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愛のない政略結婚だと思っていたのに、夫はそうではなかったようです ~辺境で描いた一枚の絵が王都を騒がせるまで~  作者: 花日


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17/29

17.王宮

 夜。不安に苛まれ眠れなくなったユリア。


 ガウンを羽織り、夜の庭へーー


 するとそこには先客がいた。


「……カロルド様?」


 名を呼ぶと、カロルドはベンチから立ち上がる。


「会える気がしました」


「……私に?」


「はい」


「ここはあなたのお気に入りの場所ですから」


 そう言って淡く微笑んだ。


 カロルドの笑顔は珍しい。


 普段なら、それだけで少し安心できるはずだった。


 けれど今日は、その笑みがどこか寂しげに見えて、胸の奥が静かにざわついた。


 二人でベンチに腰掛けて、夜空を眺める。


 思えばこの距離も随分近くなった。


 はじめの頃はユリアの隣に腰掛けるなんて、この人は絶対にしなかった。


 静かな時間が流れる。


 先に口を開いたのはカロルドだった。


「王都には私も共に行きます」


「……えっ?」


「父は領地を長く空けられません。

 私では不安かもしれませんが……」


「ーーいいえ!」


 そう言って眉を下げたカロルドに、ユリアは慌てて首を振った。


「そんなことはありません。来てくださるなら、心強いです」


 一人で行くべきだと思っていた。

 これは自分の絵が引き起こしたことなのだから、カーハインド家を巻き込むべきではないと。


 けれど、知らない場所で、知らない人たちの前に立つことを想像すると、不安だけが積み重なった。


 だから、カロルドの言葉が嬉しかった。


「それから母も同行させようかと思うのですが」


 カロルドの言葉に、ユリアは思わず目を瞬かせた。


「……来てくださるのですか?」


 安堵が先にこみ上げて、言葉が少し遅れた。


「ええ。まあ母は、来るなと言っても付いて来るでしょうが」


 その姿が想像できて、肩の力がふっと抜けた。


「……ありがとうございます」


 ーー


 夜の不安が少しだけ残るまま、朝を迎えた。


 朝食の席。


「お母様」


「どうしたの?」


「王都までご一緒してくださると聞きました。

 ありがとうございます。ご迷惑をおかけしてしまって……申し訳ありません」


 ユリアの言葉に、お母様は表情を和らげた。


「当然じゃない。あなたは私の娘よ?

 一人でなんて行かせないわ」


 その言葉に、熱いものが込み上げた。


「……本当は、カーハインドまで巻き込むつもりはなかったんです。

 でも……」


「巻き込む?」


 お父様は眉を上げると、すぐに笑った。


「何を言う。俺だって付いて行きたいくらいだ」


 ーー嫁いでからずっと、この人たちは変わらず味方でいてくれた。


 本当の娘のように接してくれる、その優しさが嬉して、ユリアは瞳を潤ませた。


「それからな」


 お父様はユリアに微笑む。


「どうやらお叱りを受けるわけではないようだ」


「そう……なんですか?」


 その言葉にほっとした。


 自分の絵が知らぬ間に、この国の禁忌に触れていたのではないか。

 誰かを怒らせたのではないか。


 そんな風に考えていた。


「話題の絵を描いたユリアちゃんに会ってみたい。それが呼び出しの理由のようだ」


「ーー!? それだけのことで王命を出したと?」


 お父様の言葉に、カロルドの目付きが鋭くなる。


 確かにそんな理由ならば、普通に招待するだけで良かったはずだ。


「そういうことを平然とやるのが、王都の者よ」


 お母様が呆れたように息を吐いた。


 カロルドも大きなため息を吐く。


 その様子を見て、ユリアは思わず苦笑した。


「……でも、少し安心しました」


「ん?」


「お叱りではないと聞いて、ほっとしてしまって」


 ユリアの言葉に、お父様は穏やかな笑みを収めた。


「安心するのはまだ早いぞ」


「え?」


「会いたいのは事実だろう。だが、王都の連中が素直にそれだけで終わるとは限らん」


 お父様は腕を組む。


「絵を見たい、話を聞きたいと言いながら、探りを入れてくることもある。何か思惑があるかもしれん」


「……どう転ぶかわからない、ということですか」


 カロルドが眉をひそめる。


「そういうことだ」


「……」


 顔をこわばらせ黙り込んだユリアに、お母様が優しく笑いかける。


「だから私たちも一緒に行くのよ」


 その言葉に勇気づけられた。



 ーー



 幾日も馬車を走らせ、一行は遂に王都へと辿り着いた。


 先触れの使者を出すと、驚いたことに、そのまま王宮へ向かうように指示が下された。


 通常であれば許可が降りるまで待機となるはずだった。

 特にケルファでは、長く待たされることも多いと聞いていた。


 だが今回は、その手続きすら省かれていた。


「……今すぐ、ですか?」


 使者が問い返すと、返ってきたのは短い肯定だけだったという。


 馬車が王宮に入る。


「……お母様」


 馬車の中で、ユリアは小さく呼びかける。


「大丈夫よ」


 お母様は短くそう返すと、彼女の手をそっと握った。


 その温もりに、少しだけ肩の力が抜ける。


 だがそれでも、心臓の鼓動だけは速いままだった。



 ーー



 王宮の回廊は、静かだった。


 静かすぎるほどに、人の気配が整理されている。


 無言で歩く案内役の背を追いかけていると、そのまま王宮内の一室へと通された。


「身支度を」


 投げるような一言と共に、最低限の侍女が数人だけ付けられた。


 ユリアたちは顔を見合わせた。


 会いたいと言われて来たはずだった。


 少なくとも、お叱りを受けるための呼び出しではないと聞いている。


 だが王宮に足を踏み入れてから感じる空気は、その話と噛み合わない。


 歓迎でもなければ、好意でもない。


 むしろ――どこか面倒な客を迎えるような空気だった。


 不穏な気配を感じながらも、慌ただしく身支度を整えるしかなかった。



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