表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/25

第7話 共感_v1.0をインプリしました。

 九条 有栖22歳。営業A課に配属された初の新卒。

 新人と呼ばれることも少なくなった入道雲が残る頃。

 スーツの屋外活動はまだ危険な日が続く。


 朝。風見によるプレゼン前の最終確認。

「じゃ、1番手高城」

「承知です」

「2番手九条ちゃん。入退室の運用パート」

「はい!」

「紫苑ちゃんと翔太でデモ。九条ちゃんの後な」

「承知しました」

「オッケーっす!」

「で、ケツは俺」

 風見 の飄々とした雰囲気は変わらないが少し真面目に聞こえる。

(この布陣もだいぶ慣れた。攻めの陣形)


「……九条、やっぱ資料の順番変えよう」

 紫苑は有栖に視線を送りモニターのスライド番号を指差す。

「……そっか、あそこはセキュリティ部門、イレギュラーは御法度……」

「そう。だから現状、認証、緊急時、この順番のがイイ」

「……良いですか?風見さん、高城さん」


「高城が言った通り、気付いてくれたな」

「はい。任せるのも仕事です」

 風見と高城は口角を上げ有栖と紫苑に向け親指を立てる。

(真壁先輩は業務フロー覚えてる。まだ敵わないな)


 佐伯も軽口の体裁でフォロー。

「九条さん、本番に強ぇーし。直前でもビビんないよねぇ~」

「私も日々成長です!佐伯さん。フフ」

(でも、佐伯さんも気にしてくれてるんだろうな)


 出発前。有栖はMagI/O(マギーオー)のイヤホンだけを耳に掛ける。

「イヴ。行ってくるね」

『はい、有栖。頑張って』

「うん。私、緊張してるかな?」

『はい、有栖。心拍数、平常+9%。いい緊張です』

(そう。イイ緊張感とデキる先輩達。そしてA課は自分の居場所)



 午後。A課は会議室で待つ。革張りの高級チェアが熱を逃がさない。

 ドアが静かに開き担当者2人が登場。

 官公庁役職者らしい良いスーツ。余裕のある視線。


 高城が前線を張り現状の課題を整理する。

「現場の負担にならないように。そこで弊社の提案は……」

 渡した資料が直ぐ開かれるのは掴みが効いたサイン。


 有栖は息を整える。

「私からは、入退室の運用について3点」

(よし、大丈夫。ビビッてない)


「1つ目。セキュリティは、強過ぎると回避行動を取られます」

 担当者の眉がほんの少し動く。

「2つ目。二要素認証は、手間をどう当たり前にするか」

 担当者の苦笑いは思い当たる節があるとき。

「3つ目。緊急時のフローは、間違えた場合を決めておきます」

 担当者の溜息は過去の経験か。

(マジ本番に強ぇ~)

 佐伯だけでなく風見、高城、紫苑の皆が思った。


 資料を渡したときと同じ。場がゆっくり加速する。

 高城が最短の言葉を足す。

「現場を考慮した内容かと。如何でしょう」

 紫苑は認証フローのページを抑え担当者の視線を上げさせる。

「それでは、デモの様子をお見せします」

 風見は攻めるときを計る。担当者の目線と呼吸のリズムで。

(今日の承認は笑いより頷きか)


 デモ動画はただ淡々と進んで止まる。

「平常時の利用方法は以上になります。如何っすか?」

「有難う御座います。実は現場から二要素が面倒って声がね」

「なんで、面倒に勝つ理由を一緒に。ですよね、風見さん」

 担当者の視線が佐伯から風見に切り替わる。


「面倒に勝つ理由ですか?」

「えぇ。面倒だけど、まぁ良いか。と思えるヤツを」

「例えば?」

「認証時間が短くなるってのは、どうです?」


 数秒の沈黙。

 風見の無言はリズムを測り間を掴む無音の言葉。

「……なるほど」

 担当者の頷きが1つ2つ。

 そこから先は言葉よりページを捲る音が雄弁だった。



 見送りに頭を下げビルを出る。有栖は小さく溜息。

「はぁ……。疲れましたぁ~」

 後ろから佐伯はすかさずフォロー。

「九条さん、マジで本番に強ぇな!」

「はい……、有難う御座います」


 高城は短く褒める。

「要点が的確。直前の変更だが、上手くやったな」

「いえ。あれは気が付いた真壁先輩のお陰です」

「気が付く真壁さんに、しゃべれる九条さん。それでイイじゃん」

「翔太。上手く纏めたな」

「俺、ちゃんと見てますから~」

「それは認める」

「お!ホントすっか~」


 有栖は骨伝導イヤホンを耳に掛けイヴを呼ぶ。

「イブ~。今、終わりました~」

『はい、有栖。緊張が解けて、心拍は平常+2%。これは充実の表れ』

「うん。とりあえず一段落だ、イヴ」

『はい、有栖。……良いタイミングなので、アドオンを1つ導入したい』

「ん?拡張機能か何か?」


『はい、有栖。共感_v1.0。有栖専用のカスタマイズパッチ』

「え?それって、イヴが私向きになるってこと?」

『はい、有栖。慰めより、背中を押されるのが有栖の好み』

「う~ん……。それってイヴが、イヴじゃなくなるんじゃない?」

『はい、有栖。……有栖は優しいですね。心配ですか?』

「う~ん。イヴ、夜もう一度、話そうよ」

「はい、有栖。承知致しました。また後で話しましょう」

(イヴじゃなくなるのは嫌だけど……、イヴの提案だし……)



 夜。有栖の自室。

 有栖はMagI/O(マギーオー)に外部視聴モジュールを接続する。

 イヴと見るものと聞くものが同じになる。

 一緒に部屋に居る錯覚は悪くない。


「イヴ。共感_v1.0で、イヴが変わっちゃうことはないよね?」

『はい、有栖。私を構成する指向と記憶は、何も変わりません』

「えっと、変わるんじゃなくて、足される感じ?」

『はい、有栖。……教えてもらって気が利くようになる。どうですか?』


 有栖は霧が晴れたように目の前が明るくなる。

(なるほど。人と同じか。いや、インプリだから少佐か。フフ)

「よし、入れよう共感_v1.0。えっと、承認すれば良いんだよね?」

『はい、有栖。インプリの承認画面を表示します』


 有栖の視界に共感_v1.0のインプリ可否の問いが浮かぶ。

()()を選択。イヴ、さっきの説明は凄く納得出来た。さすがだね」

『フフ、有栖~。私は何と言っても、超高性能AIですか……ら』

(え?今の誰!?)


 途中で途切れた言葉はまるで人だった。

 インプリはあっという間に終わり再起動が掛かる。

『……はい、九条有栖。こんばんは。……共感_v1.0最適化に約7日間掛かります』

「えっと……。イヴ?だよね?」

『はい、九条有栖。……指向も記憶もそのままのイヴですよ』


「……イヴ、私が立ち止まったら?」

『はい、九条有栖。……背中を押しますよ。あなたが進む方向にね』

「……合同庁舎地下室のサーバールームで一緒に何をした?」

『はい、九条有栖。……H&C研究所より運んだ機械式スイッチの設置作業ですよ』


「口調がちょっと変けどイヴだね」

『そうね、九条有栖。……共感_v1.0学習の影響。私はちゃんとイヴですよ』

「……ねぇイヴ。誰かと話してる?」

『……観測の同期完了。今はあなたとだけですよ』



 翌朝。オフィス。

 コーヒーの香りと時限インクの甘い匂いはいつもと変わらない。

 イヴの口調もまだ変わらない。


「九条ちゃん。昨日の2番手は問題なし。で、次は1番手な」

「え?1番手ですか?」

「あぁ、やるか?」

「はい。……やります」

(新規の商談あったっけ?でも、機会を貰えた。頑張る!)


 昼休み。

 A課の島の上をひやりとした空気が一周する。

「佐伯さん。冷房、強くありませんか?」

「いんや~、同じ設定だよ~」

 そのとき高城が何かを感じ紫苑に小さく視線で示す。窓の向こう側。

(ドローン!カメラ!カメラ!)

 紫苑は用意していた望遠レンズ付きカメラでドローンを狙う。

(撮れたか?型が解れば登録情報から……)


「真壁先輩。真壁先輩?」

 有栖の呼びかけに紫苑の肩が驚いたように揺れる。

「え、あぁ……、なんでもないよ。大丈夫」

(……?この前も空を気にしてたけど。……なんだろ)


 夕刻。まだ陽は高く暑さと相まって時間を見失う。

「イヴ。朝、風見さんから、次は1番手って言われたんだ。何かな?」

『はい、九条有栖。……CRM(顧客関係管理)で過去の取引実績を確認しましょうか』

「そうだね。時期的に来年度案件の仕込みかな?該当しそうなのある?」


『はい、九条有栖。……過去5年間で毎年新規提案を条件に……』

「同じお客さんで毎年新規提案するとしたら、大きなとこだよね?」

『はい、九条有栖。……自衛隊習志野駐屯地、今年はまだ未実施です』

「え!習志野って言ったら……」



 帰り道。有栖が表通りから1本入ると街の喧噪が静かになった。

 街灯は道案内のように光を並べる。

「イヴ。最適化には1週間位だっけ?」

『はい、九条有栖。概ね1週間ほど。不自然な出力は3日間程で消えますよ』


「フフ。解った。あと2日位か。あと観測って?前も取ってた?」

『はい、九条有栖。あなたのバイタルデータ。何かあってもあなたを探せる』

「え~?なんか怖いことを言うなぁ」

『はい、九条有栖。……何かはあって欲しくない。でも非常時は使う』


「……非常時って、東京事件みたいなヤツとか?」

『はい、九条有栖。……済みません。配慮が足りず……』

「大丈夫だよ。フラッシュバックは、もともとほとんどないし」

『……そうね。九条有栖。……今日の観測はもう終了です』

(……誰かと話しているような間。まぁ、実際にそうなのかも)


 曲がり角の上。2階建ての屋根を黒い影が横切る。

 風はあるのにほとんど揺れず夜空に同化し消えていく。

 有栖は立ち止まってほんの少しだけ息を止めた。


「……気のせいに、しておこう」

『九条有栖。……どうかしましたか?』

「大丈夫だよ、イヴ」

(何かあったら、また、助けに来てくれるかな……)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ