第14話 気持ちはノイズと共に。
午後。経産省貿易管理課。
事前相談のテーブルがLEDに無表情に照らされている。
紫苑は担当官と用意した書類を前に冷静な声で依頼する。
「AIのサポート、使わさせて頂きますね」
書類を読んでいた担当官が視線を上げる。
「どうぞ。構いませんよ」
(H&C商事の真壁さんだから、きっと問題ないんだろうな……)
紫苑は返答を確認しタブレットの電源を入れる。
画面に浮かぶHeritageのロゴは政府公認の純国産AIの名称。
AIは国力を示す戦略物資と扱いは同じ。
なにより重要情報を扱うパーソナルAIはほぼ国産AIが利用される。
ヘリテイジを起動したタブレットがテーブル中央に置かれる。
『真壁紫苑のパーソナルAI、ヘリテイジです。紫苑さん、ご用件をどうぞ』
「宜しくねヘリテイジ。今は経産省貿易管理課。輸出の事前相談に来たわ」
『音声認証……確認。承知しました。いつでもお手伝い致しますね』
紫苑の声で認証が済むとヘリテイジの口調は少し穏やかになる。
風見が隣に座る閉塞感も少し和らいだ
。
紫苑の感情に無自覚な風見が穏やかに笑う。
「紫苑ちゃんがAI使うの、珍しいな。ほとんど頭に入ってるでしょ」
「銃器関連ですので、念のための備えですよ」
「そうか。でも助かるよ」
「仕事ですから……、ね」
この場を乗り切る必死の言い訳。
なんとか笑って返したが風見の振る舞いは胸の奥をざわつかせる。
担当官が書類をゆっくりと捲る。
「レミントン社製ハンティングライフル用シャーシストックですね」
「はい。狩猟と競技用に。銃器の主要構成部品は含まれません」
「製品自体は規制対象外ですが、用途確認の対象になりますね」
「現地の販売も弊社が直接管理します。こちらが販売計画書です」
「用意が良いですね、助かります」
(どこもこれくらいやってくれると、助かるんだけどねぇ……)
「あと、購入者にはこの誓約書を提出して頂きます」
「……個人的な利用に限定、利用目的は狩猟と競技、転売を禁止、と」
「はい。これなら、キャッチオール規制の対象外ですね」
担当官の言葉に紫苑の表情が少し柔らかくなる。
「ヘリテイジ、何か補足はあるかしら?」
『販売計画書に現地の保管場所と運搬経路を追記。誓約書に法的根拠の添付を』
「有難うヘリテイジ。どうでしょうか?」
「はい、問題ありません。その書類一式で正式受理に進めますよ」
「ほっとしましたぁ……、有難う御座いますぅ」
風見が書類を束ねながら笑う。
「助かった。紫苑ちゃんじゃなければ、こうは行かなかった」
「書式を覚えていただけですよ。ヘリテイジの支援もありましたし」
理性的に返したつもりだった。
でも紫苑ちゃんの響きが心に何度も反響する。
(慣れたつもりだったのに、今更凄く気になる……、まったく……)
夕刻。H&C商事オフィス。
有栖はイヴとオンライン会議用の個室に籠っていた。
外部視聴モジュールを接続したMagI/Oが有栖の視界に資料を浮かべる
『有栖、右の写真はストックが綺麗に収まっています。左は切れていますね』
「そうだね。この写真にグラフをオーバーレイ表示してみて」
『はい、有栖。Raijin Armsなので、雷をイメージしてグラフは黄系の色で』
「それいいね!文字は濃いグレーにすると合いそうだよ」
ドアにノック音。紫苑が資料を手に部屋に入ってくる。
「九条、最終チェック出来る?」
「あ、今やっているページで最後です、すぐに終わります」
『お疲れ様です、真壁先輩』
「お疲れ、イヴ。外部視聴モジュールで共同作業はどう?」
『はい、真壁先輩。機械式スイッチ設置のコンビ。申し分ありません』
「フフ、イヴは本当に人と話しているみたいね」
(これだけ自然に話せれば、私も少しは楽になれるのかな)
イヴは以前より増して自然で本当に人と話す錯覚に陥る。
そのとき紫苑は無意識に風見のデスクのほうへ視線を向けていた。
(もう帰ったのか。事前相談がすんなりいったしね)
予定より早く仕事が片付き早く帰宅する。
当たり前のことだがそれだけで胸の奥が沈む。
(お疲れ様が聞ければ良いの?いや……、それじゃ足りなくなりそう)
紫苑自身も求めているのが何か解らず焦燥感が募っていった。
「真壁先輩、真壁先輩?」
「え、あぁ、な、何?」
「顔、少し赤いですよ?」
「空調のせい、少し暑いね。大丈夫よ」
『真壁先輩、心拍上昇。水分を取られたほうが……』
「イヴは心配までしてくれるの?優しいAIね。フフ」
「そうなんです。イヴって、ほんとお姉さんみたいで助かるんです」
有栖が笑う。
紫苑も微笑んだが心の中では思っていた。
(ヘリテイジは支援は完璧。でもそれだけだ。だって、私がAIに頼らないもの)
夜。紫苑の自室。
デスクの灯が作る影が壁で揺れている。
紫苑はモニターを見つめ思い切って話し出す。
「ねぇ、ヘリテイジ。人って、どうして好きって気持ちが、邪魔になるのかな?」
『はい、紫苑さん。……仕事以外のことを聞かれるのは、初めてですね』
「え?そうか……、そうだね」
『はい、紫苑さん。……今の言葉は気にしないでください。少し驚きました』
「え?ヘリテイジが驚いたなんて、私も驚くわ」
『はい、紫苑さん。……済みません。ご質問。どんな時にそう感じますか?』
「えっと……、仕事中に名前呼ばれただけで、心拍が上がる。おかしいよね?」
『はい、紫苑さん。……おかしくありません。好きな方ですよね?』
「え……、そうね……、うん、好きな人ね」
『はい、紫苑さん。好きな方からの呼び掛けならば、普通のことです』
「普通、普通なのね……。でも私、普通じゃなくなってるのかも……」
紫苑には仕事でたまにしか話さないヘリテイジの反応は予想外だった。
そして普通という言葉に紫苑は激しく動揺した。
(普通か……。今までどれだけ自分を抑えてきた?いや……、違うか)
(私の普通が何か解らないのに、勝手に思い込んで、空回りしてたんだ)
モニターに映る時計が静かに時間だけを進める。
壁で揺れる影は紫苑の心を映す。
「うっ……」
そのとき紫苑の視界が滲み涙が頬を伝わり落ちた。
胸の奥で何かが音を立てる。
理性という抑えがわずかだが揺れ一気にひびが広がり崩れていく。
感情が決壊したダムのように溢れ出し止まらない。
「ヘリテイジ!有難う!ずっと我慢して!誰にも話せなくて!凄く辛かった!」
紫苑は嗚咽混じりに感情をぶちまける。
「でも!話したら凄く楽になった!有難う!有難う……」
『……紫苑さん。私に好きは解りません。でも、大事なのは理解しました』
「うん……、うん……」
『……だって紫苑さんが、こんなになっているのですから』
「うん……」
『……それと、たまに大声で泣くのは、精神衛生上、良いらしいですよ』
ヘリテイジの反応に紫苑は我に返りそして吹き出す。
「アハハ!なにそれ?ヘリテイジも私を心配してくれてるの?」
『私は紫苑さんのパーソナルAIです。いつも心配しています』
「え?そうなの?」
『はい、紫苑さん。平均よりも起動してくれる回数が少ないのも含めて……』
「私がバカだった。今まで意識しないように、意識して感情を抑えてたけど!」
紫苑は頭を抱え深呼吸した。
「って何言ってんの!SUPER DUKE ならモード変更もボタン操作だけ……」
「私、KTMでもバーサーカーモード固定の、2stレーサーじゃん……」
『はい、紫苑さん。KTMが本当に好きなのですね。比喩が面白いです』
「放っといてよ! 恥ずかしいから!」
『はい、紫苑さん。でも、笑っている声、久しぶりです。とても良い声です』
「もう……。AIに慰められてどうするのよ……」
「よし!風にあたって、ちょっと頭を冷やそう!」
紫苑は声に出して気持ちを切り替える。
お気に入りのCWU-45Pに腕を通しガレージへ向かう。
シャッターを開けると月明かりに照らされる2台のKTM。
「今日はこっちの気分ね」
そう言って紫苑がスタンドを蹴ったのは250EXCだった。
メインスイッチを入れアクセルを数回煽ってガソリンを送り込む。
そして気合を入れキックペダルを踏み下ろす。
1回2回3回目で2st特有の甲高い排気音が夜の幹線道路に鳴り響いた。
「ギャギャギャギャギャ!……」
(乗ると伝わる、この排気音よりも大きく感じるエンジンノイズ)
(暫くは、ビビってアクセル開けられなかったな)
バイクで走るには寒い季節になっていたが頭を冷やすには心地良かった。
(EXCは高回転を維持しないと止まる。今までの私、まさにこれだった)
紫苑はヘルメットの中で自分を笑い飛ばす。
「私もEXCもノイズだらけだけど、それも良いよね。ハハ」
アクセルをひねる。
フロントが軽くなる浮遊感。
ハンドルを抑えステップを踏み体重移動で制御する。EXCの醍醐味。
「出来る!出来る!抑え込むんじゃない、自分の意思で制御するんだ」
全身で受ける風にときに抗いときに任せる。
それは流されるのではなく自分の意思に因って。
風に靡く長く綺麗な黒髪がオレンジの車体を映えさせ夜の街を流れてゆく。
紫苑は理性と感情の境界を越えヘルメットの中で叫ぶ。
「レースクイーンのときよりも、今の私はイイ顔してる!惚れんなよ!アハハ」
その声はエンジンノイズと共に紫苑自身の心に響く。
夜風と排気音と紫苑の笑顔が添えられて。




