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第9話 コーディネーター

 週明け。雨上がりのガラスがA課の島にまだら模様を広げる。

 時限インクの甘い匂いがコーヒーを台無しにするいつもの朝。


「今日は社食でコーヒー飲みながらにすっか」

 A課は個々の業務理解のため情報共有を頻繁に行う。

 風見の提案でその場所は会議室ばかりではなかった。


「九条ちゃん。習志野帰りに話した()()()。コレ何のためだと思う?」

(キタ!実戦訓練。予想はしてた。ビビッてない)

『有栖、今は良い緊張。いけますね』

 イヴは少しぎこちなさが残るがひと押しをくれる。


「はい。決断を促す切っ掛けと、思考の切り替えスイッチ?」

「お、良いね。じゃ、気を付けることは?」

「例え話を使うかどうかは状況次第。……ですか?」

「そうだな。俺等A課の場合は、例えばどんなときだ?」

「商材は特殊だし、お客様も素人じゃないので、例え話は、あ……」


 有栖は気が付いた。

 高城、佐伯、紫苑も飲みかけたコーヒーをテーブルに置く。

 風見の話術に誘導されていたのだ。


「身近な例えで気付かされました。使わずに済むならそれでよし」

「そう。顧客が解ってるなら、使わなくていい」

「でも備えがあれば武器になる。ですね」

「そうだ、九条ちゃん。だから手段と目的を間違えちゃダメだ」


 有栖は少々皮肉交じりに応える。

「風見さんの()に、昔流行ったOJTのフリで、まんまと乗せられたと」

「いや、それならムチャ振りのほうだな、昔流行った」

 風見の飄々とした切り返しはやはり上手だ。

(目的を忘れず、手段に捕らわれるなってことか)


「いや~、風見さんの話術も凄いけど、気が付く九条さんも凄い!」

「俺達の中では、一番早く気付いたな」

「マジで九条さんは物事を()()()()()()()の、上手いのかもね~」 

(佐伯さんと同じこと、定期健診で言われたな……。何か特別?)


「九条、商談は化かし合いじゃない。心情的にも納得して欲しいよね?」

 紫苑の声はやわらかいが言葉は真芯を撃ち抜く。

「はい!」


 A課の島に戻り資料の四隅を整える。

 表紙にはM24近代化改修 一次提案ドラフト。

 そして添えられる作成者:九条有栖の1行。



 H&C本社一角に構えるRaijin Arms商談スペースを兼ねたショールーム。

 風見と有栖はその入り口ドアの前に立っていた。

「イヴ、これから打ち合わせだから、また後で」

『はい、有栖。録音データの文字お越しは、お任せを』

「フフ、もちろん。それじゃ後でね」


 Raijin Armsのショールームは前回より整って見えた。

 壁面の大型ディスプレイには試作シャーシストックの展開図。

 光学機器用のマウントベースとリングも並ぶ。

 商談テーブルにはいくつかの弾薬サンプル。

 転がり落ちないようにガラスの灰皿に収まっていた。


「古いスワロフスキー。自分はスコープしか、使ったことありませんが」

「よく解ったね。オヤジの形見だけど、俺は煙草を吸わないんでね」

 Raijin Arms取締役、東条雅臣。

 エリートのはずだが親しみある人間臭さを感じさせる。


「良いじゃないですか。今は息子と職場を共にしてますよ」

「……そうだな、確かに」

(風見さんは良いこと言うな。こういうところも……)

 有栖はハッと我に返り頬を叩く。

「どうした?九条ちゃん」

「え、その、気合を入れてるんです!さぁ、始めましょう!」


 東条はスーツを椅子に掛けシャツの袖をまくる。

「今日は要求が多いですよね。もちろん覚悟はしていますが」

 笑顔だが目は笑わない。プロの顔。


「東条さん。録音させてもらっても?」

「文字起こしじゃなく、録音?」

「はい。文字起こしは必要に応じて」

「……解った。構わないよ」

(何だろ?お互い気を遣ってるけど、事情は解ってるような……)


「九条ちゃん」

「はい、こちらを」

 有栖はM24近代化改修の資料を東条と風見の前に置く。

 風見は資料を静かに開き東条もそれに続く。

 紙と紙が擦れる摩擦音とページをめくる紙鳴り。

 それは時計の針の音より少し大きく聞こえる。

(キタ!無音の会話。鼓動が大きい。この間を耐えろ、私)


 東条が先に口を開いた。

「QDポイントは、機関部を囲むようにストック先端と後端に2対ずつだね」

「はい。それで肩掛けもタスキ掛けも、右利きも左利きもいけますんで」

 風見は図面を指差し技術者である東条の同意を待つ。

「吊り下げになるなら、様々な携行方法でもライフルが安定するね」

「はい。携行方法の改善は今回の最重要ポイントなんで」


「そしてマウントの増設だね」

「サーマル載せたいんで、ストック先端にピカティニーを」

「なら、ストック後端にモノポッドも付けられるようにしようか」

「それは民間ウケ良さそうです」


「M-LOKはハンドガード部の左右と下で良いね?」

「はい。コストと現実的な使い勝手との見合いで」

「強度は全てメインフレームに持たせる。外装が好きに出来るからね」

「はい。民間と政府機関で差を付けられる様に」


「フレームの話しが出たのでこちらを」 

 有栖は別紙を差し出す。

「機関部固定ボルトの締付けトルクは約7N·m。±10%が調整範囲です」

「3%内を狙おう。素材特性は別に、加工精度は我々の範囲だからね」

「それなら組み立て時のカンの範囲が小さく出来ますね」

 東条の技術者としての自信と有栖の理解力が噛み合う。


「あと、H&Cでバレル新造の案も。個体の状態は様々だと思うので」

「そうだね。使いたいけど使う意味がないのは、避けたいね」

「東条さん。専用の新鋼材、バレル寿命は何発までイケますか?」

「九条さん、H&Cのことも調べてるね。12,000発はイケるよ」


「本題です東条さん。サンプルとして10本、どうにかなりません?」

 風見が切り出し技術面から話題が変わる。

「自衛隊の試験用と、欧米向けプロモーション用だね」

「はい。欧米向けに手続きとマーケ施策を直ぐに進めたいんで」


「風見さん。今更だけど急ぐ理由は?」

「自衛隊採用が公になれば、欧米展開は難しくなります。それに……」

「……それに?」

「来年の1年で、海外勢が入り込む余裕を与えちまうんで」


「日本の防衛産業の成長は政府の意向もあるからね」

「はい。現場の意向を踏まえ、自衛隊との持ちつ持たれつが理想です」

「予定より速くなるが、日本のためならやらない理由は無いね」

「はい。俺達に課せられた、俺達に出来る事を」


「それでもサンプル10本は、流石に理由が要るな」

「今期は広報が中心で、赤字で承認取れてますよね?」

「……解ったよ。使うか、魔法の言葉。広告宣伝費」

「はい。使いましょう、魔法の言葉。広告宣伝費」


 商談テーブルに短い笑い。だが有栖には予想外。

(話しは理解出来るけど、これは商談じゃ無い)

 風見と東条の会話が大人のものに聞こえたが2人の表情は和やかだ。

(私の出る幕じゃ無い……。でも、早く追い付き皆の役に立ちたい)



 夕刻。オフィスへの帰り道。

 有栖は録音データをイヴへと渡す。

「イヴ。文字起こしと、社内チャットで共有よろしくね」

『はい、有栖。……文字起こしファイルは共有済みです』

「どう?イヴ。何か気になる点はある?」

 有栖は予想外だった風見と東条の会話をイヴがどう感じるか興味があった。


『はい、有栖。前半は仕様に関してですね』

「うん。これは予想通りだった」

『はい、有栖。後半の内容に何か思う事があるのですね?』

「話しは理解出来るけど、経営の事だよね?」

『はい、有栖。経営に関わる内容ですが、営業の延長線の範囲かと』


「イヴ、有難う。私がまだまだってだけだね」

『はい、有栖。若さは武器。新たな経験はワクワクしませんか?』

「フフ、アハハ。イヴは慰めるのが上手いねぇ」

『はい、有栖。理解出来るのは、物事を構造的に捉えるからかも』

(イヴも佐伯さんと同じ事を。よし!これは私の強みなんだな)



 風見はオフィスでM24改修の提案書を見返す。

「九条ちゃん。商材は問題なし。次は商談の背景だな」

「風見さん。背景って、政府の意向や欧米展開のことですか?」

「あぁ。商談の原動力は顧客要望だが、推進力はまた別だな」

「……今回なら、政府意向とH&Cの事業計画が推進力と」


「顧客要望を満たすだけじゃ、俺達の想いは実現しないだろ?」

「俺達に課せられた、俺達に出来ることを。ですね」

「さすが九条ちゃん。俺達が俺達である理由だな」

(認められたんだよね?風見さんに。凄く、凄く嬉しい)


 佐伯が横で大きく溜息をつく。

「はぁ。九条さんの背中が遠い……。俺も理解出来てるはずなのに……」

「自己評価は大事ですが、自分に甘過ぎなのは、どうかと思います」

「だって、真壁さん。マジで俺、ペーペーのままじゃーん」

 佐伯の場を和ませる話術も紫苑の的確なツッコミもA課の強み。


「九条さん。真壁さんも言ったが、風見さんは東条さんの納得を得ただろう」

「はい」

「風見さんは個々の想いを上手く繋げた、コーディネーターだな」

「はい」

 高城の隣で紫苑が静かに親指を立てている。

 有栖はデキる仲間に囲まれる充実感を実感していた。



 帰宅後。有栖はMagI/O(マギーオー)でイヴと繋がる。

『有栖。今日は得るものが多いい1日だったのでは?』

「うん。まだまだだなって実感するね」

『はい、有栖。でも有栖の学びは大きかった。何より認められていました』

「それは凄く嬉しい。皆がそれぞれの色で、それを伝えてくれた」


『はい、有栖。比較は不要。有栖はそれぞれの色でと言いましたよ』

「いや、でも、まだまだだよ」

『はい、有栖。その、まだまだは、恋焦がれるのと同じですか?』

「ちょ、またそういうことを……」


 有栖は頬が熱くなるのを隠せない。でも悪くないと感じている。

(一番の成果は、A課はデキる部隊で、そこに居るっていう充実感かも)

「イヴ、私、ちゃんと成長してるよね。フフ」

『はい、有栖』


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