第99話 評価軸?
「え? 先月・・から?」
「そうなの。前のオーナーさんが引退しちゃって。そのまま居抜きでワタシがはじめたのよ。」
「そうか・・。で、貴方は、その前の店の常連だった。で、店を引き継いだ、みたいな感じかな?」
「いいえ。前のオーナーさんとは面識もないわ。 すぐ始められる居抜きの物件があるって、不動産屋に紹介されたのよ。」
「街に残るってのは理由がある。歴史の生き証人。」
ネコ娘が小さな声でブツブツと念仏のように何かを唱えている。
ちっ。
「ま、まぁ、店ってのは受け継がれて歴史を刻むものだからな。 そうだよ、うん。そうだ。」
「歴史の生き証人・・」
またネコ娘が小さな声でブツブツ言ってる。
「歴史の流れを受け継ぎながらも、新しい感性でリニューアルされた店なんて、更に素敵じゃないか、なぁ。 ほら、なにかつまみを貰おうじゃないか。な。」
「まぁいいわ、そうね。なにか貰いましょう。」
「そうそう、せっかく飲みに来てるんだから楽しまなきゃ。 ママさん、なにかおススメのつまみはあるかな?」
「そうね、おススメは色々あるけど、どんなのが良いかしら? ガツンとしたもの? 軽いもの?」
「バーボンロックに負けない位、ガツンとしたものが良いかな。」
「それなら、ベーコンの厚切りを強めのペッパーで焼きましょうか。」
「おぉ、それは良いな、それを貰おう。」
店内にベーコンが焼け香ばしい香りが広がる。
「ハイ、お待たせしました。」
浅い皿に大き目のサイコロ状のベーコンが無造作に盛られてる。
「早速頂いてみるか。」
パクっと口に放り込んだ。
「熱っ、熱・・。 うん、美味いな。」
「・・!? 美味い? 貴方、今、美味いって言った?」
「あぁ、美味いぞ、これ。」
「貴方の口からポジティブな言葉が出るなんて、ビックリだわ。」
「おいおい、それは失礼だろ。オレは何事でも常に正しく評価しているぞ。」
「ふーん。まぁ良いわ。まぁ、確かに美味しいのは本当だしね。 あ、アタシ、お代わりください。」
ネコ娘が空のロックグラスを軽く持ち上げた。
「もう飲んじまったのか? まったく。バーボンロックってのは時間をかけて味わうもんだぞ? まぁ、でも、オレももう一杯もらおうか。」
グラスに残ったバーボンをグイッと一気に飲み干した。
「あら、お二人ともお強いんですね。」
「いや、なに、たいしたことないさ。 酒に強い弱いじゃなくて、このバーボンのせいさ。魂が求めるレベルで美味い酒だからな。」
「あら? またポジティブ発言? 本当に珍しいわね。」
「なんだ、人を偏屈の塊みたいに言うなよ。」
「偏屈の塊なんて思ってないわよ? 単に中二病を拗らせちゃった可哀そうな人だなーって思ってるだけよ?」
「おい、今さらっと酷いこと言ってないか?」
「そう? アタシも常に正しく評価してるわよ?」
トトトト・・
ロックグラスにバーボンが注がれた。
「まぁ細かいことばっかり言ってると、折角のバーボンの味が落ちちまう。」
バーボンロックをクィっと一口飲んだ。
「うん、やっぱり美味い。 この磨き上げられたカウンター、整然と並べられたボトル棚、こういう空間も味を良くするスパイスなんだろうな。」
「うーん、やっぱりおかしいわ。 さっきから褒めすぎよ。」
「あたりまえだろ、良いものは評価されるべきだからな。」
「いいえ、貴方は絶対にそんな人じゃないわ。 アタシ、あなたがポジティブなこと言ったのなんて、今まで一度もないもん。」
「ふん、評価ってのは、対象そのものを見るだけじゃダメなんだ。光があれば影が生まれる。影があれば輪郭が生まれる。そして輪郭は・・」
「いや、ごめん。何言ってるか全然わからないわ。うん、やっぱりこれがいつも通りの貴方の姿よね。じゃぁなんで急に褒め始めたのかしら?」
「人は場所を作る。そして場所は人を映す。だから店を見れば人が分かる。と言うことは、人を見れば店も分かる、というのも成り立つのさ。」
「あぁ、もう本当にいつも通り過ぎて、これはこれでイライラするわ。 うん? 人を見れば・・? あっ。 もしかして・・?」
ネコ娘がカウンター越しにママの顔をジッと見つめた。
「なるほどね。」
「なにが、なるほどなんだよ。」
「貴方、ママがタイプなんでしょ?」
「はぁっ? 何言ってるんだ?」
「違うの?」
「・・・。」
「じゃぁ、嫌いなんですか?」
「・・嫌いじゃないぞ。」
「なるほどねぇ、ママが気に入ったから、なんでも褒めはじめたのね。」
「いや、そんなことはないぞ。オレの評価軸はブレない。」
「いいえ、貴方の言う評価軸とやらは、完全に上振れしてるわ。 っていうか、貴方、顔赤くなってるわよ?」
「え? そうなのか? それは照明のせいだろう。」
「へぇ、ハードボイルドで、ダンディな孤高のレジェンド探偵さんでも、奇麗な女性を前にすると、赤くなっちゃうんだ。案外と人間味に溢れてるのね。」
「赤くなってなんかないぞ。」
「あらあら、楽しそうなお話ですね。ところで、こちらの紳士はレジェンド探偵さんなんですか?」
「まぁ、オレが言ってるわけじゃなく、周囲がそう呼んでるだけだがな。」




