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貴方も私が嫌いでしょう?  作者: 紺野菱


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3/5

3、二回目の偶然

ある日の昼過ぎ。

ベルは、今日もソフィアに変装して商店街を歩いている。

化け物に仕えるミアもベル同様に煙たがられているうえ顔が割れているので、買い出しはソフィアの仕事だ。

嫌われすぎると店にものを売ってもらえないのである。

そういえば、とミアの顔を思い出したベルは不意に足をとめる。

金が大好きな彼女だが、変装の技術もないのに、ため込んだ財を一体どうやって使うつもりなのだろうか。

心の底からどうでもいいが、気にならないでもない。


再び歩き出したベル。

購入するものを頭の中で確認しながら、まずは家具屋へ入る。

先日どこぞの悪ガキに化け物退治という名目で破壊されたので、裏口のドアの取っ手を買い替える必要があった。


「あの、ドアの取っ手だけ買うことは可能でしょうか。」


家具屋の中は上から下まで茶色一色で、木の匂いが充満していた。

ベルが声をかけると、カウンターで手元を見ていた店員が顔を上げる。


「買えますよ。」


低い声が返ってきた。

貫禄のある中年の男。

一目で力仕事をしていることが分かる体型である。

貴族の装いをしているソフィアを見て敬語を使ったのだろうが、彼の外見だとどうにも違和感があった。


「ああ、良かった。ドアから作り直すと大変ですから。」


ふんわりと微笑んで見せる。

化け物の家まで来て玄関のサイズを測る大工はいないので、助かった。

取手だけなら大きさをきにすることはない──はずだ。

まあ、困ったらミアに頼んでみるとしよう。


「……どうぞ、こちらです。」


店員は、若干の間を置いて案内を始めた。

貴族令嬢が護衛も連れずに買い物、そして先ほどの発言。

ソフィアはかなり貧乏な貴族だと認識されたことだろう。

普段からその設定で通しているので問題はないが。


──いや、設定というのも違う。

なぜなら、貧乏なクラウン男爵家のソフィアは実在()()()()人物だからだ。

生まれつき体が弱かったという本人は十年以上前に病死しており、ベルは彼女の両親からソフィアの身分を購入した。

ソフィアの治療のために借金がかさんでいた二人は悩んだ末に了承し、長い間ずっとベルに口裏を合わせている。

表向きではソフィアは病弱だがまだ生きているということになっており、体調不良を理由に夜会の招待を断れるので都合が良い。

何にせよ、実の親に愛娘の尊厳を踏みにじらせてしまうのだから、やはり金の力は偉大である。


「これなんかどうでしょう。飾りはありませんが安いですよ。」

「そうですね──」


店員の説明を聞きながら、並べられた既製品の取っ手を見比べる。

裏口のドアなのでそこまで真剣に悩む必要もないだろう。

そう思って適当に手を伸ばしたとき。


「……。」


急に顔を上げた店員が言葉を失った。


「どうなさいましたか?」


訊いてみても、答えはない。

店員はただ固まっている。

ベルはゆっくりと振り向いて彼の視線の先を見た。


そして、一緒に硬直する。

店の入り口には、こんなところにいてはいけない人物が立っていた。

透き通った青い瞳と、耳を半分ほど隠しているストレートの黒髪。

一度見たら忘れようもない、絵画を切り取ったかのような美貌。


「……ゼナード公爵。」


ソフィアが呟くと、名前を呼ばれたアレンは完璧な笑顔で近寄ってきた。

我に返った店員が慌てて頭を下げる。

自分も同様だった。

ベルと違って、ソフィアには守るべき世間体がある。


「やあ、クラウン男爵令嬢。奇遇だね。半年ぶりかな。」

「覚えていて下さったのですか。この上なき光栄にございます。二度もお会いできるだなんて、私はなんという幸せ者でしょう。」

「そんなにかしこまらないで。俺もまた会えて嬉しいよ。」


アレンが二人に顔を上げさせる。

至近距離で見られたベルが冷や汗をかいていることも知らないで。


「……ゼナード公爵も、お買い物ですか?」

「見ているだけだよ。この店の細工は素晴らしいと噂を聞いたんだ。」

「そうなのですね。」


きちんと話せている自信がなかった。

もしここで正体が知られてしまったら、そう考えるだけで恐ろしい。


「ところで、この後時間はあるかな。せっかくだから一緒にランチでもどう?」

「……。」


想定外の提案に、ベルは口ごもる。

何がどうして公爵と男爵令嬢が食事を共にするというのだろう。

裏がないわけもなく、頭に最悪の可能性がよぎる。

もしかすると正体に勘付かれたかもしれない、と。


「いえ、私のような者が──」


少し早口になった。

全身の神経に嫌なものが走り、指先が微かに震える。

今すぐにでもアレンから離れたい。


「遠慮しないで。それに、自分を卑下する必要はないよ。」

「しかし──」

「予定があるなら改めて後日誘ってもいいかな?」

「……いえ、是非、今日ご一緒させて下さい。」


ベルは渋々そう答える。

選択権など始めからなかった。



*****



結局、ドアの取っ手は買いそびれた。

今は心臓がうるさくてそれどころはない。

これが恋のときめきなら良かったのだが、残念なことに恐怖からくるものである。


ソフィアがアレンに連れられて入ったのは、男爵令嬢には不釣り合いな高級レストランだった。

高位貴族ばかりの店内ではただでさえ目立つのに、アレンがセットなものだから痛いほどに視線が刺さる。

平民が経営している店のようだが、掃除を楽にしようと必要最低限のものしか置いていない侯爵邸よりよっぽど内装が豪華だ。



ウェイターは、アレンを見るなり無言で個室に通した。

一度深々と頭を下げ、メニューを置いて何も言わずに持ち場へ戻っていく。

こういった対応に手慣れているようだった。


「何が食べたい?ああ、会計は俺がもつから気にしなくていいよ。」

「そんな、そこまでしていただくわけには──」

「いいのいいの、俺が誘ったんだから。」

「……ありがとうございます。」


逆に気にしてしまう、とは言わなかった。

がめつい女と思われないようにできるだけ安いものを選ぶ。

ベルであることを隠しつつ、ソフィアとして失礼のないように振舞わなくてはならない。

控えめに言って地獄だった。


注文を済ませてウェイターが引っ込むと、再び個室は二人きりになった。

絶対に汚すなと言わんばかりの真っ白なテーブルクロスに視線を落とす。

アレンは何かを探るような目つきでまっすぐこちらを見ている、ような気がした。


「これは友達の話なんだけどね。」


数秒の沈黙を破ったのはアレンだった。


「意中の相手にプレゼントを贈り続けているんだけど、返事どころか顔も合わせてもらえないんだって。」

「それは……残念ですが、諦めるべきでは。」


心当たりのありすぎる話に、胸騒ぎがした。

もしかしなくてもアレン本人のことだが、それを何故、今ここで。

まだ結論を出すには早いものの、嫌な予感がどんどん膨れ上がっていく。


「そうかな。俺はもうちょっと頑張ってみても良いと思うな。」

「そうでしょうか。」

「うん。ところで、実は君に訊きたいことがあって。」

「……なんでしょう。」


いよいよか、と思った。

たかだか男爵令嬢風情がこんな高級レストランで公爵と同席している理由が、ついに明かされようとしている。

ベルは無意識にアレンの口元を凝視していた。

少しでも早く一言目を知りたかったのかもしれない。


そうしていると、アレンの口が開かれるまでの数秒が永遠のように感じられた。

そして約一秒後、その形の整った唇が動き出す。


「──ベル・アドガー侯爵令嬢のことなんだけど。」


背筋が凍った。

やはり疑われている。

どれだけ工夫を重ねても、社交界を生き抜いてきた彼の目は誤魔化せなかったらしい。


「お、おやめ下さい。このような場で化け物のお話は。」


顔が引きつる。

どうすればこの絶望的な状況を打破できるのか分からない。

ベルはとにかく、いつも以上に集中力を注いでソフィアを演じた。

体調が良い日に出かけてみたら王国の人気者と向かい合ってランチをすることになった、幸せな貧乏令嬢。

ベルのことが大嫌いな、普通の少女。


「──化け物じゃないよ。俺たちと同じ人間だ。」


しかしアレンから帰ってきた反応は意外としか言いようがなかった。

それを聞いてベルは面食らう。

先ほどまでの笑みはどこへやら、彼は真面目な顔をしていた。

子供を叱る親のような。


「……お言葉ですが、アレは帝国の血を引く──」

「だから?」

「……。」


声が出なかった。

ソフィアの表情をキープするだけで精一杯だ。

さっきからずっと心臓が痛い。

化け物の話題になったときからアレンの声が重たくて、内臓に圧をかけられているような気がする。


「何がそんなにいけないの?」


ソフィアの回答を待たずして、アレンが畳みかける。


「……。」


どうしてそのような当たり前のことを訊くのか、ベルは理解ができなかった。

あまりにも当たり前すぎて、理由なんか考えたこともない。


「わざわざお訊きにならずとも、お分かりのはずです。」


場を濁す上手い受け答えが思いつかず、考えた末にひねり出した返しがこれだった。

声の震えを抑えて、なんとか口を動かした。

もうやめて、と心臓が悲鳴を上げている。


「俺には分からないや。教えてよ。彼女の何が悪いの?どうして化け物扱いされるの?」

「……。」


再び、返答に詰まった。

そんなことを訊かれても困る。

理由など無いのだ。

放り投げたものが地面に落ちるのと同じように、水中で息ができないのと同じように、ベルが悪者であることは生まれた瞬間から決まっているのだ。

王族に次ぐ公爵という立場にあるのだから、アレンに分からないはずがない。


「……ごめん。喧嘩がしたいわけじゃないんだ。この話はやめようか。」


ソフィアが黙り込んでいると、アレンが不意に言った。

それを聞いて、ベルは胸を撫で下ろす。

なんとか切り抜けたたようだ。

しかし疑いが晴れたわけではないだろうことを考えると、まだまだ完全に安心はできない。


その後は当たり障りのない会話をして、運ばれてきた料理を食べて、無事に解散した。

アレンは元通りの笑顔を見せていたが、またベルの話を蒸し返されたらと思うと気が気ではなく、銀貨五枚分の味はよく分からなかった。

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