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女怪、勝ち誇る

「あら。さるのつぎはいろおとことお嬢さんがあそんでくださるの?」


 瑞妓(ずいぎ)であった者は台の上に寝そべり、肘をついて言った。彼女の前には孫悟空を殴り飛ばした巨大な骨の魔物が鎮座し、小型の骸骨へ今にも号令をかけそうな構えである。


「なに、白骨夫人(はっこつふじん)の審美眼に叶うほどとはとても言えぬ。もう少し痩せねば……」


 簫雨(しょうう)はかぶりを振り贅肉ひとつ、ついていない腹を叩いた。その手の影から護符が矢のように飛ぶ!


「い!? いつ抜いたでやんす!?」


 護符は巨大な骨の肋骨の隙間を通りぬけ、白骨夫人の顔面へ向かった。薄い紙に内力を込め暗器の様に飛ばす峨眉派(がびは)の神業である。だが狙いは僅かに逸れ、髪を数本はらって燃え尽きた。


「やったわね……!」

「光、二十九枚から数えてくれ」


 怒りに目を吊り上げる女怪を前に簫雨は言う。それが始まりの合図であった。




 次は十六、次は十五、次は十四……。襲撃が始まって数分。光は心の中でも数を数えつつ、請われるまま目の前の簫雨へ護符を渡していた。受け取った貴公子はそれを指先に刺し、剣指の形で骸骨を迎え撃つ形だ。


 簫家の旦那として彼がふるう武芸は幻晶侠(げんしょうきょう)の時の足下にも及ばぬ。それは光の目にも明らかである。だが趙思浚(ちょうすしゅん)が渡した霊験あらたかな宝貝(ぱおぺい)は、頼もしい事に小型の妖怪達を一撃で粉砕した。簫雨の放つ突きが骨の何処へ当たろうと、護符に触れた骨は正月の爆竹のように爆ぜて崩れるのだ。 


 但し護符の儚さは光を焦燥させた。妖怪に触れるたび札は一部が灰になって落ちる。おおよそ一枚につき三体、倒せれば良い方であろう。悪ければニ体、時に一体で燃え尽きることもあった。


「次はじゅうそう!」

「じゅうそう?」

「違うちがう十三(じゅうさん)! ちょっと脳内で南方(みなみかた)にいたでやんす!」


 と、光が手間取る間に骸骨の一体が爪で簫雨の背中を引っ掻いた。


「くがっ!」


 貴公子は苦痛の声をあげつつも後掃腿(こうそうたい)で攻撃者の足を払い、護符を背骨へ叩き込む。


「雨さん!」

「今のは南ではなく西方(にしかた)が少し見えたな。うっ……」


 心配する光を押し留めようとした手が途中で止まった。骸骨の爪が切り裂いた側の腕だ。


「怪我!? 私のせいで……」

「私? あっし、ではないのか?」


 自責の念から思わず落涙する踊り子の顔を見て、貴公子は力を絞って笑顔を浮かべた。


「この傷の因果は偽りを続けた己にある。光ではない」


 簫雨は逆の手で護符を求めつつ、そう説いた。光は苦境において演技を忘れたが、己は貫いている。幻晶侠としての正体が露見するのを恐れたからだ。今の怪我はその選択ゆえだと。


「次は十二、だな」

「そうでやんす……」


 男の手に、少女は次の護符を置いた。それを待っていたかのように骸骨たちが襲いかかる。再び太極拳で迎え撃つ簫雨、それに護符を手渡す光という奇妙な舞踏が再開する。


「いろおとこ、顔の色はうしなったおとこになったわね」

「ああん!?」


 数分後、簫雨の苦境に白骨夫人が微笑みそれを光が恫喝した。だがその直後、遂に巨大な骸骨が動き出す。


「うわ、でかいの来たでやんす……五枚!!」

「枚数が減るのを待っていたか……」


 護符を受け取る簫雨の顔は苦い。宝貝は小型の妖怪を一撃で粉砕する。だが巨大な骸骨相手ではそうはいかぬであろう。良くて一部を破壊するのみ。残り五枚でこの巨怪を倒し切るまではいくまい。


「うふふ。わたしをいやしい女だとおもってばかにしてたかい?」

「いや、そういう訳ではないが……」

「あっしは正直、バカだと思ってたでやんす。栄養が乳と色気にばかり行ってるタイプかと」


 その言葉には白骨夫人も簫雨も意表を突かれ、光の顔を見た。


「あ、いやねえ。あっしのいた国のご時世ではジェンダーとかコンプラで同じ女でもこういう言い方はどうか? という風潮でやしたが、この世界にはそういうのないでやんしょ?」

 

 異世界の踊り子はおそらく説明を足したが、女怪も貴公子もその言葉を半分も理解できなかった。


「じぇんだ? こんぷら? いろおとこなら分かるのかや?」

「いや、分からん。実はこういう事がしばしばあるのだ」

「ジェンダーてのはなんていいやすかねえ……。『男だったらこう! 女だったらこう!』みたいな決めつけ? が古い社会にある事で。あ、古いといってもここでは現役でやんすね、てへへ……」


 光はなおも言葉を費やす。だがその表情が、その説明について自信が無い事を物語っていた。


「こんぷらとやらの方は?」


 それでも、或いはそれだからというべきか。簫雨はもう一つの疑問点への解説を促した。


「コンプライアンス……だったと思うでやんす。決まり事をちゃんと守ろうね、って話で」

「それはあたりまえの事ではないのかや?」

「そうだけどそうでないのが大人の社会でやんして……」

「なんだい。要領をえない!」


 白骨夫人は呆れて首を振る。と、その視線が簫雨の表情を捕らえた。


「なんだい、その笑いは。あちしをばかだとおおもいかい?」

「いや、そういう訳では……」


 光が場を混ぜ返す直前の会話が再現される……かにみえた。


「あるな。ああ、愚かな女だと思っている」

「なんだと!?」


 女怪(じょかい)は今度こそ憤慨した。身を借りた瑞妓の面影が消えるほどに目を吊り上げる。


「俺が疲弊し護符が尽きるのを待ち最大の戦力、その大きな骸骨をけしかけるのは一見すると妙策だ。だが所詮、猿知恵といったところだな」

「どこがだい!?」


 睨まれるのもどこ吹く風。簫雨は衣服を直しながら側の椅子を引き寄せ、座りながら言葉を継いだ。


「猿知恵では猿の豪腕に勝てぬ。ほら、大猿が来たぞ」


 簫雨のその言葉を合図にしたかのように、金色の嵐が彼を飛び越え大骸骨へ飛びかかった!


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