孫悟空、光を放つ
右の拳、左の拳、組んだ両拳での叩きつけ。孫悟空はたった三撃で大骸骨を粉々に粉砕した。武術とはとうてい言えぬ粗雑な攻撃だ。だが全身を光らせた仙猿の豪腕は、理論や功夫を越えた威力をその場にいた全員へ見せつけた。
「客去空舎! 西方へ帰るがよい!」
遅れて、隷の主が術を両の手から放ちながら簫雨の横へ舞い降りる。神医の方術の光に貫かれた骸骨たちは抗うような素振りも音も立てず、静かに動きを止めると……次々と力を失い、自然に従って床に倒れた。
「おたすけを! あちし、楽しいことをしっているのよ?」
近づく孫悟空へ白骨夫人がしなを作って慈悲を乞う。先ほど、吹き飛ばされた時の再現が行われるかに見えた。だが……
「やかましい女だぜ!」
大猿はその言葉を一蹴し、女怪の頭部を右手の中に包む。
「むーーー!」
「時を待てば有利になるのはお前だけではない。俺たちにも利はあった。頼もしい味方が戦線復帰するからな。光の無駄話も時間を引き延ばす為だ。それも分からんとは……やはり頭蓋骨の中身は空であったか」
「むーーむーーー!」
「或いは孫悟空の回復力と思浚の術力、結界を再構築する力を見誤ったか」
簫雨は白骨夫人へ向けてことわりを説いた。だがその言葉は孫悟空のぶ厚い掌に阻まれ届いたようには見えない。
「雨兄?」
「ああ骨耳東風だった。西へ送ってやれ」
「悟空、やれ」
あいよ、と猿は応えて力を一込め、掌を握り込むと白骨夫人をぐしゃりとすり潰した。
「強ええ! スーパーサイヤ人でやんすか!?」
「それはなんでえ、お嬢さん?」
「しかも喋れるようになってる!?」
両手を払って骨の残骸を払う孫悟空と、呆然と立ち尽くしていた光がしばし見合う。
「覚醒させる際に、平時は施している封印を僅かばかり解除しました。結界の方に術力を使ったもので……」
「ふん、僅かばかり……か」
簫雨は皮肉めいた目で周辺を見渡した。己があれほど苦戦した骸骨の集団と大骸骨、そして白骨夫人を趙思浚と孫悟空はほんの一凪ぎで打ち倒したのだ。簫家の旦那ではなく幻晶侠として戦っても、ここまで容易ではあるまい。
「その封印解除はいつまで……うっ!」
訊ねようとして、貴公子は傷の痛みに呻いた。
「雨さん!」
「雨兄!」
「旦那! おや? 旦那はもしかして……」
光と趙思浚と孫悟空はそれぞれ簫雨へ駆け寄る。だがこの場の手綱を握るのに相応しいのは神医であろう。踊り子と仙猿は巫医閣下に前を譲った。
「痛むでしょう。すぐに手を施したいのですが……」
「ですがも春日もないでやんす! 早く治療を」
趙思浚は簫雨の傷を見はしたが、手を触れる事はしない。苛立つ光に貴公子が言う。
「本日は妖怪を救う日だ。思浚は人と妖怪を交互に救う誓いを結んでいてな……」
「それはちょっと聞いたことあるような……せいおうぼでしたっけ? でも今は無視して良いでやんすよ!」
「はっはっは。西王母さまを無視して良いとは痛快だ。俺様でもそこまではできねえ」
笑う孫悟空を趙思浚は一睨みし、両手の平を叩いた。途端に仙猿の全身を包む光が力を失い、顔に浮かんでいた小賢しさも色を失う。
「あ! もしかしてスーパーサイヤ人から普通の猿に?」
「光殿。申し訳ありませんが、医局から薬草と包帯の類を持ってきて、雨兄を治療して頂けませんか? 必要なものは悟空が選んで運びますし、やり方は口頭で伝えます」
趙思浚の声には心配と口惜しさが滲み出ていた。
「合点承知! ささ、ごくうさー案内するでやんす!」
「キキキ!」
光は己の鼻を指で弾き、猿と共に出て行く。それを見届けた簫雨は趙思浚の方へ手を伸ばした。
「役に立つどころか足手まといになって済まぬ。これは未使用の護符三枚だ」
「何て事を仰います! 雨兄の奮闘がなければ僕は前門の虎、後門の狼、一人で結界の修復と白骨夫人の攻勢を防がねばならぬところでした。それに自分が迅速に対応できなかったが故に負傷まで……。謝らなければならぬのはこちらです!」
礼と札を受け取らず、巫医は深々と頭を垂れる。しかし傷ついた身体で腕を伸ばす簫雨の痛みを憂い、すぐに腕ごと抱え姿勢を助けた。
「しかし見事な退魔の術だ。多数の妖怪をこうも簡単に退けるとは。思浚が本気を出せば例の幻晶侠とやらも敵ではないのでは?」
周囲を見渡し嘆息する簫雨へ、趙思浚は少し待つよう合図して応える。
「幻晶侠は魔ではなく人です。使える術も限られてきます。しかもかなり狡猾ですからね……。ですが今回のように、孫悟空の封印を解除する手は使って良いかもしれません」
そう語りながら少年は卓を引き寄せ、簫雨の傍らへ設置した。それへ寄りかかって身を楽にするよう促す。
「なるほど、それは妙案……」
貴公子の目に口調とは裏腹の、凶の光が走った。次に幻晶侠として神医と対決する時は遅れをとるやもしれぬ。だがいま少年巫医は彼に無防備に背中を晒しており、己には致命的な一撃を与えるには必要な力が十分残されている……。
「キキー!」
「ピーポーピーポーでやんす!」
そこへ謎の奇声をあげながら光が戻ってきた。腰を孫悟空の肩に載せ、手には包帯や薬草を入れた駕籠がある。
「光殿! お早いお帰りで」
「……助かったぞ」
両者の返事のうち、簫雨の方に光は目を剥いた。
「雨さんが素直なこと言った!? 熱でもあるでやんすか? すぐ手当を!」
「悪いか」
貴公子はそう言って俯き、治療を受ける姿勢をとる。
「切り傷から熱が出る事は往々にしてあります。まして妖怪の爪による傷跡です。光殿、まずは……」
さっそく神医が指導を初め、光は大猿の肩から飛び降りて手を動かし始める。簫雨は床を見つめながら、凶行を止めたのは自分の心の中の光か外の光か、助かったのは思浚か己かをじっと考えていた……。




