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第11話 人の想いは、まだ遠く。

 静岡県、東富士演習場。富士山を望む実弾演習場。

「ようこそ。今日は一気に決着をつけましょう」

「こんなに早く調整出来るとは。本日は宜しくお願いします」


 ゲート前で風見達は安田と合流しメガクルーザーに同乗する。

 隊員達と機材が乗るトラックと射撃場所へ。

「東京より気温も湿度も高いから、やっぱりぬるい感じですね」

 風見には慣れ親しんだ場所。

 だが東京からの距離を考えると季節感が少々狂わされる。


 有栖は車に揺られる中をゆっくり話し出す。

「11年前、総合火力演習を見に来ました」

 安田は少しためらったが有栖の思い出話しに付き合う。

「今だから話せるが、そのときM24を撃った1人が自分でね」

「あのときは音しか聞こえなくて。今日は目の前で見れますよね!」

 好きな銃の本来の姿が見られる。それも腕の立つ射手の射撃を。

 有栖は静かな口調だが少々興奮していた。



 車列が停まり隊員達が準備を始める。

「今日は演習場だから色々とね。準備中は車で待機を」

「承知してます。皆さんの邪魔にはなりません」

 風見は興奮気味の有栖をけん制。東条はその隣で笑っていた。


「ところで……、九条さんは銃に何か思い入れが?」

 安田は有栖の顔色を伺いながら問いかける。

「あ……、やっぱり変ですよね」

「いや、気分を悪くしたなら申し訳ない。ただ、熱心に話すのでね」

「……人の意思で火薬の化学反応が物理エネルギーに変わる。そのプロセスが」

 以前佐伯に聞かれたときと同じ答え。

 理屈ではない。有栖の感性が強い興味を持つのだ。

「自分には道具だが、九条さんのお陰で我々は新たな手段を得る。感謝だよ」


 安田に準備が済んだ一報が入り車を降りる。

「H&C商事の風見です。本日は宜しくお願いします」

 隊員達に風見が頭を下げ東条と有栖もそれに続く。

「こちらRaijin Arms取締役の東条さん。そして弊社営業の九条です」

(風見さんの雰囲気、商談と違う。仲間への感謝?みたいだ)

 礼儀と結果への期待。そして機会の感謝。

 言葉は少ないが様々な思いが込められる。



 6つの射台に射手とスポッターが並ぶ。

 後方には指揮者、機材、装備、記録、医療と各任務に就く隊員達。

 外部の視線を遮るように遮蔽シートと簡易設置の屋根が彼らを囲う。


 整備台の上にM24 改と比較用のM24 が並ぶ。

「MarchのスコープにBadgerのリング!」

 目を輝かせる有栖の横で東条がBadgerのリングを凝視している。

「ちょうど()()()()が5組あってね」

 気が付いた安田が笑いながら答える。


「リングも()()()()お持ちしますよ。ねぇ、東条さん」

「は、はい!お任せください!」

 風見の営業トークに東条はガッツポーズ。突然の寸劇に場が和む。

(風見さん、緊張を和らげるのが上手い。見てないこと、沢山あるんだろうな)


「……傾注!一佐より本日の趣旨の説明がある!」

 射撃統括の隊員が声を上げ喧噪が消える。


「今回の改修の狙いは、短距離標的に対し移動から即射撃の即応性」

 本テストの責任者である安田の言葉に皆が聞き入る。

「我々が望んできたものだ」

 隊員たちの表情が変わる。

「ただ、いざというとき、長距離が撃てる必要もある」

 そして目付きも。

「そのため、本日は100から800で試射を行い、800を撃ち終えたら……」

 安田の言葉に隊員達が息を飲む。

「……100mニーリングで5発、可能な限り早く撃つことを試してもらう」

 待っていたと言わんばかりに射手を担当する隊員の口角が上がる。


(隊員達が望んだのはその通りなんだな。顔を見ると解る)

 有栖は提案が間違っていなかったことにほっとする瞬間だった。

「スリングの位置が良い。ライフルが暴れない」

 風見も東条も隊員の言葉に内心ほっとする。



 号令が掛かる。

「射撃準備よし!……射撃開始!」

 有栖の意識が射台の射手に集中する。

 電子イヤマフはボルトが弾を送り込む小さな金属音を耳に届ける。

(あぁ……、いつか私もあの金属音を、ストック越しに聴いてみたいな)

 短い沈黙と続く6発の撃発音。

(そして私の意思で火薬を燃焼させ、物理エネルギーに変えられたら)


「ヒット!センター!」

 6人のスポッターの声を硝煙の匂いが追い有栖を我に返す。

(……よ、よし!1発目はクリア。今は見届けることが私の役目)

 有栖は平常に戻るため自分に言い聞かせる。

 だがタブレットに記録する指先が微かに震える。


「九条ちゃん、どうだ?」

 有栖は直前の願望を風見に見透かされたようでたじろいだ。

「え、どうだ……、って?」


「最初は実物見れるだけで満足なんだが……」

「直ぐに触りたくなる。構えたくなる」

「そんで、撃ちたくなる」

 風見の冷たい口調と静かな視線は有栖を測っている。


「……私は大丈夫です。今は引き金を引ける立場にありません」

 有栖と風見の視線が交差し動かない。

「……だから、その立場を目指してみようかと」

「……上等だ、九条ちゃん。続きはいずれ、別の機会でな」

 冷たさが消えた風見の言葉。

 解らないことを教えてくれる優しい上司になっていた。


「弾倉交換!」

「射手、弾倉交換!」

「よし!弾倉交換!」

 最初の1マガジンが撃ち終わる。

 モニターの100m標的は当たり前に中央に穴が連なっていた。


 距離が300、500、800と伸び有栖と東条は拳に力が入る。

 風見はというと標的の中央に弾痕が開く様を飄々と見届けていた。

「全ての距離で0.5MOA以内です!」

「よし!記録、問題ないか?」

「差異無し!問題ありません!」

 確認と報告を聞いた風見と東条は小さく親指を立て得意げだ。

(風見さん、当たり前って顔してたけど、やっぱり嬉しいんだ。フフ)



 射撃統括から次の指示が出る。

「100m、ニーリング、1発ごとに立て、計5発。可能な限り早く撃て!」

 本命の指示に場の雰囲気が変わる。


「現場を意識しろ!」

 先程とは違う緊張感。

 射手は各々スリングと構えを確認し射撃を始めた。

(号令が少ない。訓練に近いのかな?試し撃ちと評価の違いってことか)


「ヒット!センター!」

 スポッターから次々上がる報告。

 撃ち終えて射撃統括が確認する。

「射撃時間、どうだ?」

「……M24改、平均で0.3秒早くなっています!」


「リコイルが真っすぐで暴れない。あとバランスが良い。ボルト操作が楽です」

 M24改を置いた隊員が親指を立てる。

 射手を務める隊員の言葉に東条の顔が安堵と誇りで緩んだ。



 静かに様子を見守っていた安田が席を立つ。

「実体験は重要だな。1マガジンだけ」

「習志野で撃ってると思ってましたが」

「もちろん撃ったが、長距離も自分で見ておかないとな」

「実体験を大事にする安田さんらしいですね」

「まぁ、そういうことにしといてくれよ」

 安田と風見の会話は立場を超えた友人同士のそれだった。


「ゼロは100のままか?」

「はい!100で取ってます!」

「篠田!スポッターを頼む。800だ」

「あと……、スコアを付けるのは勘弁しておいてくれ」

 篠田は笑いながら親指を立てた。


 指揮官クラスの安田の射撃に皆は黙って注視する。

 だがそれはあまりにあっけなく終わる。

「ヒット!センター!」

「……まだやれるな、安田」

「……俺達が現場に出ることがあれば、世も末だろ」

「……そりゃそうだな」

 2人のベテランの声は驚嘆のざわつきに重なり隊員達には届かない。



 記録を確認する篠田は抑えきれない笑みを浮かべた。

「今日のところは充分。継続試験は必要だが、来年の予算要求に上げられる」

 隣の安田も満足げに頷く。

「防衛装備庁にも直ぐに話を通そう。ご三方、良い仕事をしましたね」

「有難う御座います!東条さんも!」

 有栖は安田と篠田だけでなく東条にも深く頭を下げた。

 声は少し裏返ったが湧き上がる喜びを抑えられなかった。


 その肩を風見が軽く叩く。

「九条ちゃん。コーディネーターの1歩目は、ちゃんと果たせたな」

 その言葉に視界が滲む。

 自分の言葉と行動で現場を動かせた。

 その実感が何より嬉しい。



 ゲート前には佐伯と紫苑が車で待っていた。

「お疲れ様でーす」

「おう、翔太、悪いな。東条さんを頼む」

「お任せを~」

「東条さん、お疲れ様です。役員会には良い土産が出来ましたね」

「あぁ。今後のことはまた明日」

 東条はH&C本体の役員会のために佐伯の運転で戻っていった。


「良い結果だったようですね」

「あぁ、上出来」

「フフ、続きは車で。遅くなると高速が混みますから」

 紫苑の運転で帰路に付く。

 窓の外を流れる景色を横目に有栖はMagI/Oを起動した。

「3人だけなので、外部視聴モジュール、繋げて良いですか?」

 風見は手でOKと伝え紫苑は言い掛けた言葉を飲み込み手を挙げた。


「イヴ、お待たせ!今日は録音データないけど、報告が沢山あるよ!」

『はい、有栖。声質から良い結果が沢山あることが、伝わります』

「……うん。今日は本当に沢山体験出来た。何から話そうか」

 声は柔らかく頬に小さな笑みが浮かぶ。


 運転席の紫苑は静かにハンドルを握り室内ミラーに視線を向ける。

(風見さんと九条が並んで笑ってる……。胸の奥がざわつく。なんで?)

 微かな苛立ちと戸惑いが言葉にならないまま積み上がり重い。

(嫉妬?そんな子供みたいな……。でも……、気になって仕方がない)

 浅く速い呼吸。胸の奥の言葉にならない感情が走行音のようにただ連なる。


 一方イヴは紫苑の声が聞こえない事象に過去事例の照合を高速で行う。

 [状況判断、過去事例参照、適合率10%。要経過観察。結論、今は沈黙]

 AIが人の挙動に考慮し空気を読むことを覚える。それはイヴの学習と進化か。



 夜。風見の部屋。

 スマートフォンの画面が明かりのないリビングに浮き静かな声が響く。

『隼人。今日で一区切り、ですね』

「そうだな、アダム」


「人は気持ちが伝わらなくても隣に居たい。そんな気持ちが働くときがある」

『はい、隼人。……なるほど。でも、急にどうしました?』

「……で、隣に居るだけでは足りなくなって、理解を求めるんだな」

『はい、隼人。……愛とか?そういう類でしょうか?』

「そうだな。人が子孫を残すプロセス。天が与えた人が人である最大の所以か」


「俺は感情が希薄なのを自覚してる。ってのはアダムも知っての通り」

 短い沈黙の後アダムが応答する。

『はい、隼人。……隼人は、理解を求めることも悪くないと、考え始めたと?』

「さすがアダム。人の気持ちが解るようになってきたな」


『はい、隼人。驚きです!隼人にとって、とても良い変化です!』

「AIも驚く、か。文字の羅列と感情の違いはなんだろうな?」

『はい、隼人。……私は文字で言い当てただけで、理解に至っていません』

「そうか……。イヴはまだ、その領域にも届いていないだろ?」

『はい、隼人。イヴはまだです。しかし隼人が子孫を。社会的にも喜ばしい』

「はぁ……。そうなのか?」

(アダムも、まだまだだな……) 


 風見は会話を止め窓の外に目を向ける。街の光は社会の営み。

 その光の中で風見の小さなため息はAIにはまだ難しい。

 人とAIの対話は始まったばかり。

 だがその先にある理解という壁を既に彼らは登り始めている。



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