18.謁見
身支度を整えた後、ユリアたちは謁見の間の前へ案内された。
重厚な扉の前には近衛騎士が並び、張り詰めた空気が漂っている。
胸の前でそっと手を握る。
大丈夫。
そう自分に言い聞かせても、鼓動は少しずつ速くなっていく。
隣に立つカロルドも表情こそ変わらないが、普段より僅かに口元が硬い。
「大丈夫よ」
お母様はユリアの手を軽く握った。
「堂々としていなさい。あなたは何も悪いことをしていないのだから」
「……はい」
そう返事をしたものの、緊張は消えなかった
やがて扉の向こうから声が響いた。
「カーハインド領主代理カロルド・カーハインド殿。ユリア・カーハインド殿、入場」
低い号令と共に、巨大な扉がゆっくりと開かれる。
ユリアは息を呑んだ。
赤い絨毯が真っ直ぐ奥へ伸びている。
その両脇には幾人もの貴族たちが並んでいた。
扉が閉まる直前、振り返る。
お母様が力強く頷いた。
その姿に少しだけ勇気をもらい、ユリアは前を向いた。
そして――。
一斉に視線が向けられる。
好奇心。
疑念。
品定め。
様々な感情を含んだ無数の視線が、ユリアへ突き刺さった。
まるで珍しい見世物を見るような目だった。
仮にも元王女だ。
視線には慣れているつもりだった。
それなのに、思わず足が竦みそうになる。
それでも立ち止まるわけにはいかない。
ユリアは背筋を伸ばし、カロルドと共に赤い絨毯を歩き始めた。
「蛮族の娘の割にはなかなか……」
「ああ。あれならば……」
囁く声が耳に届く。
その言葉に含まれる侮りを聞かなかったことにして、ユリアは前だけを見た。
ユリアは玉座の前で立ち止まると、カーテシーをとった。
その隣でカロルドも礼をとる。
場が静寂に包まれる。
「おもてを上げよ」
その言葉で二人はゆっくりと顔を上げる。
まず目に入ったのは、玉座だった。
金と赤を基調とした、派手な装飾の施された重厚な椅子。
その中央に、一人の老人が腰掛けている。
豪奢なマントを身に纏い、頭には王冠。
誰が見ても王とわかる姿だった。
だが――。
なぜだろう。
この広い謁見の間で最も力を持つ人物には見えなかった。
むしろこの場を支配しているのは、左右に並ぶ貴族たちの視線のように思える。
王の隣に立つ男が一歩前に出た。
鋭い目をした壮年の男。この国の宰相だった。
宰相が軽く手を鳴らす。
すると数人の侍従が、大きな布に包まれた物を運び込んだ。
布が取り払われた瞬間、ユリアは息を呑んだ。
見覚えのある構図。
見覚えのある色彩。
間違いない。
そこにあったのはユリアが描いた絵だった。
王は絵とユリアを見比べる。
「ふむ」
しばらく眺めた後、ゆっくりと口を開いた。
「其方が描いた絵で間違いないな?」
「はい」
「誠に?」
「私が描きました」
王は頷く。
「余は絵の善し悪しはわからぬ。だが皆が騒ぐのでな。一度見てみたくなった」
ユリアは目を瞬かせた。
もっと厳しい問い掛けが来るものだと思っていた。
だが王の口ぶりからは敵意も威圧感も感じられない。
本当に興味本位で呼ばれただけなのだろうか。
そんな考えが頭をよぎる。
王は宰相にちらりと視線を向けた。
「失礼ながら」
宰相はユリアを値踏みするように見た。
「この教会は数百年前に失われたものです。なぜこのように描けたのですかな?」
突然の質問にユリアは戸惑った。
「なぜ、と言われましても……」
問いの意味がわからない。
「残っている部分を見て、こうだったのではないかと思いまして」
一瞬の沈黙。
次の瞬間、謁見の間がざわついた。
「それだけで?」
「推測でここまで描けるものか」
「あり得んだろう」
貴族たちが口々に声を上げる。
ユリアは戸惑った。
何かおかしなことを言っただろうか。
「失礼ながら」
別の貴族が前へ進み出る。
「あの絵は専門家たちも高く評価しております」
その目は疑うように細められていた。
「本当に、あなたがお描きになったので?」
ユリアは思わず眉を下げた。
「もちろんです」
「下絵だけ描き、仕上げは別の者に任せたということは?」
「ありません」
「助言を受けたのでは?」
「いいえ」
問答を重ねるたびに、周囲の視線が鋭くなっていく。
まるで罪人を尋問しているかのようだった。
「では偶然だと?」
「あるいは誰かが教えたのかもしれませんな」
「数百年前の建築を、娘一人が再現したなど――」
ユリアは戸惑いながら周囲を見回した。
なぜ皆そんな顔をしているのだろう。
自分はただ、見たものを思うように描いただけだ。
それなのに。
向けられる視線は次第に厳しさを増し、まるで嘘を暴こうとしているようだった。
謁見の間の空気が重くなる。
ユリアは思わず唇を引き結んだ。
何を答えても、信じてもらえる気がしない。信じる気がない。
そんな空気だった。
そのとき。
「失礼ではありませんか」
低い声が響いた。
ざわめきが止まる。
カロルドだった。
彼は一歩前へ出る。
「本人が描いたと何度も申し上げている」
声は静かだった。
だが、その瞳には明らかな苛立ちが宿っている。
「それとも、この場に呼び出したのは本人の話を聞くためではなく、虚言と決めつけるためだったのですか」
謁見の間が静まり返った。
ユリアは思わずカロルドを見上げた。
彼がこれほどはっきり怒りを見せるのを、初めて見た。
「……言葉が過ぎるぞ」
一人の貴族が声を上げる。
「そうだ! 地方の若造が」
「王の御前であることを忘れたか!」
それを皮切りに、貴族たちから次々と非難の声が飛ぶ。
だが、カロルドは一歩も引かなかった。
「では証拠もなくユリアを疑うのですか」
静かな反論だった。
だがその声音には、一歩たりとも譲るつもりのない意志が宿っていた。
謁見の間の空気がさらに険悪になる。
カロルドを非難する声がますます大きくなる。
そのとき。
パンッ。
宰相が手を打ち鳴らした。
「静粛に」
貴族たちは不満げな表情を浮かべながらも口を閉じる。
宰相は場を見回した。
静寂を確認するように一拍置いてから、口を開く。
「本日の謁見は以上です。
陛下、最後にお声がけを」
宰相に促され、王はゆっくりと口を開く。
「ふむ。余は本人が描いたと思うぞ」
あっさりと言った。
その言葉に、貴族たちの表情が微かに歪んだ。
だが誰一人表立って反論する者はいない。
ユリアは胸をなで下ろした。
王がそう言ったのなら、それで決着がつくのではないのか。
しかしそれ以降、ユリアに発言の機会が与えられることはなく、退出を命じられただけだった。
こうして、ユリアの初めての謁見は、戸惑いを残して幕を閉じた。




