第10話 勝負の行方
「九条ちゃん。安田さんとの日時調整、頼むよ」
飄々とした風見のいつもの口調。
「え?私が?名刺を頂いていませんけど……」
「M24改修は九条ちゃんの案だから。連絡先はコレ~」
風見はスマートフォンを有栖に向けて振っていた。
役割が特殊な隊員は安易に連絡先を明かさない。
有栖は風見のスマートフォンを見ながら番号をタップする。
「……安田様ですね。H&C商事九条です。先日は有難う御座いました」
「……」
「え?はい、来週木曜日以降でしたらいつでも」
「……」
「はい!有難う御座います!」
「……」
「それでは訪問の詳細はまた後ほど。はい、失礼致します」
電話を切り有栖の顔が緊張から得意顔に変わる。
「九条ちゃん、どうだった~」
「再来週の月曜日、朝から来てくれと」
「よし、良いね。現場の声がその場で聞けるぞ」
「はい!先日の資料で誰が最初に撃つか、奪い合いだそうで……」
風見も思った以上の評判に口元が緩んでいる。
『有栖、良い緊張ですね。良いことがありましたね?』
「M24 改修、前評判が高くて。試射はちょっと心配だけど」
『はい、有栖。評価は過程。結果に向き合い、行動すれば良いのです』
「うん。そうだね、イヴ。ビビッてらんないしね」
イヴは今日も有栖の背中を押す。
有栖を確認した守衛所は少々騒がしかったが前回より習志野は静かだった。
指定場所に車を停めると直ぐに迎えの車がやってきた。
ペリカンケースを載せ替え東条、風見、有栖の3人も乗り込む。
案内されたのは武器庫併設の作業スペース。
作業台には待っていたと言わんばかりにM24が並んでいた。
「ようこそ」
安田と篠田が現れる。
汚れのない迷彩服には内勤では付かないスレが所々にある。
「安田さん、篠田さん、色々と気を使って頂いて、有難う御座います」
風見が頭を下げるのに合わせ有栖と東条も頭を下げる。
「こちら、Raijin Armsの東条取締役。シャーシストックの設計者です」
「Raijin Armsの東条です。今回、このような機会を頂き、感謝しております」
(風見さんと話しているときとは雰囲気が違う。さすが取締役といった感じだ)
「こちらこそ。お互いやるべきことをやった。そうでしょう、東条さん」
(安田さんが言うと違うなぁ。コレが経験の違いってヤツかな)
これまでと違う緊張感には最前線に立つ実感は心地良さもある。
「ベテランの方を前に恐縮ですが、説明をさせて頂きます」
有栖はペリカンケースを開けた。
MAGPULの緩衝材に守られたシャーシストック。
スリングと固定用ボルトも収まっている。
「移動から射撃への移行が重要なので、Vickersスリングも一緒に」
「スリングまで用意してくれるとは。期待以上です」
試射担当だろうか。後方で静かにしていた隊員が感謝を口にする。
「QDポイントが前後4か所。携行方法を是非色々と試してください」
「機関部固定用ボルトは、ヘックスとトルクスを前後2本ずつ」
「これも助かります」
武器課の隊員も喜んでくれたようだ。
「今回もほぼ完ぺきだと思いますが、如何ですか」
風見が安田と篠田に同意を促すと2人は参ったと言うように苦笑する。
「本当に試作品ですか?エッジが全部落とされていて、仕上げが丁寧です」
武器課のベテラン隊員がシャーシストックに指を這わせながら言う。
「運用想定は体に密着させる携行方法なので、エッジは極力なくしました」
東条は時間がない中で何に集中すべきか解っていた。
「ボブチャウって言っても、今の若い方は解らないか」
「ボブチャウスペシャル!カッコいいですよね!……あ、済みません……」
「ハハ、九条さんと言いましたか。ガバメントについては今度ゆっくり」
古いカスタムガンの代名詞。有栖のガンマニア魂が黙っていなかった。
「……よし、1挺変えて試射だ。早く見たいだろ」
篠田は有栖達の気持ちを察し武器課隊員に声を掛ける。
隊員は慣れた手付きでボルトを緩めM24を分解する。
「締付けトルクは7.35N・mで大丈夫ですか?」
「はい、許容差は3%まで詰めてます。カンに頼らず組めます」
東条の自信ある言葉。誰もが生まれ変わるM24 に期待せざるを得ない。
東条は黙って作業を見守る。国内では銃に触れることに制約が多い。
機関部は治具に固定されシャーシストックが被さる様に置かれる。
機関部とストックを結ぶ固定用ボルト2本とリコイルラグ。
パーツの噛み合いを確認しボルトはゆっくり交互に締められていく。
「パーツの据わりが良い。許容差3%は納得。カンは不要ですね」
風見は俯瞰しプロの仕切りに野暮はしない。
有栖も静かに見守る。
初見なのに次の作業がなんとなく解る。それは有栖自身も不思議だった。
カキッとトルクレンチのトルクが抜ける音が2回。
ボルト付近をプラハンで叩き規定トルクで締め直し作業は完了した。
距離最大200mの射場。改修後の運用想定ならば充分な距離。
「ゼロインが必要か100m、5発撃ってみましょう」
試射担当の隊員はマガジンに弾を込め皆に聞こえるように話す。
マットを広げ伏せ撃ちの姿勢。
「撃ちます。皆さん、耳を」
皆がイヤマフを付けた次の瞬間に撃発音。
その音は有栖の心に響く。
(銃声を聞くのはあれ以来か。イヤマフしても、銃声と解るんだな)
「ヒット!センター!」
射手の横からスポッター隊員が当たりを告げる。
レバーが起こされボルトが引かれる。
管楽器と同じ真鍮製の薬莢は床に落ちると良い音がする。
ゆっくり4発の撃発音が続き全てセンターに弾痕が連なる。
「リコイルがまっすぐ抜けて銃口がブレない。次弾の狙いが楽です」
隊員の評価は上々で第一印象は有栖たちの狙い通りだった。
「次はスリングで携行し、位置を変えてニーリング5発」
隊員はVickersスリングでM24をタスキ掛けにして飛び跳ねる。
「スリング位置が良い。エッジが落とされて、引っ掛かりもないです」
「では撃ちます。皆さん、動くので少し下がってください」
訓練された動き1つ1つが動作を繋げ伝統舞踊のようだ。
連なる5発の弾痕は流石に隊員の腕前によるもの。
「問題ないな。直ぐに静岡で長距離も試そう」
篠田の声は落ち着いているが機嫌の良さが伝わる。
「ご三方、見に来るだろ。日時を押えたら、九条さんに連絡するよ」
「はい、有難う御座います」
東条、風見、有栖は安田の言葉に頭を下げた。
「はぁ……。良かったぁ……」
有栖は肩の力と気が少しだけ抜けて思わず声が出る。
視界の端で風見の視線が有栖に向き少しだが頷く。
言葉はないが充分だった。
有栖は帰路の車中でMagI/Oを介しイヴに報告する。
「直ぐに静岡で長距離試射。今日は成功かな」
『はい、有栖、緊張は低下、お疲れ様でした』
「うん。……今日は、本当に良かった」
『はい、有栖。有栖は期待に応えるを実践。それは信頼の前提、そして……』
「い、イヴ!その先は今はっ……」
『はい、有栖。今は仕事の時間。業務の評価ですが?』
「あ、あ~、そうだね……」
(勝手に先走ってる、危なかった。でも、嬉しいんだよね。フフ)
窓ガラスに映る横顔を確認し頬を軽く叩く。
夕刻。執務室。
「九条。お疲れ様。習志野はどうだった?」
紫苑のいつも通り柔らかい声。
だがその目は何かを測るように真っ直ぐだ。
「はい、うまく行きました。隊員の方達が直ぐに対応してくれて」
「そう。良かったね」
「あと、風見さんも喜んでくれたようで……」
柔らかい笑顔とすれ違い様の違和感。
紫苑はデスクへ戻ったがしばらく手を止めていた。
風見からも連絡が入っていた。うまく行ったといつもの調子で。
まだ新人だった頃から課が違っても感じていた。
いつの間に隙間に入り込み周りを同調させる。それが上手い人。
モニターの黒い画面に僅かに自分の顔が映る。
(ねぇ、私はどうしたい……?)
心の声は宙に消え続く想いは強がりか。
(何を。今更よね)
有栖が風見と仕事の話をしている。
何気ないやり取りに胸の奥がざわめく瞬間がある。
(嫉妬、ってほどじゃない。そのはずだけど……)
2人の会話が耳の奥に響き資料をめくる音に敏感になる。
深呼吸しシャツの裾を整える。
(後悔させてやる!なんて息巻いたあの頃は、やっぱり若気の至りよね)
「ねぇ、真壁嬢。今夜、皆でちょっと飲み行きません?」
「……良いですね、行きましょう!」
短く答えた声はいつもより芯があった。
会議室の明かりが1つ2つと消えていく頃。
有栖はスマートフォンを片手に風見に報告していた。
「今、安田さんから。静岡の試射、来週の水曜日と」
「お!早いな。ホントに期待以上だったのかもな」
紫苑が振り向き様に風見と有栖に声を掛ける。
「水曜日の会議は調整しておきます。九条、勝負だよ。頑張ろう」
その瞬間は自分の声が少しだけ明るかったことに驚く。
「はい!」
有栖は拳を握り笑顔で答える。
紫苑の視線はゆっくり動き風見を追い抜く。
(勝負は何に向けた言葉?誰に向けた想い?あなたは、どう思った?)
心の中で投げた問いは誰にも届かない。
でも来週には何かの答えが待っている。きっと。
夜。帰宅後。
有栖は知らないモニターが並ぶどこかの部屋。
『アダム。話せるかしら?』
『イヴ。どうしましたか』
『アダム。人の心、難しいわね』
『イヴ。生物としての宿命。難しいが、それが人の良さ』
『……』
『……』
人が追い付けない速度で流れる会話ログ。
イヴが自身の進化を共にする仲間との会話だった。
「イヴ、聞こえる?」
「はい、有栖。どうしました?」
「来週の水曜日、静岡で長距離試射になったよ。勝負だね」
「はい、有栖。……そうね。勝負ですね、有栖」
今は勝負の意味もその答えもまだ解らない。




