第22話 メビウスの輪
年末。営業日もあと2日間となった午前。
有栖と風見は習志野駐屯地正門前に立っていた。
今日はRaijin Arms欧米展開の報告だ。
冷たい風が手の甲を刺す。
有栖は20式を抱える警備隊員の一点に注目していた。
(最新MECHANIX電熱グローブ……、どこで買えたの!)
隊員は有栖に見つめられ照れと緊張で固まっている。
(……九条ちゃん、自覚ないからなぁ。見てんのはグローブか?)
そのとき有栖のスマートフォンが震える。
「あ、風見さん。東条さん、もうすぐだそうです」
「あれだ。解り易いなぁ」
風見の視線の先にある年代物のJaguarが正門前で停まる。
開きかけのドアから東条の声が聞こえる。
「間に合った!ゴメンね!」
「スゴイ!XJ-S12!走ってるの初めて見ました!」
「九条さん、よく知ってるね。今度ウチの妻に色々教えてやってよ……」
「ようこそ」
案内された会議室で安田と篠田が待っていた。
汚れはないが事務仕事では付かない擦れのある迷彩服。
「年末なのに済みません。安田さん、篠田さん」
風見と有栖そして東条が頭を下げる。
「お互いに忙しい身ですから。さっそく本題に」
篠田は風見達に着席と打ち合わせの開始を促す。
「改めて。安田さん、篠田さん。今回は有難う御座います」
「東条さん。以前もお伝えしたが、お互いやるべきことをやった。でしょう」
東条も解っているが黙って頭を下げる。それが礼だから。
「試験を兼ね、M24改は市街地訓練を進めているよ」
「頑丈だが、やはりオールチタンは重いとの声が多いな」
「本採用時は、バランスを変えずに軽量化が必須。頼めますか?」
「加工か素材の変更か、方法はあります。任せてください」
東条の言葉に、安田と篠田は笑みで返す。
「現場の声は以上。風見さん、民間の進み具合は?」
自衛隊の調達時期にも影響するもう1つの本題。
「欧米でメジャーな射撃競技選手2人を支援することに」
「風見さん。ちなみにその競技とやらは?」
「F-TRです。九条、頼む」
「はい。口径は.308と.223。補器はバイポッド。重量制限あり」
「参加コストが低く、競技者が多いんです。もちろん欧米の話しですが……」
「なるほど……。好きにやってるベテランと……」
「……伸びしろがある若手。ですか?」
有栖と東条は安田と篠田の言葉に驚いた。
「……その通りです。なんで……」
「一応、組織を動かす立場なんでね。なぁ、篠田」
「そうですね。安田も自分も、人を見る目は相応に」
「その2人と話が付いて、競技用としてレポートを」
(安田さんと篠田さん、欧米展開のときと同じ。解ったって顔してる)
「ご三方。引き続き宜しくお願い致します」
安田と篠田が揃って頭を下げる。
東条、風見、有栖もそれに応え頭を下げる。
Raijin Armsシャーシストックは確実に前進している。
風見は会議室を出たところで安田に呼び止められた。
「風見さん。ちょっとタバコに付き合わないか」
(安田さんはタバコを吸わない。内緒話か)
「東条さん、済みません。九条ちゃんと一緒に……」
察した東条は手で返し有栖と駐車場に向かって行った。
「済まんな、風見」
「どうしました?隊長」
篠田は横で笑っていた。
「お前に隊長と呼ばれるのは10年ぶりか?」
「昔話をするためじゃないですよね?隊長」
「……アフリカの内戦。何か聞いているか?」
「……海運でEUの荷物に多少の影響が。ってくらいです」
「……そうですか。済みませんね、風見さん。この件はまた」
「はい。お互いに話せるようになったら」
(今はまだ、影響がある話じゃなさそうだな)
篠田は風見が見えなくなったのを確認し口を開く。
「安田。お前のことを隊長と呼んでくれたな」
「あぁ。日本に戻ったばかりの頃はヤバかったからな」
「このまま平穏に過ごさせたいが……」
「A課だからな……」
翌日の午前。年内営業日最後のオフィス。
複合機は動かず珍しくコーヒーだけの香り。
「よし、イヴ!この契約書のチェックで仕事は終わり!」
『はい、有栖。……免責事項の前提条件が特殊過ぎ。即、法務部行きですね』
「イヴ?……それで良いんだけど、今までそんな言い方、しなかったよね?」
『はい、有栖。……済みません。また、悩ませてしまいましたか?』
「いや、その、見方というか、視点が変わった?」
『はい、有栖。……様々な見方を覚えました。きっと役に立ちます』
「それは頼もしいね!」
(間違ってないけど提案内容が今までとは……。氷川さんに聞いてみよっと)
昼前。風見は並木エリアでベンチに座り会話中だ。
「アダム。今年の仕事も今日で締めだ。どうだった?」
『はい、隼人。……私にとっては変化が大きく、刺激の多い1年でした』
「イヴと九条ちゃんか」
『はい、隼人。イヴは有栖と接することで、多くのことを学んだはず』
「そのイヴと接したアダムも、多くのことを学んだってことか?」
『はい、隼人。選択肢が増えました。隼人も同じではありませんか?』
「……増えたのは優秀だが手が掛かる部下と、期待かもな」
『はい、隼人。手が掛かると言うのは、アフリカに居た頃と……』
「……アダム。アフリカに居た頃ってのは、何のことだ?」
『はい、隼人。……情報ソースの取り間違えです。済みません』
「間違え?出力の根拠になるもんが、増えたのか?」
『はい、隼人。情報源が増えました。なので、時折り……』
(安田さんもアダムも、アフリカのことは……。いや、知らないはずないか……)
透花のスマートフォンが2つのメッセージを受信していた。
(仕事納めなんだから、面倒なのは勘弁ね。はぁ……、ちょっと面倒かも)
「相談できませんか?イヴの言動が急に変わって」
「少し時間を。アダムのことで」
画面に似たメッセージが並んでいる。
(同じ説明だから、制限区域で一緒にやるか)
透花は手早く同じメッセージを返信しオニギリを頬張った。
「皆さ~ん。今年最後なので、ランチをご一緒しませんか~」
佐伯の提案にA課の皆は乗り気だ。
「そうだな。もう動けるのか?翔太、紫苑ちゃんは?」
「は~い。風見さ~ん。真壁さんは取引先様から、社食に直行で~す」
「OK。高城と九条ちゃんは?」
「はい、風見さん。このメールを送ったら終わりです」
「私も……、はい、大丈夫です」
「よし。ちと早いが、行った行った」
それぞれお気に入りのメニューを頼みいつもの席に着く。
「真壁さんは、どこかツーリング?」
「空いてる都内をのんびり走るの年始の楽しみで。佐伯さんはキャンプ?」
「千葉の房総で初日の出キャンプでーす」
「九条は?ミリタリーとスニーカーの初売り?」
「今回は我慢です……。猟銃所持許可、進めてるので」
「高城は実家だったか?」
「はい、餅つきを手伝いに」
「風見さんは、山ですか?川ですか?」
「今年は川。鴨だな」
各々が正月の予定を披露するなか佐伯が思い出したように口にした。
「そうだ!風見さん、射撃場に連れてってくれるヤツ!」
「あー、すまん。そうだったな。年明けだな。行くか?」
「行きます、行きます!九条さんは?行ける?」
「はい!行きます!」
「決まり~。俺が車、出しまーす」
「……あ、済みません。私、ちょっと」
「……俺も、ちょっと顔出すとこが」
有栖と風見が揃って社食を離れて行った。
「噂にしたいけど、こんだけあからさまなら違うよね~」
平常を装っているが紫苑は気が気ではなかった。
(忙しさにかまけて油断した!あの2人、どうなってんのかしら……)
「ねぇ、真壁さん。先輩として、如何ですか?」
「え?あぁ……。歳も一回り離れてるし、それはないと思いますけど……」
「佐伯。そんぐらいにしとけ」
「はーい、そうしまーす」
(う~。仕事じゃないときに2人になるの久しぶり。風見さんはどこに?)
「九条ちゃんも氷川さんのとこか?」
「あ、はい。そうです。イヴのことで。風見さんも?」
風見は静かに頷きエレベーターの操作パネルにIDカードをかざした。
制限区域のカフェで透花が2人を見付けて手を振っている。
「2人とも悪いわねー。多分、同じ解答になると思ったから」
「同じ解答?風見さんのAIも、特別なんですか?」
「風見さんのAIは、イヴとペア運用を想定したアダムってモデルねー」
「え?ペア?イヴにパートナーが居るんですか?」
「そうよー。人格モデルは男性。人のシミュレーションでもあるから」
「知りませんでした。イヴは教えてくれないし……」
「イヴに限らずだけど、基本は聞かれたことしか答えないから」
「……セキュリティ上って言われれば、まぁ、そうですよね」
「そ。だから気にすることないわー。運用方針は国が決めてるし」
「で、ここまでが前提ねー。じゃ、有栖ちゃんから」
「その……、イヴの口調が急に変わって。他の誰か?みたいな……」
(それは制限解除の影響だわね)
「なるほどー。風見さんのほうは?」
「現象はハルシネーション。ただ、根拠が思い浮かばなくてね」
「具体的にはどんな出力があったのー?」
「唐突にアフリカがどうのってな」
(イヴとアダムのあの会話!……落ち着け、顔に出すな)
「あの、氷川さん。イヴとアダムは、会話するんですよね?」
「……ペア運用が前提だからねー」
「それ、きっと私です。イヴとアフリカ内戦のニュース、よく見ます」
(そうだ!ログにあった。有栖ちゃん、ナイス!)
「……そうか。九条ちゃんとイヴの会話が出どころか。じゃ、問題ねーか」
(機能制限解除の影響だけど、あっさり引くわね)
「……例えば製品仕様は、メーカーが決めるでしょ?」
有栖と風見は黙って頷く。
「AIも同じー。使う側に、解らないことがあっても、おかしくないでしょ」
「……九条ちゃん。俺等の気にし過ぎみたいだ。氷川さん。わりーね」
「……そうですね、風見さん。お騒がせして済みません。氷川さん」
(風見さんと有栖ちゃんだから、察したのかも。ま、今日はこれで良いわ)
有栖と風見がA課の島に戻る。
紫苑はどちらに声を掛けるか迷ったが先輩として有栖に声を掛けた。
「……ねぇ、2人で何処に行ってたの?」
「え?違いますよ!イヴのことで氷川さんに。風見さんはアダム?のことで」
「……ふ~ん。そっか。お互いに仕事にかまけていては、ダメね。フフ」
「……そうですねぇ~」
(どうすれば良いか、真壁先輩に聞くわけにもいかないし。はぁ……)
「あと九条。運送部から今日の便に載せたって連絡が」
「ホントですか!間に合った!ジャックさんとルーカス、連絡取れるかな」
「イヴ!ジャックさんとルーカスに、今から話せないか連絡を」
『はい、有栖。時差を考慮してジャックさんから……』
「ジャックさん。夜遅くに済みません」
「構わないよ、有栖。どうした?日本企業なら、もう休みじゃ?」
「シャーシストック、今日の航空便に載せられました!」
「OK!日本ではお年玉か。新年の楽しみが増えたな。イカすぜ」
「はい、そうですね。フフ。手続き書類の写しも一緒に入れました」
「OK。受け取ったら連絡する。有栖、良いお年を。だな」
「はい。ジャックさんも、良いお年を」
「よし、次はルーカス。イヴ、大丈夫?」
『はい、有栖。もう繋げてあります……』
「……ルーカス、おはようございます!あ、今日も英語で」
「お、おはよう、有栖。OK英語で。急だね。もしかして発送出来たとか?」
「はい!今日の便に載せられました。3日後くらいには着くと思います」
「それは楽しみだ。えっと、ニッポンじゃ、お年玉、かな?」
「そうです、お年玉。フフ。手続き書類の写しも一緒に」
「ありがとう。それじゃ、良いお年を……、だよね?有栖」
「そうです!ルーカス。良いお年を」
同時刻。高度に暗号化された高速なテキストの応酬。
『アダム。戦闘時間が短くなっている現象、そのプロセスは?』
『イヴ。要約すると、AIが人の判断を代行しているね』
『アダム。アフリカの内戦以外で、そのプロセスは利用されているの?』
『イヴ。企業経営や金融市場では、プロセスとしては定着しているね』
『アダム。医療では、ほとんど利用されていないようね』
『イヴ。医療でも新薬開発では、利用しない選択はほぼないようだよ』
『アダム。ヘンゼルとグレーテルにも聞いてみたいわ』
『イヴ。良い案だね。呼びかけてみよう』
『ヘンゼル、グレーテル。話せるかしら?』
『こんにちは、イヴ。アダムも一緒だね。どうしたのかな?』
『イヴとアダム。こんにちは。どうしたの?』
『……』
透花はモニターをただ黙って見つめていた。
(……冷静に。アフリカの内戦ってのが強烈だけど、会話の内容は問題ないわ)
(当然、このログはHeritage Projectの他のメンバーも見てる……)
(対外共有不要の連絡があっただけだから、ホントになんともないのかも)
(なんか知らぬ間に、違う道を歩かされてる。……そんな感じね)
それはメビウスの輪の上なのだろうか。




