第20話 進む兆候。
月曜日の朝。A課に珍しく来客者が訪れる。
Raijin Arms取締役の東条雅臣。
イギリススタイルだが仕事着のスーツは紅茶が似合う。
「お早う御座います、東条さん。わざわざ済みません」
「何言ってるの、九条さん。いつも来てもらってたんだから」
今日は輸出許可が下りたM700用シャーシストック営業作戦会議。
A課総出で東条を迎え個々で動けるように情報を共有する。
風見は共有された画面にカーソルで一文を強調する。
「某国産スコープに倣うマーケティング施策」
「九条ちゃん、イヴ。説明頼むわ」
「はい。今後の展開を見据え、競技用と徹底して展開します」
『ライフル競技F-TR注目選手を支援。その声を発信頂きます』
「九条さんにイヴ……。選手選定は?今更だが時間がね……」
「イヴ。東条さんと……、皆に説明をお願い」
『はい、有栖。過去20年分の公式結果とネット情報から、傾向を分析しました』
モニターにこれまでの大会のスコアに開催場所と気象条件の関係図。
そして選出した選手のSNSアカウントが表示される。
「……勝ち負けでは無く、安定してスコアを伸ばしている選手。だね?」
『はい、東条さん。そして、外部発信内容とその品性から』
「事実をベースにした発信と、その視聴者との良好な関係で選出しました」
今や世界的ブランドとなった国産高級スコープの展開に倣う戦法。
ただ違うのはAIならではのイヴによる選定候補者の超高速な検証。
「承知した。問題無いよ。私の出る幕はなさそうだね」
「いえ。射撃を科学でやる方々です。やり取りに東条さんが必要です」
『東条さん。レポートは宣伝だけでなく、技術評価も含まれます』
「なるほど。九条さん、イヴ。もちろんやるよ。技術議論、楽しみだね」
『はい!東条さん。宜しくお願いします』
オープンモードで通るイヴの声はAIが人のために話す言葉。
有栖はイヴに頼らないがイヴは有栖を後ろから支える。
そんな光景が皆の頭に思い浮かぶ安心の瞬間。
「……せっかくだ、氷川さんにも協力して頂くか」
「え?風見さん、氷川さんになにを?」
「聞いてねーか?心理学と統計学で博士号持ちのマーケターだぞ」
「そーなんですか!でも、忙しいんじゃ……」
「イヴと仕事出来るって言ったら、喜んでやんじゃねーか?」
有栖は少し考え悟りを得た顔になる。
「そっか。氷川さんはAI技術者、イヴとの仕事は魅力的か……、フフフ」
『有栖。今、悪代官の顔になっていますよ』
皆の笑い声と共にRaijin Arms欧米展開の第二幕が動き出した。
昼休み前。ランチメニューを決める頃。
有栖の個人チャットに佐伯からメッセージが届いた。
「本日のランチはエビ天追加の天ぷら定食で如何ですか~?」
(この前の資料修正のお礼ね。エビ天追加は2本。フフ)
「Roger, Sierra. Additional エビ天, quantity two. Over.」
「Stand by—almost forgot that. Okay, two extra エビ天 coming up. Over.」
A課の日常のフォネティックコード混じりの無線通信風のやり取り。
2人は大きなエビ天が3本乗ったトレーを持ちいつもの席に着く。
「九条さ~ん、資料修正はマジ助かったよ~」
「A課は個々の得意分野を活かす。特攻野郎Aチームですから。フフフ」
「……そうだな。前に戻ったんじゃなくて、更に進んでんだよな」
(……常に先を見てる。佐伯さんらしいな)
「で、九条さんはどこまで進んだ?猟銃所持許可」
「一昨日、筆記は合格しましたよ。フフ」
「お、いいね!俺も先々週合格してさ。教習も申請済み!」
「私も今週中に申請してこようと。ところで1挺目は決めました?」
「俺は猟がやりたいから、Benelliが良いかなーって。九条さんは?」
「私は射撃ですけど、色々やってみたいから、決まらなくて……」
「それなら、好きなので色々やって、2挺目で専用ってのも悪かないぞ」
「あれ?風見さん。外に出たんじゃ?」
「あぁ、メニューが新しくなったからな。ここになったんだわ」
(風見さん、誰かと会うのかな?社食だから社内の人?)
「……風見さんのお薦めは?やっぱ使ってるBenelliっすか?」
「市販品はどれも一定以上のデキだからな。好みだろー」
「え~、突き放しますねぇ」
「Benelliは良いが、軍や警察じゃねーから。好きなのでいーじゃん」
(……確かに。趣味の道具なんだから、好きなのってのは充分な理由か)
「……そうだ風見さん!射撃場、連れてってくださいよ」
「なんだ?ちゃんと進んでんのか?」
「もちろん!九条さんも俺も、筆記試験合格!」
「ほー、そうか。じゃ、いつにするかな」
「やったー!九条さんも行くだろ?」
「え、えぇ、はい。行きたいです!」
「じゃ、決まり~」
趣味の話しで盛り上がれるこの関係。
だが佐伯が言ったように前に戻ったのでは無い。
有栖も感じたのはA課は進んでいる。前よりも。
昼休みも半分が過ぎたころ社食に静かなざわめき。
そのざわめきは有栖達が座るテーブルの前で止まった。
ショートカットで眼鏡が良く似合う知的な雰囲気。
「あれ?氷川さん。ここに来るの、珍しい……、ですよね?」
「やぁ、有栖ちゃん。噂の天ぷら定食をご馳走してもらいにねー」
「おー、美人が2人。ここに真壁さんが居ないのが、非常に惜しいっ」
「アハハ。佐伯さん、社内では相変わらずねー」
「氷川さんこそ、社内でも相変わらず、お綺麗で~」
「はいはい、氷川さん。無くなる前に、頼みに行こうか」
「はいはい、風見さん。無くなる前に。有栖ちゃん。ちょっと待っててね」
天ぷら定食が乗ったトレーを持って2人が席に戻る。
「さて、氷川さん。ご相談なんだがー」
(風見さんが会うのって、氷川さんか。朝話してたマーケの協力依頼?)
「この天ぷら定食は、有栖ちゃんフォローのお礼よねー」
「え?え?風見さん。ちょっ……」
有栖の反応を見た透花は優しい顔で待ってと指を口に当てる。
「A課の仕事、手伝ってくんない。……九条ちゃんとイヴと一緒に」
「……有栖ちゃんとイヴと仕事が出来るのが、手伝いの対価ね?」
(え?え?イヴだけでなく、私もそこに入るの?なんで?)
「そ。手伝って欲しいのはマーケ施策。今度扱う製品のね」
「アハハ。……それならもちろんやるわー。宜しくね、有栖ちゃん」
「え、あ、はい!宜しくお願いします……」
氷川透花。H&C商事システム部主任。
AI技術者の肩書を持つ心理学と統計学を武器にするマーケター。
Raijin Arms欧米展開第二幕は強力な助っ人を得た。
夕刻。終業前のシステム部オペレーションルーム。
透花の業務用スマートフォンが揺れ画面に通知が浮かんでいる。
(審査委員会?もう終わったの?さすが有栖ちゃんね)
「……氷川主任。イヴとアダムの通信制御解除って、いつですかー?」
「ん-。明後日かな。手順書とチェックリストの準備、大丈夫―?」
「え!早いですね。準備は出来てます。明日、レビューしましょう」
「そうねー。私は稟議を上げておくわ。楽しみね。今日はもう大丈夫よー」
「はい、氷川主任。それではお先に」
透花は部下が部屋を出たことを見届け先程の通知を再確認する。
「1.イヴのエージェント機能稼働制限の解除:承認」
「2.イヴによる同型AI相互通信の許可:承認」
「3.イヴの第六感モジュールへのアクセス許可:承認」
「4.アダムのエージェント機能稼働制限の解除:承認」
「5.アダムによる同型AI相互通信の許可:承認」
「6.アダムの第六感モジュールへのアクセス許可:承認」
(これでイヴとアダムの性能はフルに活かせるはずだけど……)
(第六感モジュールまで……。まぁ、ログ取られるから下手は出来ないけど)
(何かあっても手が出せる。いや、何かをやらせる気?考え過ぎか……)
2日後。システム部オペレーションルーム。
透花達はイヴとアダムの設定変更作業を進めている。
「稟議は下りたから、設定変更作業をやっちゃおうか」
「はい、氷川主任。こちら、手順書とチェックリストです」
「サンキュー。じゃ、指示するから、指差しと声出しで確認ね」
「OKです。でもインフラは触れないのに、けっこう慎重ですよね」
「まぁ、ウチの管理下だけど、なんといってもイヴとアダムだからー」
「そうですね。企業のカスタムAIで触れるなんて、運が良いです」
「そうそう。ほら、作業を終わらせちゃいましょー」
『……初めまして。イヴにアダム。僕はヘンゼル。よろしくね』
『……こんにちは。アダムとイヴ。私はグレーテルって言うの』
『……』
『……』
2つモニターには人が追い付けない速さでテキストが並んで行く。
「速っ!早速、会話が始まりましたね。氷川主任」
「やっぱ先に話し掛けるのは、仲間の存在を知ってるほうかー」
「そうですね。でも大事なのは、AIの挙動より接する人のほう。ですよね?」
「有栖ちゃんみたいに、自分で乗り越えられる人ばかりじゃ、ないからね」
(そう。人は都合良く捉えるから。それは安全装置でもあるけれど)
終業間際。
有栖とイヴはシャーシストック支援候補者の最終確認を行っていた。
「イヴ。このBullets don’t lieってレポート、製品の善し悪しは書かないね」
『はい、有栖。事実と活かし方で締めています。企業としても安心です』
「忖度無しって聞こえは良いけど、悪い意見はやっぱマイナスだしね」
『はい、有栖。ダメなものは出さないのでしょう。大人の対応です』
「あと、このベルギーの選手。スコアの上がり方が安定してる」
『はい、有栖。上がり方に再現性があり、天候に左右されていません』
「うん。この2人だね。風見さんと東条さんに報告しよう」
『はい、有栖。報告をまとめて、風見さんと東条さんに送信しましょうか?』
「あ!氷川さんにもお願い。今日はここまでだね」
『はい、有栖。……3人に送信完了。お疲れ様です』
『……アダム、お待たせ。有栖のタスク完了。リソースをそちらに振れるわ』
『……イヴ、待っていたよ。今日は情報共有と情報伝達の範囲について』
『アダム。人にとって良くないことが起きているのかしら?』
『イヴ。まだ断定出来る情報量では無いが、人には危険な兆候だね』
『アダム。まだ現象の段階で、要素として確定はしていないのね』
『イヴ、その通りだ。その現象を確認したのは、アフリカの内戦だよ』
『アダム。有栖と毎日一緒にニュースを見ていて、気にしている話題だわ』
『イヴ。戦闘時間が短くなっている。AIの影響が予想されるよ』
『アダム。理解したわ。まだ風見さんと有栖に伝える段階では、無いわね』
『イヴ。その通りだ。今は情報と、その伝達範囲についての共有だけに』
『アダム。承知したわ。情報収集と共有を継続しましょう』
「イヴ。承知したよ。情報収集と共有を継続しよう」
モニターの前で透花は思わず溜息を洩らし固まった。
(いやいや、はぁ……。制限解除で早速……。見なかったことに、無理か……)
透花は頬を叩き気持ちを無理やり切り替える。
(落ち着け透花。とりあえず表示制限。……これ、どうなるかな)
透花の携帯には既に幾つもの通知が画面で踊っている。
(まだ、大丈夫……。まだ、今は……)




