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愛のない政略結婚だと思っていたのに、夫はそうではなかったようです ~辺境で描いた一枚の絵が王都を騒がせるまで~  作者: 花日


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15.騒動

 一方。


 騒がしい会場の片隅で、目を潤ませる一団が居た。


「ユリア様……」


 ユリアの母国、ポーネ王国の者たちだ。


「絵を続けておられたのですね……」


「ああ」


 老臣は静かに頷く。


「少なくとも、筆を折らされるような暮らしではなかったらしい」


 誰もが安堵の表情を浮かべた。



 ーーそんな彼らとは別の意味で、この絵に興味を抱いた男がいた。


 サイブル帝国の若き皇帝、ルキウス=サイブルだ。

 会議に赴いた彼は、会場の異様な空気をいち早く感じ取った。


「なにがあった?」


 足早に通り過ぎようとする神官を捕まえる。


「その……展示されている絵画が妙なのです」


「妙?」


「もう存在しないはずの教会が描かれております」


 皇帝は眉を寄せる。


「誰の絵だ?」


「ケルファ王国の……カーハインド家に連なる女性の作です」


「ほう……」


 皇帝の口元がわずかに吊り上がった。


(あの商人もどきが熱心に推挙してきた娘か。展示を許可したのは気まぐれだったが……)


 一拍置いて展示室へ視線を向ける。


(あれが執拗に口添えするだけの価値はあるようだな)


「今確認のため、方々から資料を取り寄せております」


「そうか。何かわかればこちらにも報告を頼む」


「かしこまりました」


 神官はゆっくりと頭を下げると、また急ぎ足で去って行った。


 ーー


 数日後。


 本来であれば閉幕と共に帰国するはずだった各国の使節団だったが、その多くはサイブル帝国に留まっていた。


 理由は一つ。


 ユリア=カーハインドの描いた一枚の絵画である。


 消失したはずの教会を描いたその絵は、今や学者や神官だけでなく、各国の王侯貴族までも巻き込む騒動へと発展していた。


「まだ帰国なさらないのですか」


「帰れるものか」


「もし本物なら大発見だぞ」


「ああ。失われた建築史の空白が埋まる」


 会場には落ち着かない空気が漂っていた。


 期待。


 疑念。


 そして、何か歴史的な瞬間に立ち会っているのではないかという高揚感。


 多くの者が帰国を先延ばしにしてまで結果を待っていた。


 そんな中、一人居心地の悪い思いをしていたのが、ケルファ王国の大使だった。


「まだ結果は出んのか」


 苛立たしげに机を指で叩く。


「たかが絵一枚で……」


 小さな声で本音を漏らす。


 なぜあの娘がそんな絵を描けたのか。


 そもそも本当に価値があるのか。


 大使には何一つ理解できなかった。


 ただ一つ確かなのは――


 調査結果が出るまでは帰れないということだけだった。


 そして。


 サイブル帝国の資料庫や各地の神殿から集められた記録が精査され――


 ついに結論が出た。


「一致しております」


「祭壇の配置、壁面装飾、窓の意匠。確認できた限り、全てです」


 サイブル帝国の学者の言葉に、その場から音が消えた。


 誰もが息を呑む。


 失われたはずの教会。


 わずかな記録しか残されていない建築物。


 その姿が、一枚の絵画の中に正確に描かれていた。


「あり得ない……」


 誰かが呟く。


 それを合図にしたかのように、会場にざわめきが広がった。


「どうやって復元した?」


「なぜ描けたのだ」


「偶然では説明がつかんぞ」


 囁きは瞬く間に大きくなる。


 やがて。


「作者は誰であったか?」


「ユリア=カーハインドです」


 その名が告げられた瞬間、会場の熱気が一段跳ね上がった。


「そうだ、カーハインドだ」


「ケルファ王国の」


「ならば話は早い」


「ケルファの大使ならば詳しかろう」


 その言葉と同時に、会場中の視線が一斉に大使へ突き刺さった。


 大使は思わず息を呑む。


「他にも作品はあるのか?」


「どのように復元した?」


「本人は何を知っている?」


 矢継ぎ早に飛んでくる質問。


「それは……」


 大使は口を開く。


 だが続く言葉が出てこない。


「皇帝陛下も、この件を注視しておられる」


「まさか何もご存じないわけではありますまいな?」


 容赦のない追撃に、大使の唇がかすかに動く。


 だが弁明にも回答にもならない曖昧な呟きが漏れただけだった。


 一瞬の沈黙が落ちる。


 それだけで十分だった。


 会場の誰もが察した。


 ――この男は何も知らない。


 ーー


 ケルファ王国の大使は青ざめていた。


 まさかあの王女が、これほどの騒ぎを引き起こすとは。


『小娘の空想画』


 つい先日、自分が吐き捨てた言葉が脳裏を過る。


 だが今や、各国の学者や神官、王侯貴族たちは口々に彼女の名を口にしていた。


 さらには、サイブル帝国皇帝ルキウス=サイブルまでもが関心を示している。


 自分が価値のないものとして切り捨てた絵画を。


 自分が取るに足らない存在だと思っていた王女を。


「……本国へ確認を取ります」


 絞り出すようにそう答えるのが精一杯だった。



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