第5話 とらやと、KTMと、SILVAと、Remingtonと。
合同庁舎ネットワーク機器不正アクセス事件。
A課が先日遭遇した霞が関ハッキング事件。
世間には報道されず4日間が過ぎた土曜日の執務室。
A課の島だけがいつもと違う活気に包まれていた。
警察と政府機関による取り調べはしばらく続きそうだ。
だが顧客は待ってはくれない。
A課は翌週の新規案件商談に向け資料作成を進めていた。
有栖はモニターを前に慎重に数字を修正していく。
イヴはMagI/Oで有栖の視界に資料を次々浮かばせる。
紫苑がモニターを覗き込み一箇所を示した。
「ここ、前提が違う。提案書に沿って直して」
「……あ、はい!」
有栖の声には緊張と同時に充実感が混ざっている。
「イヴ。例えばコレをイヴにお願いしたら、どのくらい?」
『はい、有栖。20秒です』
イヴの声はオープンモードで皆に聞こえる。
「くっ……、20秒。流石にそれは無理だけど……、負けねー」
『はい、有栖。その意気です。今はプロセスの理解と習得が優先』
「お~、イヴが九条さんの教育担当か~」
「佐伯さん!からかわないでください!」
「でもプレゼン資料を皆で作るの、悪くない。ちょっと懐かしい」
A課は事実、特殊な課だ。
小規模案件なら単独で完結させることが多い。
だが新規や大型は個々の得意分野を束ね特殊部隊のように動く。
周囲から特攻野郎Aチームと呼ばれる所以だ。
「よし。弾薬補充」
「羊羹はとらやだよなぁ、高城~」
「はい、風見さん。マッチグレードです」
「高城さん、それ、面白いです」
有栖が小さく吹き出した。
時計は11:00過ぎ。紫苑はマウスを操作し保存ボタンを押す。
「よし、予定より早く完了。お疲れ様です」
「やった……!」
有栖の表情が緩む。達成感が胸の奥に灯る。
「皆さん、夕方までどうします?」
「私はバイク置いてるガレージカフェに行くけど、車なら皆もどう?」
「お、普通のお店じゃないよね?賛成」
佐伯が声を弾ませた。
午後、郊外のカフェ併設ガレージ。
少し古い一軒家を改装したカフェ。
コーヒーの香りとオイルの匂いが混ざり合う。
玄関前では自慢のバイクの横で談笑するグループ。
広い庭には1階がガレージになった横長の2階建て。
紫苑はその1つをKTMのために借りていた。
紫苑がシャッターを上げると2台のKTM。
「キレイな250 EXC見付けちゃって。今時2stは貴重だから」
「真壁先輩、KTM2台持ちなんて贅沢ですね」
「SUPER DUKEは学生のとき、レースクイーンのバイトで買ったんだ」
「え!そんなことしてたんですか!?」
「実家は場所なくて。ガレージ代払って、私は実家に居座って」
「流石……。思った以上に、入れ込んでますね」
「エンデューロかぁ。林道も?」
「あら?佐伯さん、解るんですか?たまに行きますよ」
「小生!キャンプが趣味!コンパスと地図だけで登山も!」
「えぇー、ホントですかぁ~」
「九条さん、疑ってるねぇ?電子機器なんて電池切れたら終わり~」
佐伯はそう言いポケットからコンパスを取り出す。
「そういえば、いつも持ち歩いてましたよね」
紫苑は佐伯の机の上で同じコンパスを見たのを思い出した。
「そう、SILVAのNo.7。俺のお守り」
「コンパスなら電池切れなし。羊羹は俺の電池」
「高城さん、さっきは弾薬って。でもサバイバルツールなのは確か」
笑い声が広がり会話はさらに弾む。
「でも最近は、文明の利器を取り入れてみようかと思っとります!」
「佐伯さん。……と、申しますと?」
「真壁さん。林道走るとき、ご飯は?」
「コンビニオニギリとか?でもカップ麺を食べたとき、スゴク美味しくって!」
「それ!調理する、火を使う、自分で獲る。狩猟やってみるかって」
佐伯がさらりと口にした瞬間、全員が驚いた。
「佐伯さんも狩猟ですか!?」
「も、って、九条さんも狩猟に興味あんの?」
「いえ……、私は道具の方に。その……、銃が好きで」
一拍置いて、空気が止まる。
「えっ!?」
佐伯と高城は驚く。
「あぁ~、やっぱりな……」
風見は納得。
「アハハハハー、言っちゃた―」
紫苑は手を叩いて喜ぶ。
「……M700系とM3、あとM1911系が特に……」
「風見さん。BenelliのM3は去年、首都警備用で入れましたよね」
「あぁ。ボルトアクションはないが……。高城、Kimberは来年か?」
「はい、予定では。九条さん。Kimberなら 来年、調達掛かるかも」
「え!高城さん!それ本当ですか!」
「高城、あれ、シングルかダブル、決まったのか?」
「そこがまだで。現場も上層部もそれぞれ意見があって……」
「九条ちゃん。どうするよ?」
「……両手保持が基本なら、ダブルでも問題ないかと」
「……なるほど。その線で、もう一度話をしてみよう」
「へぇ~。九条さん、それ、装弾数のことでしょ。具体的だねぇ」
「想定する運用方法が裏付けの意見。とても参考になるよ」
「そうだな。次は九条ちゃんに担当してもらうか」
「あ、ありがとうございます……」
「九条のガンマニアっぷりはガチ。必ずA課の戦力になりますよ」
有栖は皆の反応が、素直に嬉しかった。
風見も高城も佐伯も紫苑も確実に有栖の背中を押していた。
「そういえば、風見さん、なに使ってるんすか?」
「え!風見さん、もしかして所持許可者ですか?」
「風見さん、狩猟と射撃やってる~」
「え!何使てるんですか!」
「Remington M700……」
「あとは!?」
「Benelli M3……」
「ほかには!?」
「Coltの……」
「マジですかっ!」
「……は、嘘でミロク6000。ちょっと古い上下二連の」
「うわ~、見たいっ見たいっ見たい!風見さん!」
『有栖、落ち着いて』
「九条、落ち着いて」
イヴは母親が子供をなだめるように。紫苑は半笑いだった。
(いつも飄々とやり過ごす、あの風見さんが押されている……)
高城は目の前の出来事に動揺。だが次の瞬間に現実を受け入れる。
(とんでもないヤツが来た。彼女はホンモノだっ)
フルオート連射の有栖を見て高城はなんとか話題を変えようとした。
「真壁さんの、SUPER DUKE、1390?1290?」
急に振られたが紫苑も察したようだ
「せ、せんさんびゃくきゅうじゅう」
「……2輪は疎いけど4輪は少し。以前はレースを。X-BOWに憧れた」
「X-BOW!これはまた……」
「ん?今度は何ですか?」
有栖の射線を逸らすのに、何とか成功したようだ。
紫苑がふと有栖に問いかけた。
「今日はレイカーズのWeaponね」
「はい!」
「真壁先輩のは?」
「もちろん。今も大事にしてるよ」
まだ互いを知らない頃。復刻モデル発売日の行列。
紫苑の前に並んでいたのは有栖だった。
時が経ち大学ですれ違ったそのとき互いの足元を見て驚いたあの日。
「あれ?もしかして、あのときのポニテちゃん?」
「え?あのときのキレイなお姉さん?」
「懐かしいですね、4年も前です」
『はい、有栖。今も先程も音声パターンから幸福度上昇を検知』
「まぁ、好きな物だからね」
『はい、有栖。ただ、先程とは波形が違います』
「それは好きなものでも、銃とスニーカーで違うってことか」
紫苑はうっかり、銃と口走ってしまった。
「あ~、ダメですよ~、高城さんがせっかく射線を逸らしたのに~」
「あ、やべっ!てへぺろっ」
佐伯のツッコミに紫苑のオチ。皆の笑い声が大きくなる。
カフェの窓際。午後の柔らかな光。
グラスの氷を解かしカトラリーと音を奏でる。
有栖は胸の奥に芽生えた感情を整理していた。
(入社からあっという間。皆の仕事ぶりとイヴに驚き、一生懸命追いかけた)
(ついこの間の不正アクセス事件。不謹慎だけどあれは転機だったな)
(イヴの助けもあったけど、自分もAチームの一員になれた気がする)
有栖はA課メンバーと一緒に立つ喜びをこれまでになく実感していた。
「なあ、九条さん。ちょっと良いか?」
佐伯が何時になく真剣な目を向けてきた。
「狩猟って、命の駆け引きじゃん」
「そうですね。無益な殺生はしない。だから食べる。と聞きました」
「それ。人は生きるのに、動物の命を頂く必要がある」
「……人の業、でしたっけ」
「ま、正当な利用を付けたいだけかもねぇ~」
佐伯は照れ隠しのように笑った。
有栖はその横顔に見た目の柔らかさと裏腹な強い芯を感じ取る。
「九条さんは、なんで銃に興味を?」
「正直よく解らないんです。小学生の頃から急にで」
「目覚めちゃったのか」
「戦いたいとかはないです。ただ、そのプロセスに」
「プロセス?引き金引いて、撃発して、火薬が燃えて、とか?
「はい。燃焼ガスが弾を打ち出し、部品を動作させ、次弾を装填、次に備える」
「……」
「そのきっかけを判断するのが人。っていうのが」
「ふ~ん、なんか哲学っぽいね」
「でも、両親には心配されて。小学生の娘が急に銃が好きだと言えば……」
高城は羊羹の包みを指で弾きコーヒーを一口。
「営業は戦い。戦うための武器が知識や資料で、甘味はその弾薬」
「頭に糖分は必要ですしね」
「そう。真壁さんの弾薬は?」
「私も糖分です。頭だけに働いてくると、嬉しいんですけどねぇ」
風見が飄々と笑い口を挟む。
「羊羹じゃ敵は倒せないな。ソフトポイントでも柔らかすぎる」
「なら、装備の方ですかね、風見さん。ソフトアーマーとか?」
「風見さんと高城さんの話、やっぱりそっちですか。フフ」
[A課相関図を更新。人と人の関係は、とても複雑]
イヴは人と人の関係を構造化して捉え初めていた。それは進化だろうか。
紫苑は夕暮れの空をゆっくり見渡す。
そのとき幹線道路から少し入った住宅街を抜ける影。
(交通情報用ドローン?車が少ない住宅街で?)
一瞬だけ不穏なものが過ぎる。
「……いや、誰かを見てる?」
「真壁先輩、移動しますよー。……どうしましたー?」
有栖の声に紫苑は笑顔を作って首を振った。
「あ、あぁ……。なんでもないわ」
「さて、夜はヤキニク。ですよね、風見さん」
「風見さーん!ごちそうさまー」
「まだ食ってねーよ。礼が早ぇーって」
『はい、有栖。幸福度、また先程と違う波形ですね』
イヴのオープンモードの声も少しトーンが違う。
笑い声がカフェを満たす。
だがその夜のカレー事件をまだ誰も知らない。




