5、契機
長くなりすぎた話を無理やり二つに分割したので、四話と五話は短めになります。
翌日、ミアが渡してきた手紙はアレンからのものではなかった。
彼はいつも同じ封筒を使うのですぐ分かる。
送り主のを確認すると、そこにはクラウン男爵の名があった。
──予想通りである。
本物のソフィアの親である彼は、今は亡き娘の名前をベルに売ったわけだが、金に困っているようでときどき金銭的な援助を頼んでくる。
頭の隅でそろそろかとは思っていたところだ。
あちら側は化け物と取引をするほどプライドを捨てきっているため遠慮なく金をせびってくるが、ベルは口を割られたら困るので断れない。
このような事態を防ぐために名前の代金は分割払いにしているのだが、あまり効果がないようだ。
しかし、そんなことを考えながら封を切ってみると、内容の方は予想通りではなかった。
封筒の中には半分以上が余白の便箋が一枚と、立派な招待状が入っていた。
クラウン男爵家からのものではないことが一発で分かる、質の良いカードだった。
招待状というものを手にするのは生まれて初めてで、ベルの指が微かに震える。
どうしてこんなものが送られてきたのかという話だが、どうやら彼の遠い親戚が国外で開くパーティーにソフィアとして出席する必要があるらしい。
本物のソフィアが病弱だったことを利用し、こういった誘いは体調不良を理由にクラウン男爵に断らせていたのだが、今回ばかりはどうしても欠席できないということだ。
なんでも、クラウン男爵が借金をしている外国の資産家が主催なんだとか。
ベルは大きく息を吐きだした。
ただでさえ今はソフィアの正体が割れたかもしれないという心配事があるのに、新しい問題を持ち込まないでほしい。
クラウン男爵は化け物が王国を出るリスクを理解しているのだろうか。
家を出るだけでも一苦労なベルは、国を跨いで移動しようと思ったら準備がとにかく大変なのだ。
──とはいえ、弱みを握られている以上行くしかない。
「ミア。」
「はい。」
主が目の前にいることも気にせずクローゼットに洗濯済みの服をしまっていたミアは、手を止めずに口だけで返事をした。
「このパーティーに出るわ。十日で準備して。」
そう言って、ベルはミアに作業を中断させ便箋と招待状を手渡す。
一通り目を通してから、ミアは首を傾げた。
「この日程なら、二十日は準備期間があるのでは?」
「少し遠回りするわ。どうせ王国を出るなら寄りたい所があるの。」
「承知いたしました。ルートを考えるので、その寄りたい所というのを伺っても?」
「帝国の花畑よ。」
帝国、とベルが口にした瞬間に部屋の空気が変わった。
表情筋が死んでいるミアですら、やや強張った面持ちである。
理由はいうまでもなく、帝国が王国の対立国だからだ。
ソフィアに変装していれば商店街を自由に歩くことができるが、帝国ではそうはいかない。
ベルだろうがソフィアだろうが、王国の人間が受ける待遇は最悪だ。
出身が知られたら何をされるか分かったものではない。
そして最大の問題は、向こうにはこの屋敷のような安全圏が存在しないことである。
いざとなったとき逃げこむ場所がないのだ。
「……なぜ、帝国へ?」
「少し観光したいだけよ。」
ベルはゆっくりと瞬きをしながら答えた。
「……左様でございますか。」
ベル・アドガーがそんな理由で帝国へ足を運ぶような人間でないことを、ミアは知っているはずだ。
だが、それ以上は何も訊いてこなかった。
彼女なりに空気を読んだのかもしれない。
あるいは、どうでもよかったのかもしれない。




