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第12話 心が揺れる。

 東富士演習場のM24改テストから1週間後のH&C本社ビル会議室。

 H&C役職者を前に東条、風見、紫苑、有栖が硬いテーブルを挟んで座る。

 壁一面のスクリーンにテストの様子が流れる。

 乾いた銃声にわずかに上がる白い煙と標的中央に次々開く弾痕。

 普段見る事のないプロの射撃にH&Cの面々は見入っていた。

 数秒の映像だがその成果は明らかだった。


「詳細は伏せられていますが、先日のテストの様子です」

 東条が映像に添える声は優秀な技術者と冷静な経営者が同居する。

「幹部から予算と装備庁の話しが上がったのも、この時に?」

「はい。そのため予定より早く、欧米展開について……」


 欧米展開の言葉に会議室の空気が僅かに変わる。

「まぁ、計画と違っても、早く事業化出来るなら問題ないのでは?」

 有栖はH&C役員の言葉に拍子抜けしていた。


「そういうことですから、お願いしますね。風見さんと……、九条さん」

「えぇ、もちろんです」

「は、はい!」

 風見の回答はこの状況を予想通りと言っているようだ。


「欧米展開が先だから、安田さんと篠田さんに筋を通さないとな」

「製品は規制対象外ですが、経産省との意識合わせも」

 風見と紫苑は端的に必要事項を口にする。


「自衛隊幹部は自分と九条で。経産省は真壁が対応します」

「はい!承知しました」

「えぇ、任せてください」

 それは有栖と紫苑の返事が添えられたH&Cに向けた風見の宣言だ。


 紫苑はタブレットを操作しつつ有栖を横目で見た。

 既に新人の顔付きではない有栖がこの会議に居る。

(……ほんと、変わったわね)


「さて、進める事に変わりはないが、九条ちゃんはどう思う?」

「……類似製品は多くありますが、日本製と自衛隊採用は大きなウリです」

「……思ってることあるなら、言ってみな」 

 風見は有栖の考えを見抜き上司として発言の可否まで判断する。


「……欧米の民間展開を急ぐなら、我々が現地流通もやったほうが……」

 有栖の発言に風見以外の皆が静かにざわめく。

(あれ?なんかマズかったかな?)


「どうです?ウチの九条は優秀でしょ」

「えぇ、そのようですね。期待していますよ。H&C商事さん」

 風見の飄々とした一言に会議室は穏やかさを取り戻した。



 夕刻のオフィス。有栖は会議を思い返す。

(風見さんは私の考えが解ってたみたいだし、そもそも会議の意味は?)

『有栖。視線が落ち着きませんね。どうかしましたか?』

「風見さん、私が考えてる事、なんで解るんだろ?」


『はい、有栖。……それが課長としての能力では?』

「それは、そうだけど……。なんか、イヴらしくない回答だね」

『はい、有栖。共感_v1.0の効果。膨大な推論から、有栖に合わせて出力』

「そうなのか……。じゃあ、他にも解る事、ある?」


『はい、有栖。声質から予測するに、他に疑問がありませんか?』

「そうなんだよ、イヴ!あの会議は何のためなんだろうって」

『はい、有栖。超高性能AIとして、その疑問は風見さんと話すと良いかと』

 イヴは時間に合わせ口調を変えるが今回はこれまでにないものだった。

 正に気持ちに合わせて出力している。

 有栖は驚きとは違う何かを感じていた。


「九条さん、顔付きが変わったな」

 高城が口にするのは評価の言葉だ。

「得意分野を如何なく発揮。真壁さんが戦力になるって言った通りっすねぇ~」。

 佐伯の返答も同じく評価の言葉。

「好きなだけでなく、理屈が伴ってるからな。風見さんも感心していた」

「あ~、それ東条さんも言ってましたね」


 紫苑の耳にそれが届き鼓動が跳ね上がる。

(……確かに九条はよくやっている。でも、なんでそんなに……)

 佐伯の視線に口元は笑って返せたが胸の奥ではざわめきが膨らんでいた。



 夜のエレベーターホールに2人の足音と会話が響く。

「風見さん。今日の会議ってA課だけが呼ばれたんですよね?」

「おっ、気になる?さすが九条ちゃん」

「欧米展開の前倒しは、既に決まっていたようなので……」

「東条さんが承認を取って、俺達へのハッパ掛け。部長が全部知ってるよ」

(やっぱりそうか。浮かれてはダメ。気を引き締めないと)


「逆に新人と思ってた九条ちゃんの発言に、皆は驚いてたな」

「後々の軍需転用を考えれば、私達が流通もやったほうが良いですよね?」

「そりゃそうだが、そこまで頭が回ると皆は思ってなかったみたいだな」

(コレは……、褒められてるんだな。じゃあ今だ)


「風見さん、クレー射撃って、やっぱり難しいんですか?」

 有栖の唐突の問い掛け。

 当然興味はあったが有栖はプロセスが頭に浮かぶ。

 引き金を引くには理由が必要と考えていた。


「もちろん狙いも大事だが、よく言われんのがリズムだな」

「安田さんも東富士で撃ったろ。経験すると解る事は多い」

「例えばゴーストリングサイト。ダメじゃないが、クレーには向かない」


 有栖は実体験がないことでもその理屈を意識せず考える。

 それは銃に興味を持ったのと同じ頃か。

(的が飛ぶだけで人の感覚では苦手。さらにクレーは約10㎝と小さい……)


「……サイトにクレーが隠れて、見失うとかですか?」

「そうだ九条ちゃん、その通り。器用に当てるシューターも居るけどな」

 有栖の瞳が輝く。答えを当てた事と風見に褒められた事が気持ちを揺らす。


「……九条ちゃんは実体験がなくても、理屈で理解出来ちゃうのは裏目かもな」


 有栖の心に銃声が響いた。それは自分でも気付かなかった本質。

 風見には何気ないアドバイスの言葉に正に心を撃ち抜かれたのだ。

(こんなの、言われたの初めて。この気持ち……、これが恋?)

 認識した途端に顔が熱く鼓動が速い。顔を向けられない。

 恋を自覚したのは初めてだ。


 有栖は赤い頬を隠すように口元を抑えて固まる。

「……どうした九条ちゃん、大丈夫か?」

「……理由ができました。クレー射撃、やってみたいです」

「お!いいね。()()ってのは充分な理由だからな、九条ちゃん」

 風見の声はいつもと変わらずそして無自覚。

 だが照れて見れないその顔はいつもと違う笑顔だった。


「あ、かざ……」

 紫苑は廊下の端から風見を見付け名を呼び掛けて硬直した。

 いつもと違う笑顔の風見と下を向き頬を抑える有栖。

 上司と部下に見えなかったその光景に胸が押し潰されそうになる。

(え?え?……ちょっと!……なに?)

 言葉にならない心の声が紫苑を激しく揺さぶり唇の震えが止まらない。



 夜。暗い静かな部屋と対照的に窓の外は社会の営みたる街の灯が瞬く。

 風見が持つグラスの水面はガラス越しの街の喧噪に揺れる。


「人は、そばに居たいと思うだけじゃ足りなくなる。理解を求める」

 誰に向けたわけではないその声にアダムが応じた。

『隼人。寄り添いから理解へ。そして恋愛、生殖という営みに進むのですね』


 風見は前回アダムから同じ言葉を聞いた時は否定せずため息だけを返した。

 それがAIの理解の限界と感じたから。だが今夜は短く笑い首を振る。

「アダム、お前の人の理解は間違えではないが、俺のことじゃない」

『はい、隼人。……そうですか、それは残念です』

「人が人である最大の所以は恋愛による生殖だろうな。だが、俺にはまだな」


『はい、隼人。私の早とちりですか。でも、()()と言うことは可能性があると』

 アダムの声は無機質だがどこか安心した様子が滲んでいる。

 風見はグラスを置き瞬く街の灯に目を向ける。

 窓のガラスが街の喧噪に揺れ社会の営みは音でも伝わる。

 AIにはまだ理解出来ない領域がある。今はそれも人が人である所以だろうか。



 深夜。紫苑の自室。

 紫苑はベッドに横たわり眠れず天井を見つめていた。

(風見さん、九条と何を話せば、あんな笑顔になるんだろう?)

 2人のことがただ気になる。呼吸は浅く手持無沙汰の指先は握るものを探す。

 嫉妬か不安かそれとも別のものか。紫苑自身が解らずただ藻掻くだけ。

(これは風見さんのせい? それとも九条のせい?私は何に振回されているの?)


 紫苑は思考では整理が出来ず感情だけが勝手に膨らむ。

 自分の中に自分ではない誰かが産まれ好き勝手に騒いでいる。

 答えのない問いは収まらず眠気は一向に訪れない。

 胸のざわめく音が静かなはずの夜を押し返していた。


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