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猿たち、儀式に揃う

 満月から僅かに欠けた月が中天へ登りつつあった。夜空に雲ひとつ無く、風も旗を僅かに揺らすのみ。ただ銀色の光が常夜灯の点在する長安の街へ静かに降り注ぐ。

 人ではなく仙と魔が支配する時間である。だが今はどちらにもまだ動きは無く、都を流れる運河は先日の騒動が夢幻であったかのように穏やかだ。


 簫雨(しょうう)は禁城の高楼からしばしそれを眺めた。独り江楼(こうろう)に上れば思い渺然(びょうぜん)たり、月光水の如く水は天に連なる。簫家の旦那は朧気な記憶を振り払い、光の眠る客室へ向かった。




「光、時は来た。起きるのだ。それとも起こされたいか?」

「ただそれだけだ! って雨さん!?」


 光は大きな葛籠の中から飛び出し、寝台の方へ声をかける簫雨の背後をとった……心づもりであった。だが貴公子の姿は目の前にあり、しかも彼女の方を向いていた。


「あい!? 何で騙されないでやんす!? ちゃんと服を丸めて布団を膨らませておいたのに!?」

「呼気が葛籠の中から漏れていた。それを抜きにしても、背後から襲う算段であれば大声は出さぬ方が良い」


 簫雨は微笑みながら、光が飛び出してきた時に散らかした蓋や衣装を拾い集めた。


「あーっ、息かー。よし、次やる時は呼吸を止める、気合いの声を出さない! 覚えたでやんす!」

「気合いの声と言えば『ただそれだけだ!』とは何だ?」

「あ、それは雨さんがそういう振りをしたからで……」


 片づけを終え廊下を歩み出した簫雨へ、光は説明を試みかけて口淀む。


「俺が?」

「うん。『時は来た』って言ったら『ただそれだけだ』って続けるルール、決まりなんでやんす」

「つまり聯句(れんく)のようなものか?」

「レイク? いやお金は借りないでやんす」


 貴公子と踊り子は一つ教えれば一つ知らない単語が出るといった会話をしながら歩き続けた。そして何の成果も無いまま、儀式の間へ辿り着く。




「光、中では既に思浚(すしゅん)が方術を展開している。お前に集中を乱される巫医閣下ではないが、入ったら思浚には『触れぬ、話しかけぬ、何も踏まぬ』だぞ」

「わかったでやんす……」


 簫雨の言には珍しく、からかいの文句も声色も無かった。孫悟空や丐幇(かいほう)との争いでも笑みを絶やさなかった彼の真剣な言葉に、光は神妙に頷く。


「キキキ」


 入室した二人を、孫悟空が迎える。今の大猿は昼間の姿ではなく、白衣である。


「猿の方とは話しても?」

「かまわん」


 光は簫雨から許可を得たものの、部屋の中を見て言葉を失っていた。孫悟空が三十匹でも寝転がれるほどの広間、その中央の台に布を被せられた遺体と思わしき物体と食物や香などの様々な供物。布の表面とその付近に描かれた方円には術式が刻まれ、篝火の放つ青い光を反射している。


 入り口と逆の壁には儀式の主、趙思浚(ちょうすしゅん)の姿もあった。複雑な印を組み呪文を唱える彼もまた、孫悟空と同じく白衣だ。ただ炎に照らされ普段の青衣に見えなくもない。


「青い炎!? そんな高熱ではなさそうでやんすが……」

反魂香(はんごんこう)の作用だ」

「あと何で白衣でやんす? 診察時は普通だったのに」

「遺体を扱うのだ。喪服なのは当然だろう?」

「はあ」


 簫雨もそれ以上の説明を行わず、光は黙った。しかしそれも束の間、別の質問を口にする。


「それで儀式って何でやんす?」

「死者の霊を遺体へ戻し話を聞く儀式だ。天運が我らにあれば、霊が下手人(犯人)の事を覚えているかもしれない」

「いいっ、イタコ!? ……は自分におろす方だから、ゾンビとかそういうの!?」

「どちらも聞かぬ名だな。これを越えて命あらば、教えてくれ」


 簫雨は知恵者にありがちな悪癖を持たず、半可通(知ったかぶり)をしなかった。光はその姿勢に好意を覚えつつも別の疑問を口にする。


「教えると言えば……霊の方は上手く教えてくれるでやんすかね?」

「その為に供物をあの様に積んでいる」

「いや、そっちじゃないでやんす。アレが無いかな、と」

「何がだ?」


 両者が語る間にも詠唱は続き、術は完成に近づきつつあった。簫雨は身を起こしつつある遺体から目を離さず問う。


「舌でやんす。えんかおうって……うぇ、舌を切り取るんですよね? 舌がないと話すの難しくないでやんすか?」


 光は自らの言葉で嘔吐しかける。逆に簫雨は胸のつかえが取れたような顔になっていた。


「それは盲点だった。良い気づきだ。それが見えてなかった我らは見猿(みざる)で、彼女は言わ猿。これで孫悟空が聞か猿となれば三猿が揃ってしまうな」

「キキー!」

「それもそうか。場合によるな」


 簫雨は唸る猿に同意した。


「昨晩から気になっていたでやんすが……。悟空さの言葉は分かるので?」

「昨晩?」


 たまらず割り込んだ光へ、簫雨は首を傾げた。


「あ! いや、昨晩の趙思浚さんも幻晶侠(げんしょうきょう)とやらも、今の雨さんも猿と普通に話せるでやんす?」

「会話できるのが普通と思うが……。光はできぬのか」


 少女は口を滑らせたが簫家の旦那は馬脚を露わす事なく切り抜けた。もっとも、主の新たな動きに夢中の猿がその些細な言い回しに気を向けていたかは定かではない。


瑞妓(ずいぎ)よ。目覚めよ!」


 趙思浚はそう叫び顔の前にかざした右の拳から指を一本、立てた。その動きに呼応するように、布をかけられた死体が身を起こした。


「マジでやんすか!?」


 布がはらりと落ち、瑞妓と呼ばれた女が姿を現す。光はその姿態を見て思わず声を上げた。

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