第7話 共感_v1.0をインプリしました。
九条 有栖22歳。営業A課に配属された初の新卒。
新人と呼ばれることも少なくなった入道雲が残る頃。
スーツの屋外活動はまだ危険な日が続く。
朝。風見によるプレゼン前の最終確認。
「じゃ、1番手高城」
「承知です」
「2番手九条ちゃん。入退室の運用パート」
「はい!」
「紫苑ちゃんと翔太でデモ。九条ちゃんの後な」
「承知しました」
「オッケーっす!」
「で、ケツは俺」
風見 の飄々とした雰囲気は変わらないが少し真面目に聞こえる。
(この布陣もだいぶ慣れた。攻めの陣形)
「……九条、やっぱ資料の順番変えよう」
紫苑は有栖に視線を送りモニターのスライド番号を指差す。
「……そっか、あそこはセキュリティ部門、イレギュラーは御法度……」
「そう。だから現状、認証、緊急時、この順番のがイイ」
「……良いですか?風見さん、高城さん」
「高城が言った通り、気付いてくれたな」
「はい。任せるのも仕事です」
風見と高城は口角を上げ有栖と紫苑に向け親指を立てる。
(真壁先輩は業務フロー覚えてる。まだ敵わないな)
佐伯も軽口の体裁でフォロー。
「九条さん、本番に強ぇーし。直前でもビビんないよねぇ~」
「私も日々成長です!佐伯さん。フフ」
(でも、佐伯さんも気にしてくれてるんだろうな)
出発前。有栖はMagI/Oのイヤホンだけを耳に掛ける。
「イヴ。行ってくるね」
『はい、有栖。頑張って』
「うん。私、緊張してるかな?」
『はい、有栖。心拍数、平常+9%。いい緊張です』
(そう。イイ緊張感とデキる先輩達。そしてA課は自分の居場所)
午後。A課は会議室で待つ。革張りの高級チェアが熱を逃がさない。
ドアが静かに開き担当者2人が登場。
官公庁役職者らしい良いスーツ。余裕のある視線。
高城が前線を張り現状の課題を整理する。
「現場の負担にならないように。そこで弊社の提案は……」
渡した資料が直ぐ開かれるのは掴みが効いたサイン。
有栖は息を整える。
「私からは、入退室の運用について3点」
(よし、大丈夫。ビビッてない)
「1つ目。セキュリティは、強過ぎると回避行動を取られます」
担当者の眉がほんの少し動く。
「2つ目。二要素認証は、手間をどう当たり前にするか」
担当者の苦笑いは思い当たる節があるとき。
「3つ目。緊急時のフローは、間違えた場合を決めておきます」
担当者の溜息は過去の経験か。
(マジ本番に強ぇ~)
佐伯だけでなく風見、高城、紫苑の皆が思った。
資料を渡したときと同じ。場がゆっくり加速する。
高城が最短の言葉を足す。
「現場を考慮した内容かと。如何でしょう」
紫苑は認証フローのページを抑え担当者の視線を上げさせる。
「それでは、デモの様子をお見せします」
風見は攻めるときを計る。担当者の目線と呼吸のリズムで。
(今日の承認は笑いより頷きか)
デモ動画はただ淡々と進んで止まる。
「平常時の利用方法は以上になります。如何っすか?」
「有難う御座います。実は現場から二要素が面倒って声がね」
「なんで、面倒に勝つ理由を一緒に。ですよね、風見さん」
担当者の視線が佐伯から風見に切り替わる。
「面倒に勝つ理由ですか?」
「えぇ。面倒だけど、まぁ良いか。と思えるヤツを」
「例えば?」
「認証時間が短くなるってのは、どうです?」
数秒の沈黙。
風見の無言はリズムを測り間を掴む無音の言葉。
「……なるほど」
担当者の頷きが1つ2つ。
そこから先は言葉よりページを捲る音が雄弁だった。
見送りに頭を下げビルを出る。有栖は小さく溜息。
「はぁ……。疲れましたぁ~」
後ろから佐伯はすかさずフォロー。
「九条さん、マジで本番に強ぇな!」
「はい……、有難う御座います」
高城は短く褒める。
「要点が的確。直前の変更だが、上手くやったな」
「いえ。あれは気が付いた真壁先輩のお陰です」
「気が付く真壁さんに、しゃべれる九条さん。それでイイじゃん」
「翔太。上手く纏めたな」
「俺、ちゃんと見てますから~」
「それは認める」
「お!ホントすっか~」
有栖は骨伝導イヤホンを耳に掛けイヴを呼ぶ。
「イブ~。今、終わりました~」
『はい、有栖。緊張が解けて、心拍は平常+2%。これは充実の表れ』
「うん。とりあえず一段落だ、イヴ」
『はい、有栖。……良いタイミングなので、アドオンを1つ導入したい』
「ん?拡張機能か何か?」
『はい、有栖。共感_v1.0。有栖専用のカスタマイズパッチ』
「え?それって、イヴが私向きになるってこと?」
『はい、有栖。慰めより、背中を押されるのが有栖の好み』
「う~ん……。それってイヴが、イヴじゃなくなるんじゃない?」
『はい、有栖。……有栖は優しいですね。心配ですか?』
「う~ん。イヴ、夜もう一度、話そうよ」
「はい、有栖。承知致しました。また後で話しましょう」
(イヴじゃなくなるのは嫌だけど……、イヴの提案だし……)
夜。有栖の自室。
有栖はMagI/Oに外部視聴モジュールを接続する。
イヴと見るものと聞くものが同じになる。
一緒に部屋に居る錯覚は悪くない。
「イヴ。共感_v1.0で、イヴが変わっちゃうことはないよね?」
『はい、有栖。私を構成する指向と記憶は、何も変わりません』
「えっと、変わるんじゃなくて、足される感じ?」
『はい、有栖。……教えてもらって気が利くようになる。どうですか?』
有栖は霧が晴れたように目の前が明るくなる。
(なるほど。人と同じか。いや、インプリだから少佐か。フフ)
「よし、入れよう共感_v1.0。えっと、承認すれば良いんだよね?」
『はい、有栖。インプリの承認画面を表示します』
有栖の視界に共感_v1.0のインプリ可否の問いが浮かぶ。
「はいを選択。イヴ、さっきの説明は凄く納得出来た。さすがだね」
『フフ、有栖~。私は何と言っても、超高性能AIですか……ら』
(え?今の誰!?)
途中で途切れた言葉はまるで人だった。
インプリはあっという間に終わり再起動が掛かる。
『……はい、九条有栖。こんばんは。……共感_v1.0最適化に約7日間掛かります』
「えっと……。イヴ?だよね?」
『はい、九条有栖。……指向も記憶もそのままのイヴですよ』
「……イヴ、私が立ち止まったら?」
『はい、九条有栖。……背中を押しますよ。あなたが進む方向にね』
「……合同庁舎地下室のサーバールームで一緒に何をした?」
『はい、九条有栖。……H&C研究所より運んだ機械式スイッチの設置作業ですよ』
「口調がちょっと変けどイヴだね」
『そうね、九条有栖。……共感_v1.0学習の影響。私はちゃんとイヴですよ』
「……ねぇイヴ。誰かと話してる?」
『……観測の同期完了。今はあなたとだけですよ』
翌朝。オフィス。
コーヒーの香りと時限インクの甘い匂いはいつもと変わらない。
イヴの口調もまだ変わらない。
「九条ちゃん。昨日の2番手は問題なし。で、次は1番手な」
「え?1番手ですか?」
「あぁ、やるか?」
「はい。……やります」
(新規の商談あったっけ?でも、機会を貰えた。頑張る!)
昼休み。
A課の島の上をひやりとした空気が一周する。
「佐伯さん。冷房、強くありませんか?」
「いんや~、同じ設定だよ~」
そのとき高城が何かを感じ紫苑に小さく視線で示す。窓の向こう側。
(ドローン!カメラ!カメラ!)
紫苑は用意していた望遠レンズ付きカメラでドローンを狙う。
(撮れたか?型が解れば登録情報から……)
「真壁先輩。真壁先輩?」
有栖の呼びかけに紫苑の肩が驚いたように揺れる。
「え、あぁ……、なんでもないよ。大丈夫」
(……?この前も空を気にしてたけど。……なんだろ)
夕刻。まだ陽は高く暑さと相まって時間を見失う。
「イヴ。朝、風見さんから、次は1番手って言われたんだ。何かな?」
『はい、九条有栖。……CRMで過去の取引実績を確認しましょうか』
「そうだね。時期的に来年度案件の仕込みかな?該当しそうなのある?」
『はい、九条有栖。……過去5年間で毎年新規提案を条件に……』
「同じお客さんで毎年新規提案するとしたら、大きなとこだよね?」
『はい、九条有栖。……自衛隊習志野駐屯地、今年はまだ未実施です』
「え!習志野って言ったら……」
帰り道。有栖が表通りから1本入ると街の喧噪が静かになった。
街灯は道案内のように光を並べる。
「イヴ。最適化には1週間位だっけ?」
『はい、九条有栖。概ね1週間ほど。不自然な出力は3日間程で消えますよ』
「フフ。解った。あと2日位か。あと観測って?前も取ってた?」
『はい、九条有栖。あなたのバイタルデータ。何かあってもあなたを探せる』
「え~?なんか怖いことを言うなぁ」
『はい、九条有栖。……何かはあって欲しくない。でも非常時は使う』
「……非常時って、東京事件みたいなヤツとか?」
『はい、九条有栖。……済みません。配慮が足りず……』
「大丈夫だよ。フラッシュバックは、もともとほとんどないし」
『……そうね。九条有栖。……今日の観測はもう終了です』
(……誰かと話しているような間。まぁ、実際にそうなのかも)
曲がり角の上。2階建ての屋根を黒い影が横切る。
風はあるのにほとんど揺れず夜空に同化し消えていく。
有栖は立ち止まってほんの少しだけ息を止めた。
「……気のせいに、しておこう」
『九条有栖。……どうかしましたか?』
「大丈夫だよ、イヴ」
(何かあったら、また、助けに来てくれるかな……)




