16.王命
大使からの連絡を受け、ケルファ王国の王宮は騒然となった。
「サイブル帝国が?」
「復元画だと?」
「そんな馬鹿な話があるか」
報告書は何度も読み返される。
だが内容は変わらない。
失われた教会の姿が正確に描かれていたこと。
各国の学者や神官が注目していること。
そしてサイブル帝国の皇帝までもが関心を示していること。
「そのユリアというのは本当にあの王女か?」
「石ころに価値を見出すという、あの蛮族の国の?」
重臣たちの言葉に、事務官が慌ただしく資料を抱えて駆け込んできた。
「はい。絵画の作成者はユリア=カーハインド。
ユリア王女はカーハインド家へ嫁がれましたから、まず間違いないかと」
その瞬間、部屋の空気が変わった。
「……カーハインドに娶らせた娘か」
「……蛮族の娘には辺境が過ごしやすかろうと言っておったのは、卿ではなかったか?」
「何を言う! お主らも賛成しておっただろう!」
「そうだ! 蛮族の娘などごめんだと皆言うておった!」
「いやいや、我が家には年齢の釣り合う者がおらなんだだけで……」
途端に始まる責任の押し付け合い。
パン、パン。
宰相が手を打ち鳴らした。
「互いを責めている場合か」
低い声に場が静まる。
「今さら誰が賛成しただの反対しただのに意味はない」
宰相は机上の書状へ視線を落とした。
「問題は、その娘についてこちらが何も把握しておらぬことだ」
そして静かに告げた。
「まずは呼ぶ。話はそれからだ」
「――王命を出す」
ーー
その決定が下された頃。
当の本人は、自分の描いた絵がそんな騒動を引き起こしていることなど露とも知らず、カーハインドで穏やかな日々を過ごしていた。
近頃は、街に出ると子供たちが寄ってきてくれるようになった。
この前など、「見て!」と可愛らしい絵を見せてくれた子が、「ユリア様みたいになりたいの!」と言ってくれた。
あまりにも予想外の言葉に胸が熱くなり、しばらく何も返せなかった。
それに、少しずつカロルドとの会話も増えた。
「今日は街へ?」
「はい」
以前ならそれだけで終わっていたはずなのに。
最近はそこから、
「孤児院にも顔を出そうかと」
そんな一言がカロルドから出るようになった。
たった一言増えただけ。
それでもユリアにとっては十分嬉しかった。
そして気付けば、この屋敷へ帰ることが当たり前になっていた。
街から戻ると、門番が自然に「お帰りなさいませ」と頭を下げてくれる。
屋敷へ入れば使用人たちが「お帰りなさいませ」と微笑む。
「お帰りなさいませ」
その言葉を聞くたびに、ここが“自分の居場所”なのだと少しずつ思うようになっていた。
そんなささやかだけれど確かな変化に、ユリアは喜びを感じていた。
それなのにーー。
「ユリア様。旦那様が至急執務室に来るように、と仰せです」
顔色を悪くした執事の言葉に、ユリアは眉を顰める。
こんな風に呼び出されるのは初めてのことだ。
嫌な予感を抑えきれぬまま、足早に執務室へと向かう。
「失礼します」
執務室にはお父様だけではなく、お母様とカロルドも揃っていた。
皆一様に眉を寄せ、部屋は重苦しい沈黙に包まれている。
「……なにか……あったのですか?」
異様な空気に声が掠れた。
「……これを」
お父様から差し出されたのは一通の書状。
『ユリア=カーハインド
王命により出頭を命ずる』
「王……命……?」
頭が真っ白になった。
「なっ……」
言葉が形にならず喉の奥で消えた。
「この間の絵画が思った以上に話題になったようでな……」
お父様はそう言って口を強く結んだ。
「王都の貴族どもが騒ぎ出したようだ」
ユリアは手元の書状を見つめた。
文字が霞んで見える。
なぜ。
どうして。
ただ教会の絵を描いただけなのに。
「わ、私は何か失礼なことを……?」
恐る恐る尋ねると、お父様は首を横に振った。
「それがわからん」
その答えに胸が締め付けられる。
わからない。
それが一番怖かった。
「絵が話題になること自体は不思議ではない」
だが、と続ける。
「なぜ王家が動いたのか。その理由が見えん」
そう言って書状を睨む。
「王命そのものはただの建前でしょう」
初めてカロルドが口を開いた。
「この国の王家は貴族の意向を無視できない」
「……そうだな」
お父様は苦い顔で頷く
「王命を出してでも、ユリア様を王都に呼びたい理由がある」
カロルドの言葉に部屋の空気がさらに重くなる。
ユリアの背筋を冷たいものが走った。
自分はただ絵を描いただけだ。
それなのに、なぜ――。




