20.夜会
翌日からユリアの元には、夜会やお茶会の招待状が引っ切りなしに届くようになった。
正直、乗り気にはなれない。
あの謁見の場に居たような貴族たちと、親交を深めたいとは思わなかった。
だが断るわけにもいかない。
特にカーハインドより高位の家からの誘いは、無碍にできない。
王宮側も交えて出席先の調整が行われ、その結果――
ユリアの初めての夜会は、王宮主催の夜会に決まった。
ーー
夜会が開催される離宮は、静謐という言葉とは程遠い熱気に満ちていた。
噂の絵を描いた少女が、初めて正式な社交の場に姿を見せる――その噂を聞きつけ、多くの貴族が集まっていた。
ユリアが会場へと足を踏み入れる。
「あれがーー」
「思ったよりーー」
静かなざわめきが広がった。
好奇。
警戒。
評価。
そしてーー計算。
ユリアはカロルドのエスコートを受けながら、その視線の渦の中を進む。
背筋を伸ばし、招かれた客としての礼節を崩さぬまま、一歩ずつ。
誰一人として歓迎だけの視線を向けてはいない。
それでもユリアは歩みを止めなかった。
やがて、ひとりの貴族が歩み寄ってくる。
衣装は派手ではないが、装飾の一つ一つに権威が滲む。謁見の間でも顔を合わせた、宰相派閥の男だった。
「ごきげんよう。カーハインド卿、ユリア殿」
声は穏やかだった。
だが、その眼差しは商人が商品を見定めるように鋭い。
「ごきげんよう。マーティン様」
「王都には慣れましたかな?」
「いいえ、まだ慣れぬことばかりです」
カロルドが答えた。
「そうでしょうな。見知らぬ土地での暮らしは大変なものです」
マーティンは理解を示すように頷いたあと、ユリアの方に視線を向けた。
「実は娘がぜひお話ししたいと申しておりましてな」
その言葉と共に、一人の令嬢が歩み出る。
「初めまして。カーハインド卿、ユリア様。
アイラ=マーティンと申します」
美しい礼。
完璧な笑顔。
だが、その視線もまた父親によく似ていた。
その目はユリアにだけ向けられる。
「王都には同年代のご友人も少ないのでしょう?
よろしければ、わたくしがお力になりますわ」
そう言って優雅に微笑む。
「わたくしのお友達もご紹介いたします。きっとすぐに王都にも慣れていただけますわ」
そして自然な仕草で手を差し出した。
「少しお話しいたしませんか?」
ーー
アイラに連れられたユリアは、同年代の令嬢たちの輪へ案内された。
「初めまして」
「お会いできて光栄ですわ」
笑顔ばかり。
だが、その会話はどこか不自然だった。
好きな花は。
趣味は。
王都の印象は。
何気ない質問ばかりのはずなのに、その答えを一言も聞き漏らすまいとする空気がある。
まるで品定めだ。
「ユリア様は、これからも絵をお描きになるのですか?」
一人の令嬢が尋ねる。
「はい。好きですので」
「まあ」
令嬢たちの目がわずかに光る。
「題材は何かしら?」
「王都の工房はご存じ?」
「絵はどちらで学ばれたの?」
次々と声が上がる。
その時だった。
「まあ、ずいぶん楽しそうですこと」
別の声が割って入った。
振り返れば、また別の令嬢たちが立っている。
先頭にいるのは鮮やかな赤髪の少女。
「アイラ様ばかりずるいですわ」
笑顔。
だが目は笑っていない。
アイラの笑顔も少し固くなる。
「これは……偶然お会いしただけですわ」
「そうでしたの?」
「でしたら少しだけユリア様をお借りしても?」
令嬢たちのやり取りを、周囲の大人たちは黙って見守っていた。
ーーいや。
観察していた。
誰がユリアと親しくなるのか。
どの家が先に繋がりを得るのか。
その行方を見定めている。
ユリアには分かった。
誰も自分自身に興味があるわけではない。
皆が見ているのは、
“ユリア”ではない。
“噂の絵を描いた少女”
だ。
けれど、それを責める気にはなれなかった。
貴族とはそういうものだ。
ユリアは小さく息を吐き、顔を上げた。
すると少し離れた場所にいるカロルドと目が合う。
助けを求めようと思えば求められる。
だがーー
ユリアは小さく首を振った。
伯爵夫人になるのなら。
いつまでも守られてばかりではいられない。
そう心の中で呟くと、ユリアは令嬢たちへ向き直った。
「ありがとうございます」
穏やかに微笑む。
「王都にはまだ知り合いも少ないので、お気遣いいただけて嬉しいです」
その返答に、令嬢たちの表情がわずかに和らぐ。
「ユリア様、次はどちらのお茶会へ?」
一人の令嬢がそう尋ねる。
「次はシャルル夫人のお茶会へ参加します」
「まあ、シャルル夫人?」
令嬢たちの間に小さなどよめきが広がる。
「あの方がお若い方を招かれるなんて珍しいですわ」
「本当に」
「わたくしも一度お話を伺ってみたいと思っておりましたの」
「ねえ、ユリア様。ローランド様の音楽会は? ご招待はありまして?」
また別の令嬢が問いかける。
「ローランド様とおっしゃいますと……アラバスター家の方でしょうか? それでしたら、ご招待いただきました」
「まあ、羨ましいわ」
「では、侯爵家主催の夜会にも?」
「はい」
「公爵夫人のお茶会は?」
「そちらもお招きいただいております」
次々と質問が飛んでくる。
気が付けば、ユリアは「はい」と「いいえ」ばかり答えていた。
ーー
帰りの馬車でユリアは小さく息を吐いた。
思ったよりも疲れた。
意地悪をされたわけではない。
むしろあの謁見のときを思えば、驚くほど皆が親切だった。
けれど結局、誰もユリア自身の話を聞きたいわけではなさそうだった。
皆が知りたがっていたのは、
どんな絵を描くのか。
どの家から招待を受けているのか。
誰と繋がりがあるのか。
そんなことばかりだった。
貴族とはそういうものだと理解はしている。
それでも少しだけ寂しい気持ちになった。
けれど、一人で乗り切れたという達成感もあった。
「……なぜ皆さん急に親切になったのでしょう」
ユリアはぽつりとつぶやいた。
カロルドからは「わかりません」と一言返ってきただけだった。
だが、その表情はどこか険しかった。




