだろうか。


 ユリアにはわからなかった。


 けれど、


 自分が少しずつ輪の外へ押し出されていることだけは、なんとなく感じていた。



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