第21話 想いの連鎖。
金曜日。営業日数も残り僅かの週末。
直ぐにでも休暇にしたい衝動と時間が足りない焦りが社会人の心の矛盾。
ただコーヒーの香りと時限インクの甘い匂いはいつもと変わらない。
会議室には有栖が招集を掛けた風見と透花そしてイヴ。
画面越しには東条が構え支援候補者の最終判断が行われる。
「九条さん、イヴ。Bullets don’t lie、これは面白いね!」
「はい、東条さん。弾は嘘をつかない。着弾を基準に書いています」
「善し悪しは語らず、事実を裏付けに、活かし方で締める。大人だね」
『はい、東条さん。視聴者と一番もめていない発信者でもあります』
「九条ちゃん。ベルギーの若手選手も、この短期間に良く見付けたな」
「いえ、風見さん。これは複数条件を高速処理出来る、イヴのお陰です」
「天候に遠征先の風土。これが変わっても、スコアが上がり続けてるな」
『はい、風見さん。変化に対応する理論を持っていると予想します』
(……この状況、シンギュラリティね。でも大丈夫。上手くやれてる)
透花はAIの挙動を受け入れ判断材料にする有栖に関心した。
「……私は、良い選出だと思うわー」
「いーじゃん。技術者と若手射手。東条さん、どうです?」
「うん、いいじゃないか。私もOKだね」
「九条ちゃん、イヴ。OK。進めちゃって」
「はい、承知しました!」
風見の締めと有栖の返事で会議が終わる。
「あの、氷川さん。メッセージ内容と送信時間について、アドバイスを……」
「そういうことなら、ランチを一緒して、その後はー?」
「はい!承知です!午後の予定、片付けちゃいます!」
透花は有栖が会議室を出るのを確認し風見に問い掛ける。
「風見さん。有栖ちゃんとイヴはどう?」
「……イイ感じに落ち着いてから、特に問題はないが」
「そう。じゃあアダムは?仕事ではあまり使ってないでしょー?」
「ちょっと前より、発言が慎重になった……。良く考えてる感じか」
(何かあっても、氷川さんからは言えねぇか……)
「そう。わかったー。何かあったら教えてね」
「……あぁ。そっちも、な」
「……うん。ありがとー」
有栖は透花との打合せのため午後の作業を急ぎ片付けていた。
(よし!高城さんの資料修正完了!)
「イヴ。仕様書と比較表、整合性チェックを願い」
『はい、有栖。……問題ありません。作業時間も前回比5%短縮ですね』
「表とか数字直すの、得意だったけど、前より出来る気がするんだよね」
『はい、有栖。……継続は力なり。まだ伸ばせますね』
そのときMagI/Oの視界でメッセージ受信のアイコンが揺れる。
(氷川さんだ。A課のいつもの席は取ったよ。……馴染んでますね。フフ)
「有栖ちゃん。待ってたよー。とりあえずなんか頼んでこよー」
「はい。そうしましょう」
2人が料理を受け取り席に戻ると紫苑と高城が座っていた。
「氷川さん、お疲れ様です。九条も、お疲れ様」
「お疲れ様ー。あら、高城さんもお久しぶりね」
「ウチの仕事を手伝ってもらっていると。有難う御座います」
「私は有栖ちゃんとイヴと一緒に仕事が出来るから、問題ないわー」
(まただ。イヴはともかく……、私はイヴユーザーだから?)
「確かに九条さんは頼りになる。俺の資料も、もう終わってたよね」
「はい。午後は氷川さんと打合せなので、先に済ませました」
「本当に助かるよ九条さん。氷川さんも、九条さんを宜しく」
(有栖ちゃんは可愛がられているわね。仕事が出来るのも確かだし)
「で、氷川さん。支援の件。メッセージと時間なのですが……」
「私達にブランド力はないけどー、製品は自信あるのよね?」
「はい。自衛隊採用の製品です。自身はあります」
「向こうはスコアよりもー、信念と再現性を優先する実践者よね」
「はい。結果と理由を語るベテランと、点数を上げ続ける若手です」
「お互いにメリットがある筈だから、兎に角、対等な立場でね」
「はい。解りました」
(素直で良い娘。に見えるけど、接し方も含め無自覚に計算高い感じね)
「有栖ちゃん。昼休みは終わりー。続きは上のカフェに行かない?」
「はい。えっと……」
「大丈夫よー。有栖ちゃんは出入り出来るから」
明らかに違うドアの厚みと不自然な静けさに足元の違和感。
制限区域と解らせる造りが並ぶ先は混ざり物のないコーヒーの良い香り。
「あとはメッセージの時間ねー。SNS発信の目星は付けてるんでしょ?」
「はい。主な送信内容と時間はこの表に」
「予約投稿かもだけど、反響見るはず。送信はこの表に合わせてみよ」
「はい。返信があれば、あとはメールやWebミーティングですよね?」
「基本はそうねー。お互いのため履歴を残して、契約ね」
「はい、若手選手は契約に慣れていない前提で進めます」
「うんうん、OK。真壁さんも居るから大丈夫ね」
透花は少し迷ったが有栖に質問を投げ掛ける。
「……ねぇ、有栖ちゃん。……最近のイヴはどう?」
「氷川さんと話してからイイ感じに。……ちょっと慎重になった気が」
「ふ~ん。他には?」
「氷川さんのほうが知ってること、多いんじゃないですか?」
「フフフ、まぁねぇ~。正直、言えないことのが多いけどー」
(流石、鋭いな。これくらいにしておこう)
「解ります。風見さんも言ってました。イヴとそのユーザーも特別って」
「まぁ、そういうことねー。でも、何かあったら言ってね」
「はい。解りました」
有栖は自席に戻りイヴを呼んだ。
「イヴ。氷川さんに確認してきた。予想通りだよ」
『はい、有栖。プロのマーケターの意見。確認出来て良かったです』
「よし。金曜日の夜に間に合う。果報は寝て待てだ」
『はい、有栖。送信タスク、登録済みです』
土曜日の早朝。有栖のスマートフォンにイヴの通知が届いた。
「ん-。6:30かぁ……。はっ!もう来た!早い!」
『おはよう、有栖。詳しく話を聞きたいと返答が。まずはお礼ですね』
「おはよう、イヴ……。そうだね。直ぐに返そう」
同じ土曜日の夕方を少し過ぎた頃。
Bullets don’t lieの執筆者からも返答があった。
有栖とイヴは礼と共に今後の連絡手段について返信する。
Raijin Arms欧米展開は確実に進んでいた。
水曜日の早朝。
今日はF-TR選手の支援候補者との初顔合わせだ。
会議室の大画面モニターに映るダークブロンドにグレーの瞳の好青年。
会議室の長テーブルに着くのは東条、風見、紫苑、有栖とイヴ。
LEDが青く光り会議室のカメラがONになったことを知らせる。
「え?……始まってる?……あ、あぁ、ルーカスで……、す」
(え!ガンパーツの打合せで、こんな美人が?2人も?)
「夜遅くに有難う御座います。ルーカス。ドイツ語ですね」
「え、あ、はい。ドイツ語です!」
(もしかして日本のアニメって、設定ではなく事実なのか?)
「フフ。H&C商事の真壁紫苑です。えっと、英語でも大丈夫かしら?」
「え、あ、はい。英語でも!」
(紫苑?どこかで……。って落ち着け俺!)
「る、Lucas Van Aert……です」
(真壁先輩、ドイツ語上手いし美人だから、緊張しちゃうよねー。フフ)
(初対面でこの2人見たら緊張するわなー。で、九条ちゃんは自覚無し、と)
「……今回連絡させて頂いた九条有栖です。こちら、設計者の東条雅臣さん」
「そして当プロジェクトの責任者、風見隼人です」
「えっと、お声掛け頂き、光栄です。H&C商事の皆さん……」
「……僕が選ばれたのは、スコアの上がり方。と言うことですね」
「地元でも遠征先でも、天候が変わっても、スコアが上がっていますよね」
『過去に上位になった選手達と、あなたのスコア曲線がとても似ています』
「今話したAIのイヴが、あなたを見付けてくれたんです」
「……理解しました。有栖にイヴ、有難う。明日、返事をさせてほしい」
「はい。EUの事情は聞いています。お話し出来て良かった。また明日」
(スコアと周囲を気にしてる?だからイヴは、あなたを選んだんだけど)
続いて本来の始業時間だが画面の向こうは夕方の頃。
F-TR界では有名なBullets don’t lieの発信者との顔合わせだ。
「こんばんは、キャルさん。連絡させて頂いた九条有栖です」
「Jack “Cal” Caldwellだ。よろしくな、嬢ちゃん」
「こちらこそ。それではこのまま英語で。まずは自己紹介から」
『有栖のサポートAIのイヴです。この度は返信頂き、有難う御座います』
「本プロジェクトの責任者、H&C商事の風見隼人です。この機会に感謝します」
「同じくH&C商事の真壁紫苑です。契約を担当します」
「Raijin Armsの東条雅臣です。シャーシストックの設計者です」
「アンタ達のことは調べたが、情報が少ない。ただ日本製と聞いてな」
「はい。同じ技術者として、興味を持って頂けると思っていました」
「……東条雅臣。アンタ、H&Cアメリカで工場長を?」
「……そうです。よく気が付かれましたね」
「アンタは街を救った恩人さ!まさかこんなところで!」
有栖と紫苑は事情が飲み込めず言葉が出ない。
見当が付いた風見は敬意を持って人生の大先輩の言葉を待つ。
「東条は2020年代初頭の不景気のとき、雇用と下請けへの発注を止めなかった」
「俺も救われた1人。今回の話しは喜んで受けさせて頂くよ」
「レポートもまず、アンタ達に見せる。公開の判断はそちらでやってくれ」
「ただ、レポート内容の注文は受け付けない。これは技術者としての誠意だ」
静かに頷いていた東条が顔を上げる。
「キャルさん、それで構わない。あなたの信用を欠くのは業界のマイナスだ」
「OK。それとジャックで構わない。紫苑、書類は頼む。お互いのためだ」
「有栖とイヴ。2人が俺を推してくれたんだろ。数字が解ってる、イカすぜ」
「風見さん。仕切って悪いな。でも、これでOKだろ?」
「はい、ジャックさん。言うことありません。宜しくお願いします」
(東条さん、凄い。背負ってる責任が違い過ぎる。この機会に感謝しなきゃ)
翌朝。有栖がコートの袖に腕を通したときイヴの通知が鳴った。
『おはよう、有栖。ルーカスからメールです。可能なら今、話したいと』
「OK、イヴ。A課チャットに出社が遅れると、メッセージをお願い」
『はい、有栖。……送信済みです。このままルーカスに繋げますか?』
「えっと、うん。とりあえず音声で」
「えっと、そちらはおはよう、だよね、有栖」
「はい、おはよう、です。今日は英語ですね。安心しました。ルーカス」
「さすがに日本語は難しくて。取り込み中かな?」
「家を出るところだったので。大丈夫ですよ」
「えっと、支援を受けさせて頂くよ」
「そう言ってくれると思ってたけど……、その、大丈夫ですか?」
「その気遣いはニッポン人らしいね。大丈夫。僕の相手は昨日の自分だから」
「あなたがそう言ってくれるなら、是非」
「僕が求めているのは、相対評価ではなく絶対評価。だから、宜しく」
「解りました。ルーカス。全力で支援致します!」
「……」
「……」
午後の昼下がり。コーヒータイムの時間。
制限区域のカフェにある自慢のコーヒーマシーンの前に有栖と透花が居た。
「氷川さん。スポンサーの件。2人とも受けてくれることに!」
「良かったわねー。有栖ちゃんとイヴの見立て、それと作戦の勝利ね」
「いえ。人選はイヴです。私ではとてもこの短期間ではムリでした」
(AIの成果を素直に認める。第三者視点は相変わらず強めね)
「確実に進んでるわねー。打合せ、必要なら呼んでね」
「はい!もちろんです。Bullets don’t lieは、発信前に見せてくれると」
「うんうん。条件も上手く調整出来たようねー」
「そうなんです!実は東条さんが……」
「……」
(ログを見る限りなんともないけど。……ちょっと聞いてみるか)
「ねぇ、有栖ちゃん。イヴはどう?」
「この間も聞きましたよね?アップデートでもあったんですか?」
「ん?だってマーケティングの取り組みは、今回初めてでしょ?」
「あ、そうですね。う~ん。イヴが材料を揃えてくれて、みんなで考えて……」
「イイ感じにやれてるみたいねー。良かったわー……」
(あのイヴとアダムの会話は、ハルシネーションって連絡があったけど……)
(Heritage Projectからは、対外共有不要と、それっきりね……)
(そうね。あれはハルシネーション。そう、あれは……)
透花が見たAI達の会話は眼前の幻覚か未来の脅威なのか。




