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長安幻晶録~仮面の侠客と少女と道士~  作者: 米俵猫太朗


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銀翼蝙吉、遂に飛ぶ

 銀翼蝙吉(ぎんよくへんきち)幻晶侠(げんしょうきょう)と光が乗り込むと、静蛉(じんれい)は小屋の隅にぶら下がっていた縄を下に引いた。すると大きな音を立てて小屋の壁が割れ、宙吊りになった乗り物が崖の方へ突き出されて行く。


「シートベルトよし! ヘルメットよし! ゴーグルよし!」


 揺れる座席の中で身体と声を震わせながら、光が身につけた諸々に手を這わせる。狭い銀翼蝙吉の操縦席は幻晶侠が前で光が後ろだ。……というより光が座るそこは本来は荷物置き場であり、座布団や予備の衣服で急拵えの席になった程度である。


「何だか分からんが、用意は万全の様だな?」


 その顔を見て幻晶侠が笑う。今の光は騎馬の民が被るような分厚い毛皮の帽子と幻晶侠の予備の仮面を被り、例の髑髏が描かれた布を顔の下半分に巻いた姿である。また身体も分厚い毛皮をまとい、何本かの縄で己と機体を縛り付けている。間違っても振り落とされたりはしない格好ではあるが、同時に身動きもままならぬ状態だ。


「万全じゃないでやんすよ! シートベルトもパラシュートも無いし! って幻晶侠の旦那はもっと軽装だけど……」


 光が指摘した通り銀の貴公子については普段と変わりない。ただ例の仮面の目の部分のみ、特殊な水晶の膜や装置が付き何時もと様変わりしていた。上空の冷たく激しい風から目を守りつつ、方位や平衡感覚が分かる目盛りや仕掛けが装着されているのである。


「その『ぱらしゅうと』なる東西(どうぐ)も次までには師姉が作ってくださるさ」

「マジっすか!? レイレイ、頼むでやんすよ!」


 幻晶侠の言葉に光は声を明るくし、静蛉の方へ手を振った。それを見た峨眉派(がびは)の尼僧は力強く首肯すると別の紐を引く。


「ガクン!」


 その一挙動で銀翼蝙吉を吊す縄の全てが外れ、彼女らは一気に峨眉山の空へ解き放たれた!




「きゃああああ! なんでええええ!?」

「師姉は光が出立の合図をしたと思ったのだ!」


 少女の悲鳴に貴公子が答えるが、その言葉は普段よりも早口だった。何せ心構えの無いまま虚空へ放り出され、銀翼蝙吉の姿勢制御に必死であるからだ。


「光、初めて会った晩から体重は増えたか!?」

「変わらないでやんす!」

「嘘偽りは命に関わるぞ!?」

「太った……太りました!」


 風と重力と恐怖に翻弄されながら、両者は短く言葉を交わす。峨眉山の岩壁と高地に生える木々が眼前に迫る中、幻晶侠は冷静に計算を施し銀翼蝙吉の羽根の角度を変えて行く。


「うわあああぶつかる! 曲がって曲がって!」

「急激に曲がると重みで機体がもたん! 淵を狙っている!」


 その言葉通り、銀翼蝙吉は峨眉山の崖をぎりぎり掠めて渓谷の細い所を抜けた。だが最後の部分で、張り出した大きな松の枝が行く手を阻む。


「待って、松松!」

「分かっている!」


 光に言われるまでもなく、幻晶侠にもその存在は見えていた。彼は銀翼蝙吉の機体側面に潜ませた剣を手に取り、内力を込める。


 前方に剣を投じて、松の枝を全て切り落とす。それそのものは可能であろうが、機体が衝突する迄に枝が下方へ落下してくれるかは未知数であった。だが、やるしなない。

   

「ぶん!」

 

 しかし幻晶侠が剣を投擲する前に、上方から到来した青い光が枝を全て吹き飛ばし流星の様に落ちていく。


「た、助かった~」


 開いた空間を通り抜け銀翼蝙吉が安定すると、光は放心したような声を漏らした。


「いや、助けられた、だ……」


 幻晶侠は振り返り光より後方を見上げ、見下ろした。投げつけられた物も投げた者ももはや視界には無い。


 だが彼には分かっていた。あの青い光は強力な武器の残光であり、それを投擲した者も屈指の使い手である。


 その様な存在が峨眉山に何人もいる筈は無かった。


「オンサンマヤサトバン……」

「何でやんすか? そのおまじない?」

「分からん。俺もうろ覚えだ」


 幻晶侠は極力、感情を出さずにそう呟いた。風は銀翼蝙吉を後押しするように背後から吹いていた……。




 銀翼蝙吉は風に乗って峨眉山から成慶(せいけい)へ向けて飛んだ。眼下には峨眉山から連なる山々と長江が織りなす嶮しい風景が広がり、霧がそれを更に幻想的なものへと装飾する。

 仙境とも呼ばれるそういった地域を越えると、次に目に入るのは盆地と豊かな穀倉地帯である。その上空に差し掛かる頃には日も高く昇り、日光が大地と空を暖めた。


 鳥たちはその空気を楽しむかのようにさえずり、それらより遙か上を飛ぶ銀翼蝙吉は僅かな影だけを穀物の上に落として飛び続ける。


 風暖かにして鳥声砕け、日高くして花影重なる。その様な歌を知らぬ光であっても緊張を解き、遂には身を乗り出し幻晶侠へ質問するまでになった。


「慣れてみると快適だなこりゃ! ……しかし何を目印に飛んでいるでやんす? GPSも管制塔もないのに」 

「基本的には川だ。我らが四川は古代の列王の治水事業により水脈も安定している。故に川は変わらない道しるべになるうえ……」


 そこで幻晶侠は銀翼蝙吉の姿勢を操る取っ手、操縦桿という物を僅かに傾ける。


「川辺には上昇気流が発生する。それに乗って失った高度を取り戻し、滑空しながら次の目的地とその付近の上昇気流を目指す」

「あ、それで途中、何度か旋回してたんでやんすね! そっか、飛行機ほどには自由じゃないんだ……」


 光は髑髏が描かれた布の下にある己の顎を掻いた。逆に幻晶侠としても質問した事柄が幾つかあったが、今は上昇気流に乗る繊細な操作が必要な時である。


 彼は光に一声かけると、銀翼蝙吉の羽根を大きく傾けた……。

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