第4話 眼前のゼロイン・撃発
駐輪場にSUPER DUKE 。紫苑がヘルメットを投げる。
「九条!私に抱き着いて!体が離れると車体が安定しない!」
「は、はい!」
「ヘリテイジ!大井埠頭のH&C研究所までナビを!」
紫苑はスマートフォンに呼掛けヘルメットに近付ける。
「はい、紫苑さん。リンク確立。ナビ開始します」
Vツインエンジンの不等間爆発は車体を弾くように押し出す。
だがタイヤは宙を浮かず車列の隙間をキレイに縫う。
(山手通りから環七までダメだ。ココをどう抜けるかが勝負か)
『紫苑さん。残り3時間20分です』
ヘルメットのスピーカーが紫苑にヘリテイジの声を伝える。
「ヘリテイジ!戸越銀座から環七までは裏道で!」
『はい、紫苑さん。大井町、大森周辺を経由。腕の見せ所です』
「上等!早くしないと戸越銀座を過ぎちまうよ!」
紫苑にしがみつく有栖にMagI/Oが拾った声が僅かに届く。
(真壁先輩、バイクだと性格変わる噂、本当だ。操ってる)
(よし!環七に入る前に15号を跨げた!もう少し!)
紫苑は商店街と住宅街を巧みに縫いルートの難関を抜けた。
大井埠頭の倉庫街にあるH&Cの研究所。
塀とゲートは高さ3mはあろうか。中は見えない。
「イヴ!着いたよ!どうすれば良い?」
『はい、有栖。ゲート守衛所でスマートフォンの画面を提示』
有栖は守衛所に駆け寄りスマートフォンの画面を見せる。
「えっと、H&C商事の……」
「あぁ。……そのマイクに」
数字の羅列を見た守衛は直ぐに事情を理解しマイクを指差した。
スマートフォンから短いビープ音。続くイヴの声。
『モニターサポートユニットのイヴです』
「……はい、認証しました。H&C商事の九条さんと真壁さんですね」
直ぐに台車を押す白衣の職員と脇を固める警備員が表れた。
「九条さんですね。これです、持てますか」
何とか抱えられるペリカンケース。
「必要な物は全て中に。使いかたはイヴが教えてくれます」
「設置作業までケースは開けずに。60cmまでは落下に耐えます」
「他に聞きたいことは?」
「あ、いえ……。大丈夫です」
「なら、急いで。皆が待っているんでしょう」
「はい!有難う御座います!」
『有栖。残り2時間50分です』
「九条、ケース貸して。タンクに固定するから」
「え?どうやって……」
「九条が背負うと揺れが大きい。こういうときのためにね」
紫苑が持つのは衝撃吸収マットとラチェットが付いた固定ベルト。
「タンクとフレームにキズか。修理代は経費扱いね」
紫苑は衝撃吸収マットをタンクとケースで挟みベルトで固定。
「よし、急ごう!」
「はい!」
有栖はタンデムステップの足に力を込める。
「イヴ。全部あなたが準備してくれたの?」
『はい、有栖。私にはH&C研究員の権限が付与されています』
「なんか、予見してたみたいだね」
『はい、有栖。……天の声が聞こえました』
帰りの紫苑は来たとき以上に集中している。
(揺れは九条にもスイッチにも負担が。リアブレーキとクラッチで……)
(凄い。行きより揺れが少ない。ホントに運転上手いんだ)
『有栖。残り2時間5分。揺れは許容範囲』
合同庁舎に戻ると皆が作業の準備を終わらせていた。
設置作業のための埃と静電気対策。
有栖がケースを開けるとゲル状緩衝材に包まれた真空パックが3つ。
『有栖。機械式スイッチと、接続用と調整用AD変換機です』
「OK、イヴ。スイッチとスマホに調整用AD変換機を繋げるよ」
『はい、有栖。ロック解除、変換式テスト。……サンプリング完了』
有栖は深呼吸を1回。
「イヴ、私がやるんだよね?」
『はい、有栖。落ち着いているでしょう』
「うん、悪くない。……よし!イヴ、時間配分、計算して」
『はい、有栖。残り1時間50分。AD変換機接続に20分……』
『……左上から右下に8×4の順でオーバーレイ表示……』
『……接続順に指示。端子ID確認後に挿入』
イヴのサポートが網膜投影ディスプレイを介し視界に重なる。
有栖は静電気防止手袋をはめ、端子を1つずつ抜き差しする。
カチっと噛む感触。
1本ごとにIDを読み、佐伯が記録する。
設置作業の本命。チューニング作業に入る。
有栖がスイッチ外装を外すと極小のパーツが波紋のように脈打つ。
これまで見た機械とも電子機器とも違う異質。
『有栖。残り1時間25分』
予定より時間が掛かった。
(ケーブル32本、スイッチ32個。1個3分弱。ビビるな、大丈夫)
『有栖、調整ネジは100クリック1回転、1回転0.01mmです』
「イヴ。感覚掴むのに適当なネジ回すけど平気?」
『はい、有栖。まずは感覚を掴みましょう』
「……イヴ、クリック感ないからオーバーレイで角度表示を」
『はい、有栖。オーバーレイで角度表示します』
「……よし、始めよう。イヴ」
『チューニング開始。上から1列目、左から1つ目……』
『……噛み代0.0650から0.0645mmへ。ドライバー左に18度』
「……」
『……上から2列目、右から1つ目、16番スイッチ。2列目最後……』
「……了解」
0.001 mm以下の作業が続く。
有栖はドライバーの柄を指で挟みゆっくりと絞る。
AD変換機をイヴが読み、調整が決まるとノイズが消える。
スイッチから澄んだ音が微かに聞こえる。
『残り40分。あと半分』
(疲れる……。でもコツは掴めた。大丈夫)
『……上から4列目、右から2つ目、31番スイッチ』
『カム角0.118から0.125°、抵抗増加注意。固定出来たら次……』
首と肩が張り緊張と疲労で視界が霞む。
汗でドライバーが滑り指が止まる。
『……有栖、……背中を押しますか?』
そのとき有栖の背後から声が掛かる。
「九条ちゃん、平気か?」
「えぇ?風見さん、どうして?」
「時間過ぎても連絡ねぇし。で、イヴと紫苑ちゃんから連絡」
「あ、私が連絡しなくちゃいけないのに……」
「で、念のため取ってた入館証で来たわけだ」
「風見さん、急に別件で呼ばれましたし……」
「バテてんな。じゃ、300m先の1inの修正、三角関数な、角度は?」
「300m先の1in?ライフルですか?」
『有栖。銃口角度で約0.00485度です』
イヴがオープンモードで即答した。
「それ。ライフル撃つとき毎回。そいつのチューニングより細けぇだろ」
有栖は一瞬きょとんとして短く笑った。
「フフ、じゃあ、次はライフルのゼロインで」
「それとイヴ、今ので大丈夫っ」
『はい、有栖』
『有栖。残り150秒。最後の1つです』
終わる。終わらせる。頬を叩き再びドライバーを摘まむ。
進み過ぎたカム角を0.005°戻し固定。
『残り27秒。閉路完了。安定化まで10秒』
「アナログメーター、オールグリーン!アラート表示、全て消えました!」
H&Cの技術者が叫ぶ。
「よし!皆!部屋を出ろ!早く!」
田中は皆が部屋を出るのを見届け、最後にサーバールームを飛び出した。
サーバールームの扉が閉まりロックが掛かる音。
絶え間なく聞こえたファンの音も消え一気に静寂に包まれる。
田中と高城はステータス画面を確認し安堵の溜息だ。
「やるじゃん!九条」
紫苑が笑顔で親指を立てる。
「九条さん、本当によくやった」
高城の声は少し高い。
サーバールーム前でへこたれるA課に皆が頭を下げる。
『よくやりました、有栖。私も有栖の成長に付いていくのが大変です』
オープンモードのイヴの声もいつもより跳ねている。
「フフ……。みんなに聞こえると、照れるね」
いつも飄々としている風見も安堵の表情。
「間に合った!A Teamの面子は維持。いや上がったか!」
佐伯はいつもの佐伯節が戻っていた。
軽口の温度は少し上がり、MP5の銃口は今日一番低い。
サーバーが何を担っているかはA課には知らされない。
だがロックダウンまでに辿り着いた復旧が結果の全てだ。
『有栖。通信も調整も最後は物理。これは格言テンプレに』
「アハハ!うん、お願い。イヴ」
帰路のA課は甘いもの談義が弾む。
「九条。今日はご褒美に甘いものね」
「真壁先輩、賛成!イヴもそう思うよね?」
『はい、有栖。脳の疲労に甘いも。これは理屈ではありません』
「洋か和か……」
「え!高城さんも甘い物好きなんですか?」
「今日はカレーじゃなくて甘いもの~」
「佐伯さん、なんでカレー?」
「九条、それ今度話す。事件になる前に」
「え?え?なんですか、それ?」
笑いがいつもの温度を取り戻す。
その頃。H&C研究所一角の制限区域。
「警戒してたが、更新日に仕掛けてくるとは」
「で、最終物理防壁で、今日点検になるようにしたと?」
「イヴの第六感モジュールに意思介入もしてな」
「でも、他にないっていっても、マジで機械式か。スゲーな」
「ああ。能力の高さ故だ」
「……でも、先に進めることになるな、こりゃ」
「あぁ。プロジェクトの一環でも、流石に気乗りしねー」
有栖達に聞こえるのは共に困難を乗り越えた仲間達の声。
『有栖。有栖が動くなら、私が助ける』
「了解。もし止まったら?」
『背中を押。有栖が進む方向へ』
いつもと同じ返事が少し違って聞こえた。




