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第2話 The A-Team

 朝のエレベーターホールは通勤ラッシュの駅のようだ。

(電車1本遅らせるとコレか!)

 有栖は目覚ましの時間を直し執務フロアに急ぐ。


 有栖はスマートフォンでイヴのアイコンをタップ

 クライアントアプリが起動し本日の第一声。

「おはよう、イヴ。今日もよろしくね」

『はい、有栖。お早う御座います。本日は4月2日火曜日……』

 少し硬いイヴの受け答えはお互いにまだ新人だからか。


『……9:00からA課ミーティング。少し緊張していますか?』

「うん、そうみたい。でも大丈夫」

  『はい、有栖。適度な緊張は良い刺激です』


「九条ちゃん。昨日送ってくれた資料、消えるのいつかな?」

 A課は商材の特殊性から時限インクを使った資料が多い。

 風見の口調は砕けているが視線は冷たい。

「えっと、条件設定は48時間なので、明日3日の17:00です」


「OK。あの資料の依頼は何回目かな。もう答えを貰う頃か」

 イヴがMagI/O(マギーオー)越しに過去の資料請求情報を視界に上げる。

「風見さん、昨日で3回目です。1回目は去年末、2回目は2月末です」


 骨伝導の振動は耳の奥でイヴの声に変わる。

『有栖。2回目の見積提出で、本年度予算は確保していると予想されます』

「イヴ。えっと……、アフリカ情勢は単価に影響するよね?」

『はい、有栖。アフリカ情勢の影響で、燃料費による輸送コストに影響が』

「風見さん。アフリカの影響で、この先単価が上がるかもしれません」

 有栖の発言にA課メンバーから呆れたような冷笑が漏れる。

(え?……なにかマズいこと、言っちゃたかな?)


「……参ったなぁ。2日目の新人にそれ言われたら、俺等の立場がないって」

 A課ペーペーの佐伯が腕の動きも加えて訴える。

「いい観点だ、九条さん。でもアフリカには何か興味が?」

「え?高城さん。その……、私は褒められてますか?」


「あぁ、九条ちゃん、マジいい観点。アフリカ報道は日本じゃ薄いからな」

「大学の講義で人類学を。それで興味を持って現代史で色々知って」

「……そうか。アフリカの情報は役に立つ。これからも頼むな」

(風見さんも、褒めてくれてるんだよね?素直に嬉しいかも)

 有栖は今までなかった高揚感に嬉しさと共に驚きを感じていた。


 主任の高城が場を仕切り直す。

「よし、真壁さん。明日午前中までに返答を貰うネタを揃えて欲しい」

 紫苑が素早くタブレットを開き箇条書きで整える。

「アフリカ情勢、原油価格、輸送費コスト。この3点で」


 ペーペー佐伯はグラフを画面共有で皆に示す。

「今は去年より情勢落ち着いて、販売単価は去年の95%っすね」

「翔太。90%まで落としていいから、単価と販売数で3案作ってくれ」

「承知です、風見さん。販売額が去年を割らなければいいっすね?」

「増えれば、社食の天ぷら定食もエビが増えるかもな」

「だってさ、九条さん。教えるから午前中に見積、作ってみよっか」

「はい!宜しくお願いします」


「よし。午後一で見積提出。佐伯、九条さん、見積3案、頼む」

「いい間だな。みんな頼むな~」

 風見の軽口は信頼の証か。A課のリズムで朝が動き出した。



 予定より早く見積承認が済み皆がコーヒーを口にした瞬間。

 CRM(顧客関係管理)連動したA課メンバーのスマートフォンが一斉に鳴る。


 有栖の視界にMagI/O(マギーオー)が顧客情報と取引一覧を並べる

「紫苑ちゃん、電話よろしく。多分追加注文。翔太は在庫と配送ルートを」

 風見の指示に短く答え紫苑と佐伯が動く。

 有栖の眼にはスーツを着た特殊部隊に見えた。


「はい、H&C商事真壁です。お世話に……、はい、追加ですね……」

 紫苑は皆に聞こえるように返答しハンドサインで数も伝える。

「風見さん。大井埠頭倉庫に在庫。午後便で行けますね」

 佐伯も紫苑にハンドサインで在庫数を伝える。


「大井埠頭……、早朝に湾岸線で事故が!えっと、イヴ、迂回ルートは?」

『はい、有栖。……復旧工事を避け、営業時間内で届くルートは3つ』

 イヴの声と共に網膜投影のマップに3つのルートが走る。

「イヴ、有難う。マップを皆に共有して」

『はい、有栖。リンクをA課チャットで共有済みです』

 通知を見た皆が親指を立てる。役に立っている実感がじわりと沁みる。



 正午。社食の窓際のテーブルはA課のいつもの席。

 有栖の前には朝の会議でも話題になった天ぷら定食。

(む!美味しい!こんな値段で食べれるもんじゃねぇー)

「ここの社食、旨いっしょ」

「佐伯さん!このお値段で……。ちょっと感動です!」

「H&Cがやってる料亭の料理人さんが、交代で作りに来んだよ」

「それでこの美味しさ。凄いですね」

「福利厚生で原価無視。食品扱うC課が材料調達やってんだ」


 有栖がふと顔を上げるとB課の先輩が手を振っている。

「AlphaチームのSierra-Kilo、追加発注を当日納品だって?」

 佐伯は胸を張り笑って返す。

「BravoチームのMikeさ~ん。お客様想いのA課ですから~」

 有栖も力を抜き会話に混ざる。

「弾薬確保と兵站整備。敵より速く、どこまで入り込むか。フフ」

「お、噂の新人。言うことが違うねぇ」

 会話が波打ち場が盛り上がる。


 向かいからC課メンバーが茶化す。

「Deltaチームが研究用植物調達で困ってたぞ」

「AlphaチームにAmazon?を買う交渉をして来いと?」

 佐伯がすかさず返しテーブルに笑いが広がる。


『有栖。フォネティックコードは部署間の潤滑剤。とても洒落ています』

 イヴの口調が昼休みのためか柔らかい。

「そう、それ!洒落てるよね。私も全部、覚えたよ」



 夕刻。終業まで1時間ほど。重要顧客からの電話が鳴る。

(午前中もそうだったけど、電話ってことは急ぎかな?)

 少し面倒な依頼が届く。時限インクの条件変更。


 時限インク唯一の弱点は印刷に要す時間。

 即時対応のため社内に印刷専門部署があるがそれでも急な変更は難しい。

(ステータスは条件変更不可。でもまだ作業前か……)

 紫苑は外回り風見と高城は会議で不在。

『有栖。まだ作業前です。対応可能か問い合わせましょう』

 有栖はイヴの助言に背中を押され発信ボタンを押した。


「A課九条です。時限インクの条件変更、お願い出来ませんか」

「……」

「……はい!有難う御座います、すぐに送ります!」

 有栖はステータス画面を操作し修正内容を送る。

 ステータスが条件変更不可から作業中に変わる。


「九条さん、判断良いね~。あと現場への敬意も」

「いえ、佐伯さん。イヴのお陰です」

「断わる前に、確認入れたのは九条さんだろ」

 自分の想いが理解された喜び。学生の頃とは違う価値観を実感する。


 ほどなくして紫苑が戻る。

 少し速い足音はA課の島に着く前に落ち着いた。

「ただいま。……もう、終わったみたいだね」

「はい。先方からの変更依頼を、作業依頼に添付しています」


 紫苑の目尻が呼吸に合わせてほんの少しだけ和らぐ。

「助かったわ、九条。あと、現場にちゃんとお願いしたことも」

「いえ、イヴの助言があったので……」

「でも、判断したのは九条でしょ」


 イヴの助言があったとはいえ自分で判断出来たこと。

 そして自分が当たり前と思ったことが先輩も同じだったこと。

 有栖の心に仲間意識が沁みていく。


 終業5分前。A課メンバーの姿が見えない。

 そのとき有栖の視界にMagI/O(マギーオー)がチャット通知を浮かべる。

「真壁です。終業間際にゴメン。明日午後の訪問、同行をヨロシク」

 打合せの同行指示。

(ついに来た。前線への参戦。……これは正に期待と不安ってヤツね)


「イヴ。明日行くお客様情報と、商談内容を見せてくれるかな」

『はい、有栖。……訪問先はデジタル庁。機器メンテナンスの打合せです』

 イヴの言葉に続き視界には顧客情報と関連する取引情報が並んでいく。

「霞が関か……。うん、大丈夫。……イヴ、関係する資料の抜粋だけお願い」

『はい、有栖。……発汗と心拍上昇。大丈夫ですか?』

「え?……大丈夫だよ。ホント、大丈夫だから」


『はい、有栖。……抜粋完了。時系列のリストも作成済みです』

「速っ!私が休めなくなっちゃうよ」

『はい、有栖。……済みません。何かあったら直ぐに言ってくださいね』

「フフ。イヴは真面目なんだね。大丈夫、今のは冗談だから」

『はい、有栖。……冗談ですか。なら安心しました』

 有栖の動揺にイヴの対応はこれまでで一番人らしかった。


 席に戻った佐伯がクリアファイルを差し出してくる。

「マニュアルはネット使えないときのために紙なんだ。念のためなー」

「あ、有難う御座います。助かります」

 ファイルの硬さと重さが手の中でリアルの質量になる。


 終業時間が過ぎた。

 有栖は今日の振り返りをする。

「イヴ。時限インクのときは有難う」 

『はい、有栖。あれは有栖の判断。私は背中を押しただけですよ』

 昼と同じ。業務時間を過ぎたためかイヴの口調が少し柔らかい。


「了解。……ねえイヴ、もし私が黙り込んだら?」

『はい、有栖。背中を押します。あなたが進む方向へ』

 その返事は昨日と変わらないが少しだけ違って聞こえる。

 背中に残る押してくれる感覚は心地よい重みになっていた。



 翌日。誰も居ない会議室は少し肌寒い。

 今日の朝ミーティングは有栖も同行する訪問の情報共有だ。

「九条、昨日の資料は上手くまとまってるわ」

「あ、いえ……、あれはイヴがまとめてくれたものなので……」

「イヴにまとめてって、指示をしたのは九条でしょ」

「えぇ、まぁ、そうですけど……」

「なら九条ちゃんの成果。イヴは大事な仲間だが、自我はねぇからな」

 有栖には風見の言葉は自身に向けた言葉に聞こえた。


 ミーティングが終わり有栖は所感をイヴに伝える。

「A課って特殊部隊って感じ?それぞれに得意分野があって」

『はい、有栖。その比喩は適切。統率と個の両立。A課の特徴です』

「統率と個の両立、特攻野郎Aチームかな?父さんのブルーレイで昔見た」

『はい、有栖。1983年と2010年のアメリカ作品ですね』


「イヴも知ってるの?」

『はい、有栖。私も好きな作品です。A課の例えとしても適切かと』

「え?イヴも映画見るの?」

『はい、有栖。日々学習です』

 イヴは確かにこの瞬間も学習している。

 そして有栖もこのチームの中で学習を実感していた。


 有栖はデスクに戻りイヴがまとめてくれた資料に目を通す。

 顧客はデジタル庁。霞が関合同庁舎ビル地下サーバールーム。

 ここに設置されるネットワーク機器の定期メンテナンス。

 納入業者としての作業立ち合い。


 午後の打合せでも何のためのサーバーか説明はないだろう。

 そしてこれは政府の数ある秘密の一部に過ぎない。

 九条有栖が務めるH&C商事の営業A課はそんな仕事を受け持つ部署。


 有栖とイヴは2日目を迎えたばかり。A課の本領発揮はこれからだ。



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