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貴方も私が嫌いでしょう?  作者: 紺野菱


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2/5

2、攻防戦

アレン来襲の翌朝、いつもならとっくに活動を開始している時間に、ベルはまだベッドで横になっていた。

モーニングコールにしたって騒がしすぎる鳥の声に叩き起こされたものの、久々にまともな会話をした疲れが残っているのか、起き上がる気になれない。


外へ出ると碌なことがないため引きこもりを極めているベルだが、このようなことは稀だった。

どこかの誰かさんがいきなり家にきてとんでもない話を始めたりしなければ、決まった時間に寝て起きる。

日中の膨大な時間は趣味に没頭することで消化しており、ここ数年は一人でチェスをプレイするという悲しい遊びがマイブームである。


「ベル様、お目覚めですか?」


ドアの向こうから、2回のノック音に続いてそんな声が聞こえた。

我が家唯一の使用人、ミアである。

いくら給金を弾んでもベルに仕えたいという者は少なく、屋敷の家事はほぼ全て彼女が担当している。

呼んでもいないのにベルの起床に勘づいたらしい。


「入って。」


ベルが入室を許可すると、お仕着せ姿のミアは何故か朝食ではなく花束を運んで来た。

淡い紫色の花を中心に作られた割と大きめのもので、見た目に美しい。


「それは?」

「ベル様への贈り物だそうです。」


花束を指差して訊けば、ミアは真顔で答える。


「……はあ?」


ベルは彼女の言ったことが信じられなかった。

もしかすると、自分はまだ夢の中にいるのかもしれない。


「そんなはずないでしょう。」

「しかし、現にベル様に渡してくれと頼まれたのです。なかなか良い服を着た使用人でしたよ。」

「だってこれ、どう見てもただの花束よ。」

「ええ、そうなんですよね……。くまなく調べましたが毒のある植物は含まれていませんし、内部に危険物が隠されていたりもしませんでした。」


ミアの手の中で存在感を放つそれは、観察すればするほど、ごくありふれたプレゼントのように見えた。

──だがここで信じては負けなのである。


ベルに贈り物が届くのは、何もこれが初めてのことではない。

ただ、今までは蓋を開けたら爆発する箱だとか、綺麗にラッピングされた猫の死体だとか、そんなものばかりだった。

先にミアが開封及び安全確認を行い、ベルは報告だけ受けて実物は殆ど目にすることもない。


「悪意が無さすぎて逆に怖いわね。不気味というか。」

「まあ、昨日の様子を見ていると納得できなくもないと言いますか……。」


ミアが呆れ顔で言う。


「昨日?」


聞き返しながらベルは顔を(しか)めた。

昨日起こった印象的な出来事と言われて思い当たるものは一つしかない。

そういえば、アレンを部屋に案内したミアも話が終わるまでベルの側で終始静かに待機していたので、彼の異常さをしっかりと認識しているはずだ。


「……まさか、送り主ってゼナード公爵だったりしないわよね?」

「残念ながらそのまさかでございます。」

「もはや嘘であってほしいわ。」


ベルはベッドの上で頭を抱えた。

散々冷たくあしらったというのに、あの男はまだ懲りていないようだ。


「ねえ、彼、どうやったら諦めると思う?」

「私に訊かれましても。」

「面倒なことになったわね。」

「花束はいかが致しましょう。」

「そうね……手の空いたときにでも燃やしておいて。あと、朝食を今すぐにお願い。」

「はい。」


ベルの指示を聞いたミアは、ペコリと一度頭を下げて素早く寝室を出て行き、すぐに朝食のトレーと共に戻ってきた。

平民なのでマナーはところどころ気になる点もあるが、仕事の速さは文句なしである。


「お待たせいたしました。」


ミアがテーブルにベルの好物を並べていく。

彼女が戻ってくる間に着替えだけ済ませていたベルは、髪を整えながら席についた。

使用人が一人しかいないため、身の回りの世話をミアに頼むことは滅多にない。

自室で食事を済ませるのも、掃除する部屋を減らすための工夫だ。

この無駄に大きな侯爵邸に出入りするのはベルとミアの二人だけなので、個室を二つとその他いくつかの部屋、あとは廊下を清潔に保てば問題なく生活できる。

掃除に始まり、調理、洗濯など、大量の作業をミア一人で上手く回すには効率を上げる他ない。

その結果として、屋敷の大部分がほこりを被ったまま放置されている。


「貴方、本当によく働くわね。」

「お金のためですから。」


トレーを抱えて立つミアは、素っ気なく言う。


「なんといっても、ここは給料が格段に良いです。仕事量も多いですが、それを差し引いても十分おつりが来ますよ。」


当たり前だ。

下手な額の給金を渡してミアに辞められでもしたら本気で困る。

彼女は前の職場で解雇され路頭に迷っていたところをベルが雇い入れたのだが、平均的な侍女の給料の三倍を受け取るだけで帝国の化け物に仕えても良いと言う素晴らしい人材なのだ。



「正直、今までベル様のスカウトを断った輩は全員馬鹿ですね。これほど好条件の職場、そうそうありませんから。」

「ここは化け物の住処(すみか)だもの。働き手が欲しいならその分の釣り合いを取らないと。」

「実に素晴らしいですね。天使だろうと悪魔だろうと、私は金払いの良い方に頭を下げますよ。」


表情一つ変えず、抑揚のない声で喋るミア。

彼女はこの世の何よりも金を愛している。

おそらく、それこそがベルの元で働ける理由なのだろう。

化け物に対する嫌悪感と金欲を天秤にかけた結果、後者の方に傾いたというわけだ。

報酬さえ支払えば、彼女はきっとどんなことだってやってみせる。


「貴方のそういうところ、嫌いじゃないわ。」


利害で成り立った関係は単純で分かりやすく、何より信用に値する。

金のためだけに大嫌いな帝国の化け物に付き従うミアが、金づるのベルを殺そうはずもない。

化け物退治のためだけに何年もベルに仕えているとしたら、その場合はもう脱帽だ。

大人しく毒殺でもなんでもされよう。


とにかくベルはミアが仕事を続ける限り金を払い続ける、それだけだ。

不幸中の幸いというべきかベルには父の遺産がたんまりあるので、金をつぎ込むことにそこまで躊躇いはない。

本来なら女のベルは遺産を相続できないはずだが、化け物に関わるものはどこの為政機関も気味悪がって徴収に来ないため、例外的に全て手元に残っているのだ。

屋敷も宝石も領地も、そして金も、全て。

生活費を稼ぐ術などあるわけもないベルがこの歳まで生きているのはそういうわけで、なんなら一生引きこもっていられるだけの余裕がある。


「この世は結局、財力が全てですから。」

「貴方以外の人はそうでもないみたいだけどね。」

「だから全員馬鹿だと──え?」


不意に、窓の外を見たミアが珍しく驚いたような声を出した。


「どうしたの──って、は?」


その目線を追ったベルも、フォークを持ったまま固まる。

それもそのはず、侯爵邸の門の近くにゼナード公爵家の馬車が止まっていた。

そしてその中から、ベルが今一番会いたくない人物が降りてくる。

たしか、今朝花束を送りつけてきたばかりではなかっただろうか。


「あの人、事前に連絡くらいしたらどうなの?」

「一応手紙が来ていましたよ。ベル様が内容も確認せずに捨てた、あれです。」


ベルは片手で眉間をおさえた。

記憶を手繰り寄せている。


「……あったわね、そういえば。」

「対応してきます。」


一足早く我に帰ったミアが、玄関へ向かおうとする。

ベルは彼女の腕を掴んでそれを止めた。


「居留守を使いましょう。」

「公爵相手にそんなことをすれば、刑罰ものですよ。」

「私なんかいつ処刑の話が出てもおかしくないんだから、今更でしょう。」

「一理ありますね。」


身をかがめ、小声でミアと話しながら、アレンの一挙手一投足に注目する。

彼は落ち着いた様子で門に近づき、ミアが出てくるのを待っていた。

門番のいない我が家が前回そうしたからだろう。

今思えば、昨日も彼のことを無視すれば良かった。


「……。」


アレンは暫く待たされても苛立つ気配がない。

そしてそれは、このままとんでもない時間居座る可能性を示唆している。

ベルはじっとその姿を見ていた。

頼むから、諦めて帰って欲しい。


「あの人、馬鹿なの?化け物の屋敷の前で公爵家の馬車が見られたら、評判ガタ落ちどころの騒ぎじゃないわよ。」

「……馬鹿なのでは?」


コソコソと話しながら二人でアレンの一挙手一投足に注目する。

すると願いが通じたのか、その長い脚がゆっくりと玄関から離れていく。

コツコツと音をたてながら馬車へ向かい──そして何事もなく侯爵邸を去った。


「行った……わね。」

「はい。」


完全に馬車が見えなくなってから、ベルは大きく息を吐き出して縮めていた体を元に戻した。


「……。」


ミアはまだ、窓の外を見ている。


「ミア?」

「はい、ベル様。」


名前を呼ぶと、彼女は弾かれたようにこちらを向いた。


「ずっと外を見ているから、どうしたのかと思って。」

「何でもありません。ただ──歴史が違ったら、こんなことがよく起こったのかもしれないな、と。ベル様が色々な男性に言い寄られて、度の過ぎた方を私が止めたりとか。」

「どんな世界線の話をしてるの。」


突拍子もないことを言い出すミアに、ベルは呆れ顔をした。


「だってベル様って美人じゃないですか。それに、超がつくほど裕福な侯爵家の長女ですよ。銀髪と紫眼はこの国だと珍しいので目を引きますし、王国と帝国が友好国だったら──」

「ミア。妄想話をしている暇があったら仕事をしなさい。それと、花束は確実に燃やしておいてね。」


花弁の一枚も残らないように、と言いかけて口を閉じる。

自分の声が思ったよりも冷たくて、自分でも驚いたのだ。

部屋の中に気まずい空気が広がる。


「……はい。」


それを誤魔化すように、ミアは速足で寝室を出て行った。

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