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レイレイ、登場する

 幻晶侠(げんしょうきょう)の言う天灯(てんとう)、光の言う気球は二人を乗せて静かに進み始めた。興奮に目を輝かせながら周囲を見下ろす少女へ、銀の貴公子が得意げに解説をする。


「天灯は元は我らが武侯(ぶこう)が開発した通信手段だ。これより小さい物を浮かべて、合図として用いていたのだな」

「なるほど。そう言えば今の中国ってドローン技術もスゴいもんな。昔から何か飛ばす事に興味あったでやんすね」


 光の感想はまた謎を含むものであった。だがそれに慣れた幻晶侠は説明を続ける。


「当時は紙と竹しか無く用途は限られていたが、もし武侯、諸葛亮も俺の様に西方の火薬や布を手にしていれば、きっと同じ物を発明されていた筈だ」

「え? ぶこうってこうめいさん!? ってそんな事もしてたでやんすか!? 手からビーム出すとかクラブでDJするとかしか知らなかったでやんす!」


 光が驚き自分の方を見ると、幻晶侠は仮面の下半分に笑顔を浮かべて頷いた。


「多才な方で四川を代表する人物だ。その『びーむ』や『でぃじぇえ』とやらを俺は知らぬが、光の邦にも伝説が伝わり枝葉が増えたのであろう。英雄にはつきものの話だな」


 故郷の有名人を誉められては幻晶侠も悪い気はしない。孔明の治世や発明が如何に優れていたか? を蕩々と光に語った。


「なるほど……。でもまだ改良の余地がありそうでやんすね」


 その熱に気圧されながら、少女は周囲を見渡した。天灯はただ上昇するのみで行く方向を決める機構は皆無だ。風に煽られれば何処へ飛ぶともしれぬ。ただ上下に伸びる鎖と繋いだ縄によって、遠くに流されないよう制御されているのみである。


「ふむ? 光には何か思うところありか。またいずれ、ご教授願おう」


 幻晶侠は天灯と鎖を結ぶ綱を操りながら光を横目で見た。縄の先は特殊な結び目で結ばれており、彼らを追う様に上へ移動していく。


「あ! 何か寺みたいな建物が見えてきたでやんす!」


 しかしその移動も終わりが近づいてきた様であった。光が叫んだ通り、上方には夜空を背に二階建ての御堂が聳え、鎖の先端はその近くの巨石に巻き付いていた。


「よし、降りるぞ」

「どうやって!? って聞くまでもないでやんすね……」


 銀の貴公子が伸ばした腕を見て、赤毛の少女は察した。赤を包んだ銀は何の恐れもなく葛籠から飛び出し、堂の門前に着地する。


「まあ。また身寄りのない娘を拾ってきたのね。いずれここは後宮よりも可哀相な娘が多い場所になるわ」


 と、彼らに向かって鈴の鳴るような声で呼びかける人物がいた。


 その女性は門に至る階段の頂上に、胡座をかいて座っていた。襤褸は見えるが清潔な灰色の僧衣に禿頭、超然と佇む清廉な姿からして尼僧であろう。年の頃は三十台か。傍らには六尺ほどの竹の棒、そして靴が無造作に置かれている。奇妙な事にその靴からは足首と脛の様な物が伸びていた。


師姉(しし)簫雨(しょうう)がご挨拶を申し上げます」


 光を降ろした幻晶侠は抱拳して礼をする。師姉と呼ばれた尼僧は立ち上がりもせず片手のみを上げた。


「師姉、こちらは異世界より来た踊り子、光です。光、こちらは俺の姉弟子にして天灯などの設計者、静蛉師太(じんれいしたい)だ」

「どうも、光でやんす」


 紹介された光は静蛉へ向けて頭を下げて気づいた。かの尼僧には片足の膝から下が無かった。


「丁寧な挨拶、傷み入るわ。でも怪しい仮面の男と異世界から闖入者に峨眉山(がびさん)の聖域を踏ませる訳にはいかない!お帰り!」

「えっ!?」


 驚く光が視線を上へ戻すと、尼僧の顔は冗談よ、と告げるかのように笑っていた。その笑顔を見て踊り子は確信した。


 この人物は間違いなく幻晶侠の姉弟子であろう、と。




 義足をつけた静蛉に先導され、仮面を外した幻晶侠と光は離れの方へと向かった。その道すがら、峨眉山の寺院には百人を越す尼僧が暮らしていること、静蛉は指導者の一人であり独立した院を任されていること、その立場を利用し彼女は様々な乗り物を開発し幻晶侠を手助けしていること、などの説明を光は受けた。


「あの天灯ってやつも師姉が?」

「私は貴女の姉ではないわ。とは言え光は僧門でもないし、師太と呼ばせるのも心苦しいわね」


 少女が青年に囁き声で訊ねた質問に、静蛉は耳聡く割り込んだ。


「あ、例の面倒くさい呼び名問題がまた来たでやんす!」

「そう、面倒くさいわよね? ここは山の上、下界のくだらないしきたりはこの際、無視して……レイレイでどう?」

「師姉!」


 幻晶侠は困ったような口振りで静蛉を咎める。


「よろしく、レイレイさん!」

「よろしく、光!」


 貴公子の焦りは踊り子を増長させた。光は素早く静蛉の提案にのり、高僧もそれに応える。これで幻晶侠は何も言えなくなった。


「それで話を戻すけど……そう、あの天灯を改造した乗り物を作ったのは私よ」


 静蛉はやや横に大きな小屋の前に立ち止まり、振り返って幻晶侠へ目配せした。それを受けて青年は閂を外し、建物の両開きの門を開ける。


「それと……これもね」


 弟弟子に渡された行灯を、静蛉は上へかざす。その光源に照らされて小屋の中に吊された巨大な「何か」の姿が光の目に写った。


「でか!? 何でやんすか!?」


 小屋とほぼ同じ大きさを持つそれは、全体的に薄く横に広がっていた。その姿はまるで羽根を広げた蝙蝠の様。中央の細長い駕籠が胴体で、なだらかな曲線を描いて左右に伸びる部分は羽根といった姿だ。


「これは『銀翼蝙吉(ぎんよくへんきち)』。天灯よりももっと自由に、人が空を飛べるようになる乗り物よ!」


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