21.茶会
数日後。
ユリアはアイラから招かれたお茶会へ参加していた。
夜会より小規模な集まり。
参加者も令嬢ばかり。
その分、距離は近い。
逃げ場もない。
ーー
お茶会は和やかな雰囲気で始まった。
ユリアは主催者であるアイラと同じ卓に案内され、王都で人気の菓子の話を聞き、庭園の話を聞き、流行のドレスの話を聞いた。
時折話を振られながらも、穏やかな時間は過ぎていく。
(王都の令嬢は、穏やかな方が多いのね)
そんなことを考え始めた頃だった。
「あなたが噂の絵描きさん?」
別の卓にいた令嬢が近付いてくる。
後ろには二人の令嬢。
その動きをきっかけに、周囲の視線がわずかに集まった。
「そうですね。噂は存じませんが、確かに私は絵を描きます」
「まあ」
令嬢は嬉しそうに笑う。
「あなた、他国から嫁いでいらしたのでしょう? 母国のお話を聞かせてくださいな」
ユリアは一瞬だけ言葉に詰まった。
ほんの僅かな沈黙。
だが――
周囲の令嬢たちは気付いた。
視線が集まる。
誰も助け舟を出さない。
まるで返答を待つように。
(試されている)
その瞬間、ユリアは悟った。
先ほどまでの穏やかな会話も。
何気ない質問も。
全部が品定めだったのだと。
「マリアンヌ様、そのお話は少々踏み込み過ぎではなくて?」
アイラが穏やかに言う。
だが止める気配はない。
周囲も同じだった。
たしなめる者はいる。
しかし話題を変える者はいない。
皆、ユリアの返答を待っている。
ーー母国。
その言葉だけで胸の奥が少し痛んだ。
自ら望んで離れたわけではない。
二度と帰れないかもしれない故郷だ。
けれど、それをここで表に出すわけにはいかなかった。
「そうですね。ポーネは自然の豊かな国でした」
ユリアは穏やかな笑みを崩さずに答えた。
「では、今はカーハインドでの暮らしにも慣れましたの?」
「ええ。皆さんとても親切で――」
「ポーネとは随分違う暮らしでしょう?」
「そうですね。最初は驚くこともありましたが――」
ユリアの返答を見定めるように、次々と問いかけが飛んでくる。
「でも大変ですわよね。カーハインドのような辺境へ嫁ぐなんて」
やがて一人の令嬢がそう言って、扇で口元を隠した。
「わたくしなら耐えられませんわ」
「まあ、本当に」
くすくすーー
扇の下から響く小さな笑い声。
それは悪意というより好奇心だった。
だからこそ厄介だった。
彼女たちはただ知りたいのだ。
辺境から現れた話題の令嬢が、どんな人間なのか。
どこまで耐えるのか。
何を大切にしているのか。
「最初から王都にいらしたら、もっと早く仲良くなれましたのに」
ユリアの様子を窺うようにマリアンヌが言った。
ユリアは瞬きを一つした。
そして穏やかに微笑む。
「そうでしょうか」
怒りも戸惑いも見せない声音。
「私はカーハインドへ嫁げて良かったと思っています」
何人かの令嬢がわずかに眉を寄せた。
ユリアは続けた。
「皆様と出会うのが少し遅くなったのは残念ですが」
そこで一度言葉を切る。
「それ以上に、得たものがたくさんありましたから」
「ーー」
「ですから、そのように言われると少し悲しいですね」
ユリアは眉を下げて微笑んだ。
一瞬、沈黙が落ちる。
何人かの令嬢が目を見開いた。
別の令嬢は扇の陰で小さく微笑む。
誰も言葉を発さない。
まるで今の返答を吟味しているようだった。
やがて。
「そうですわ」
アイラが柔らかく微笑む。
「ユリア様はまだ王都へいらして間もないのですもの。これからたくさんお話しできますわ」
その言葉を合図にしたように空気が緩んだ。
「ええ」
「わたくしもぜひ仲良くしていただきたいです」
令嬢たちが次々と頷く。
「そういえば、この前いただいたパティスリーのケーキが美味しくて――」
「まあ、あのお店ですの?」
「ええ。季節限定のものがありまして」
話題は自然に移り変わっていく。
まるで先ほどのことなどなかったかのように。
ーー
帰りの馬車に揺られながら、ユリアは考える。
あの答えでよかったのだろうか。
自家を馬鹿にされたのだ。もっと怒るべきだったのではないか。
あの答えで令嬢たちが何を測ったのか。
どう受け取ったのかはわからない。
だが、その後の反応を見ると正解だったのだろう。
何人かの令嬢は表情を和らげた。
話題も自然に変わった。
少なくとも、あの場は収まったのだ。
けれど。
あの答えは、自分が本当に言いたかったことだったのだろうか。
それとも、あの場で求められていた答えを返しただけだったのだろうか。
ユリアにはわからなかった。
ーー
胸に小さな違和感を残したまま、王宮に与えられた部屋へと向かっていると、前方にカロルドの姿が見えた。
「カロルド様!」
ユリアは思わず駆け寄った。
「こんな所でどうされたのですか?」
問いかけるとカロルドは視線を泳がせた。
「……待っていました」
ぽつりと呟く。
「……お手紙でも届くのですか?」
ユリアは首を傾げる。
「あなたです」
「?」
「あなたがお戻りになるのを……待っていました」
カロルドの耳がわずかに赤い。
ユリアは何度か瞬きをした。
自分を?
待っていた?
どうして?
理由を考えようとして、うまくまとまらない。
ただ胸の奥が少しだけ落ち着かなくなった。
「……少し庭園を歩きませんか?」
カロルドは視線を逸らしたまま言う。
「はい」
ユリアは慌てて頷いた。
ーー
茜色に染まる庭園を並んで歩く。
こうして二人きりで過ごすのは、ずいぶん久しぶりな気がした。
王都へ来てからというもの、謁見や夜会、お茶会に追われる毎日だった。
だからだろうか。
隣を歩くカロルドの存在が、ひどく心地よく感じられた。
しばらく二人は並んで歩いた。
夕暮れの庭園は静かで、遠くから噴水の音だけが聞こえてくる。
「お茶会はどうでしたか?」
不意にカロルドが尋ねた。
「楽しかったですよ」
それは嘘ではない。
王都の話を聞くのは面白かったし、美しい庭園も見られた。
「皆様親切でしたし、王都のお話もたくさん聞けました」
ーーそう。ただ少し……難しかっただけで。
ユリアはその思いを胸の奥へしまい込み、微笑んだ。
「そうですか」
カロルドは頷いた。
だが、その表情はどこか晴れない。
まるで何かを考え込んでいるようだった。
そして。
「……無理をしていませんか?」
その声色には心配が多分に滲んでいた。
「……大丈夫ですよ!」
ユリアはにっこりと笑ってみせる。
「貴族である以上、社交は欠かせませんから」
ねっ、とカロルドを見上げる。
だが、彼の表情は晴れない。
「……カロルド様こそ、お疲れではありませんか?」
「私は大丈夫です」
返答は驚くほど早かった。
そのままカロルドはじっとユリアを見つめる。
まるで本当に大丈夫なのか確かめるように。
「……」
沈黙が落ちる。
耐えられなくなったのはユリアの方だった。
「……そう言えば、謁見の時」
「?」
「私のことを”ユリア”って呼んでくださいましたよね?」
カロルドが固まった。
口を半開きにしたまま動かない。
そのまま何度か口を開閉すると、慌てたように視線を逸らす。
耳がみるみる赤くなっていった。
「……あれは、その」
「はい」
「咄嗟に出ただけで」
「そうだったのですね」
少しだけ残念そうに頷くユリア。
するとカロルドが勢いよく顔を上げた。
「い、嫌なわけではありません」
「え?」
「その……」
言葉が続かない。
ユリアは小さく笑った。
「でしたら」
そう言って首を傾げる。
「これからも、そう呼んでくださいませんか?」
今度こそカロルドは完全に固まった。
返事がない。
ユリアは不思議そうに首を傾げる。
「……駄目でしたか?」
「いえ!」
思った以上に大きな声だった。
カロルド自身が一番驚いたような顔をする。
「その……そういうわけではなく……」
言葉を探す。
だが見つからない。
しばらく沈黙したあと。
「……努力します」
ようやく絞り出した言葉がそれだった。
ユリアは目を瞬かせる。
「努力?」
「慣れていないので……」
最後の方はほとんど聞き取れない声だった。
ユリアは思わず笑ってしまう。
「ふふっ」
「……」
「楽しみにしていますね。カロルド様」
「……あの……っ!」
カロルドは意を決したように口を開いた。
「……私のことも、カロルドと」
口元に手を当て、視線を逸らす。
ユリアは一瞬だけ目を丸くした。
そして、ふわりと笑う。
「はい、カロルド」
その名を呼んだ瞬間。
カロルドの耳がさらに赤くなった気がした。
ユリアは不思議そうに首を傾げる。
「夫婦ですものね」
ユリアは何気なくそう口にした。
だが。
カロルドは返事をしなかった。
ただ、ぎこちなく頷く。
その横顔は夕焼けのせいだけではなく、少し赤く見えた。




