22.変化
それからもユリアは、毎日のように夜会やお茶会に参加しては、値踏みの視線を浴びせられた。
王都の社交シーズンはまだ終わらない。
お母様やカロルドが心配して、
「もう社交はいいのではないか」
と言ってくれたが、ユリアは、
「大丈夫です」
と笑顔で首を横に振った。
ユリアは社交の重要性を理解していた。
将来、カロルドの隣に立つ伯爵夫人になる以上、避けては通れない。
また、カーハインドは辺境ゆえ、他領との繋がりを持たねばならないとも感じていた。
だからこそ、心の軋みに蓋をして、毎日社交に励んだ。
最初は緊張していた令嬢たちとの会話にも、少しずつ慣れていく。
どの話題が好まれ。
どの言葉が歓迎され。
どの返答が無難なのか。
以前のユリアなら考えもしなかったことを、自然と意識するようになっていた。
それが成長なのか。
それとも別の何かなのか。
ユリアにはまだわからなかった。
ーー
王都のとある侯爵家。
「伯爵夫人からお茶会の招待状が届いたわ」
令嬢は封筒を机に置いた。
「本当に今シーズンは招待が多いわね」
「どうされますか?」
侍女の問いに、令嬢は小さく笑う。
「もちろん出席するわ。あの子が来るんですもの」
今や王都で最も注目されている女。
他国に名が知られ、貴族たちが取り込みを狙う存在。
「ふふ。まるで客寄せパンダね」
令嬢は招待状を指でなぞる。
「だけど……少し大袈裟ではなくて?」
「ですがご主人様もお近づきになるように、と」
侍女は眉を下げた。
「わかっているわ。
でも未だに特定の家と懇意になったとも聞かないの」
流行の話題には合わせるものの、自分から熱を見せることはない。
宝石にも執着せず。
見下されても慌てない。
媚びも売らない。
ああいう相手は面倒だった。
令嬢は微笑む。
「やり方を変える頃合いではなくて?」
「と、おっしゃいますと?」
「結局、大人たちが欲しいのは絵でしょう?」
侍女は答えられない。
「だったら、わざわざ下手に出る必要なんてないわ」
「ですが王家まで動いて……」
「だから何ですの?」
令嬢は笑った。
「貴族社会には序列があるのよ」
その声には確信があった。
「少し現実を教えて差し上げればいいの」
そして紅茶を一口飲む。
「自分の立場を理解すれば、振る舞いも変わるでしょう。
ーーそうすれば絵は手に入る」
まるで当然のことを語るように。
「絵を描く手がほしだけだもの。
機嫌を取る必要なんてないでしょう?」
令嬢は微笑んだ。
その笑みは美しかった。
だが、その瞳には一片の温度もなかった。
侍女は顔をこわばらせて小さく頭を下げる。
机の上には数通の便箋。
令嬢はそのうちの一枚を手に取った。
「返事を書くわ」
さらさらとペンを走らせる。
「それから、お友達にもね」
令嬢は楽しげに微笑んだ。
「皆にも教えて差し上げないと」
何を、とは言わない。
けれどその手紙が届く頃には――
ーー
変化は些細なところから始まった。
ある夜会でのこと。
「まあ、聞きまして?」
令嬢たちの楽しげな声が耳に入る。
「例の絵画ですわ」
「本当にご本人だけのお力だったのでしょうか」
「学者の間でも意見が割れているとか」
くすくすと笑い声が続く。
名指しではない。
ユリアの名も出ていない。
けれど誰の話なのかは明らかだった。
ユリアは聞こえないふりをした。
別の日のお茶会では、
「王都では、絵以外にも求められるものが多いのですよ」
と話を振られた。
「そうですね」
と答えれば、
「ユリア様なら、きっとすぐ慣れますわよ」
と返される。
笑顔だった。
だからこそ、何が引っ掛かったのかうまく説明できない。
けれどその言葉は、
――今はまだ慣れていない。
――今はまだ足りていない。
そう言われたような気がした。
そして気付けば。
最初のお茶会でユリアに親しく話しかけていた令嬢たちの中にも、距離を置く者が現れ始めていた。
「今度ぜひご一緒に」
そう言っていたはずなのに、その集まりの話はユリアの耳には入ってこない。
後日、別の令嬢との会話で偶然その存在を知る。
「まあ、お聞きになっていませんでしたの?」
驚いたような顔をされた。
悪意があったのかはわからない。
だが胸の奥が少し痛んだ。
そんなことが一度や二度ではなかった。
あるお茶会ではーー
歓談の席で空いている席に腰掛けようとすると、
「申し訳ありません。こちらの席はもう決まっておりますの」
と微笑まれる。
「わかりました」
と、別の席へ向かえば、
そこも埋まっている。
誰も失礼なことは言わない。
誰も追い払わない。
けれど歓迎もされない。
直接敵意を向けられることはない。
挨拶もされる。
会話もする。
だが以前より輪に入りにくい。
話題が途切れる。
席が埋まる。
偶然にしては何度も続く。
――社交界とはこういうものなのだろうか。
ユリアにはわからなかった。
けれど、
自分が少しずつ輪の外へ押し出されていることだけは、なんとなく感じていた。




